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5.それは、歪み。

気付けば、4月が終わろうとしています…。ひえー。

5.



 扉が開き、いっせいに向けられたスポットライトが私達二人を照らし出す。

会場の中央に一筋の光の道が示され、煌びやかな光の粉が辺りに漂う。幻想的な演出に現実感が無くなる。

恐る恐る踏み出した一歩が、硬質な音を立てて床の存在を思い出させてくれた。

形式的に組んだ右腕が彼に引かれ、次の一歩を踏み出す。

一歩前を行く彼の顔は見えない。ただ組んだ腕から伝わる安心感が、この幻想の中を…私を前へ前へと進ませる。


光の道の終点である三段程の短い階段上、上座に用意された雛壇では、ベルモット王子と父と母が中央の席を空けて待っていた。


私達二人が着席したのをきっかけに、ライトが灯る。シャンデリアによって乱反射した光が、華やかに会場中を彩る。

壇上で第二王子が右手を挙げ祝辞と始まりの挨拶を簡単にすませると、天井の照明が本格的に灯り、会場中を明るく満たした。そして柔かな弦楽器の音色が流れ出す。


 眩しい…。 くらくらする光の演出に網膜が明滅している。酔ったのか軽く目眩がした。

微笑を絶やさないまま意識をシャットアウトし、酔いを静かに乗り越える。


 漸くして、眼前の光景に意識をやると、出席者の各々が集り合いグラスを傾ける立食パーティの様子が窺えた。

 自分では意識を切っていた間は、ほんの数秒のつもりだったが、会場中に溢れる食べ物の匂いと控えめな喧騒から幾つかの挨拶が終了するくらいには、時間が経過しているらしかった。


 両親が、ゆっくりと壇下へと降りる。それを見計らったように近くに居た貴族が、両親へと声をかけた。

はっきりとは聴こえない。だがまあ、会話内容は予想が付く。十把一絡げな祝辞だろう。対応していた父がコチラ側へと半身となる。

 父と話していた貴族は、壇上へと向き直り貴族礼を取って、祝辞の口上を始めた。

 内容としては「お似合いのお二人が、…うんぬんかんぬん。」「これからのノースタルの発展が、…どうのこうの。」と当たり障りの無いものだったが、それを述べている人物が問題だった。


 ミゲル・クレソン 男は自身をそう名乗った。

我がトゥルーヴ家と同じ古の御家の一つ、クレソン家の当主の名だ。だが、クレソン家は衰退の一途を辿るトゥルーヴ家と違い、現在では最も力のある大貴族の一つだ。

古の御家の内、トゥルーヴ家とイザベラの実家ヴァーミア家は没落の音が軋んで久しいが、クレソン家とミレータル家は【双頭】と呼ばれ、二大貴族の地位を築いている。因みにもうひとつの古の御家、ノア家は過去に消滅してしまっている。


 【双頭】の当主自ら、出向き祝辞を述べている。これを異常と言わずして何と言えば良いのか。出席名簿から【双頭】の名があることは知ってはいたが、実際に自分達に向い礼を取る姿を目の当たりにすると驚きに、息を飲む。

 人の善さそうな笑顔で好々爺といった印象…だが、その目は鈍い色を灯している様に見える。考えすぎか。元より腹芸を主戦場にしている大貴族の内側が私に見抜ける訳も無い。


 ミゲル・クレソンは最後に深く頭を下げ、立食の中へ紛れ見えなくなっていった。


「クレア。」

 警戒していなかった自身を呼ぶ声に右隣りを見る。彼は軽く私へ向き直り、言う。


「少しは食べておいた方が良い。」

 私は、その段になって料理がスープまで出されていることに気が付いた。

 これから先、両親を介した出席者達がぞくぞくと祝辞を述べに訪れてくる。それはつまり、祝辞と祝辞の間にしか食事の取れないことを意味している。まともな食事は取れないだろう。

 思い至って、スプーンに手をやり、スープを一口含む。返す刀でスープに向った時、檀下には父に案内され、壇上へ向き直る貴族の女性の姿が見えた。残念に思いながらも、スプーンを皿の縁に置く。


 そして、女性の口上が始まった。

「本日は父の名代として参りました。ユーリティア・ミレータルと申します。」


 名を聴いて、私の視線が跳ね上がる。


「足元か胸元を見つめておけば、壇上から見下ろすことになるんだから万事オーケーよ。」と言っていた友人Iの言葉に従っていたのが、間違いだったのかも知れない。


 私の驚いた視線と、かの女性との視線が絡み、微笑を向けられる。


 飾り気の無い濃紺のドレスを纏い、長い髪も編みこみなど飾り付けは見て取れるが、全体としてすっきりとした印象を与える。そんな華やかで美しい女性だった。

…いやそんなことは、知っていた。彼女は自分と同じ古の御家であり、【双頭】の名と他を圧倒する魔術の才能を持っていた同年代の女性だったのだから。


「クレアさんと、お話しするのはこれが初めてになるのかしら。」

 正式な口上が終了したのか、口調は砕け、親しみやすさが滲んでいる。

「ずっと知り合いになりたいと思っていたのだけれど、なかなか機会がありませんでした。」


 知っている。私とイザベラは、同じ古の御家だと比べられて、嘲笑されてきたのだから。同じ時間、同じ学び舎で生きてきたにも関わらず、私達の歩いてきた道は、大きく異なっている。

だが、別に怨むことや嫉妬することは特に無かった。イザベラは元々に男勝りな性格で陰湿な感情を嫌っていたし、私は私で自分自身の課題に集中する方が建設的だと考えていた。また、彼女ユーリティア・ミレータルは本当に優秀な人物だった為、クラスや学科、研究室など私達と全く関わることがなかった。


曰く、誰にでも優しく。気配りのできる淑女。

曰く、魔術の天才だが気取った様子も無く、他者を見下すことをしない人格者。

曰く、テストで満点以外を取ったことが無い。

曰く、彼女の美しさを一目見る為に、他国からわざわざ訪れる者までいる。etc…


彼女の噂に黒いモノは一切存在しない。妬みや嫉みなど超越した信奉の対象。


 そんな完全無欠の才女が、彼に顔を向ける。


                    「え…。」



    私の小さな呟きは、 無かったことのように浮んで消える。



「【雨降り】様も、お幸せそうで何よりです。」


 彼女の微笑みは、酷く物憂げで泣きそうで…。 私はそんな表情を知らない。

 在り得ないモノを視た、在り得てはいけないモノを視てしまった、そんな衝撃が私の心に沈殿していく。


「…ユーリティア様は、彼とお知り合いなのですか?」

 精一杯の問い。

「ええ、ベルモット王子の研究室で学ばせて頂いておりますから。」

取り繕った返答。だが隠し切れない羨望と陶酔が、表情の端々に染み出ている。


 魔術の権威であるベルモット王子の研究室、その技術の高さから助手として招かれた異世界人【雨降り】。そして魔術の天才で大貴族【双頭】の子女。



 異質なモノが混ざり込んでいる。

 


 寒気を感じ、顔を上げて会場を一望する。

目に映るのは、会場中の貴族達がコチラを気にした目、目、目…。


 国の最高の研究室に紛れ込んだ歪な偽者。彼を表現するなら、そんな言葉か。なら今この状況…私は?私達は一体なんなんだろう。第二王子を脇に侍らせ、異世界人と没落貴族の子女が上座へ座る。そこにわざわざ並び頭を下げおべんちゃらを述べる貴族達。



 入室時とは比べ物に成らない程に、この世界が歪んで見えた。



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