プロローグ
プロローグ
眩い光の中に一人の若者が、何かに没頭していた。周囲を見回しても誰もおらず、眩い光のせいなのか微かに霞がかかっているのか判然としないが、桃に似た樹木が僅かに見えるだけであった。若者は桃の実から採った種子らしきものを何処かへと丹念に植えているようだったが、植えたと思われる種子は忽然と消えて見えなくなっていた。時々、種子が見えることもあって、若者は呟くのであった。
「やはり、対消滅を起こすものもあるのか」
若者は神の子で最近ようやく一人前と認められて、その褒美としてここの桃林と無の領域を父から貰ったのであったが、1つの世界を構築することが父から与えられた課題であった。課題は最後の関門といってよく、これが成功すれば晴れて神の子の名前を授けられることになっていた。
1つの世界を構築する方法はいくつか存在したが、若者が選択したのは桃の実の種子を無の領域に植えつける方法であった。桃の実の種子は源根子の1種で無の領域に投入してやると両端に+と-の性質を持つ空間線を生成した。これで空間ができたことになるのだが、1個の源根子では+と-が引き付け合って対消滅を起こし、すぐに空間も消滅するため、1度に投入するのは複数の源根子であることが空間を維持するためには必要だった。
源根子は+と-に分裂するが、これを根ノードと称していて、投入した領域に他の根ノードが存在すると全の根ノードに対して空間線を生成する性質を持っていた。すると空間線も+と-、+と+の2種類ができて、+と-の空間線は根ノードを引き付け合い(引力)、+と+の空間線は根ノードを引き離し合った(斥力)。根ノードは空間上で同一座標に重なり合ったとき対消滅を起こすから、複数の他の根ノードの干渉により空間線の消滅を阻害されることになる。
とはいえ、生成された空間線は必ず引力線の方が多くなるからいずれは消滅する運命にあった。若者が知っていた知識はここまでで後は工夫が試されることになる。まず、若者がとった工夫は次々と源根子を投入して空間を維持することであったが、ここで思わぬ障害に出会ってしまった。引力と斥力の空間線が交錯してこれも対消滅を起こしてしまったのだ。次なる工夫は無の領域を2次元から3次元にすることであった。これで空間線の交錯はかなり減っていった。さらに4次元にしようかと思ったが、複雑になり過ぎることもあり、優先事項とはしなかった。
やがて無の領域に巨大な空間が存在していった。神の世界に源根子は無数に存在するから、空間をさらに巨大化することは容易であったが、若者は源根子だけでなく、桃の精も投入することを思いついた。その結果何が起こるのか若者は知らず無謀とも思えたが、若者の好奇心が勝り、新しい空間世界には根ノード、引力と斥力の空間線、桃の精が混在することとなった。
若者から見える新しい空間世界は全ての空間線は1単位の大きさであり、距離という概念の持ち合わせはなかった。そもそも神の世界に距離は存在しないのだから無理もないが、新しい空間世界に住むことになる住人と若者では同じ世界が異なるように見えることになっていく。新空間世界は若者が予期しているより、遥かに複雑な世界が構築されていったのである。