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4.I love me?

4.


 二ヶ月が過ぎた。

 職場や親戚筋への報告と婚姻の準備に忙殺され、気が付けば結婚式が目前に迫っていた。ベルモット王子が大きく動いていたらしく、ほとんど面識の無い貴族から「式へ出席をさせて欲しい。」との遠回しな書面や祝いが大量に届いた。また、実際の婿側の出席名簿にも大貴族や武家の名門貴族、大きな商家の一族など錚々たる面々の名が連なっていた。


 ここで私は一つの教訓を得た。それは、

 …人とは、案外に当事者の方が他者よりも踏ん切りが付くものらしい、ということだ。


 両親は想像以上の出席者の面々に、挨拶や書状を四苦八苦し、私にべったりの妹は婚姻の話を聞くなり暴れだし、少ない魔力を使いきって倒れ寝込んだ。魔術学院も欠席し出席がギリギリとなり、ベルモット王子の計らいで事なきを得るということもあった。


「…確かに、この面子ならおじ様達が慌てるのも分るわ。」

 ようやく少しの休息が見つけられ、イザベラと二人でお茶を飲むことが出来た。見せた出席者名簿に彼女の呆れ交じりの意見が返って来る。


「でも、良く分からないわね。これ…。」

「分らない…とは?」

 私の疑問に反応した、イザベラが顔を上げる。


「どうして貴族の名前しかないのかしら、…相手は異世界人なんでしょ。なら異世界人の出席者が居ないのは、変じゃない?」


「それは…。」

 言葉に詰まる。婚姻の裏側を説明していないイザベラにどのように言って良いモノなのか…。


 理由としては二つある。

一つは、相手の異世界人【雨降り】自身が異世界人の招待を全く行わなかったことだ。それどころか、ベルモット王子曰く他の異世界人(かれら)には、婚姻を結ぶことすら伝えていない有様らしい。異世界での文化が分らない為、反応の仕方が難しい。

二つ目は、他の貴族への配慮だ。名目は結婚式でも、本質は第二王子主催のパーティに感覚は近い。そんな中に異世界人という未だに未知の存在を招きいれた時に生じる不祥事(イレギュラー)は、正直想像できない。知らないことがそのままマナー違反へと直結する可能性が、否定できないからだ。


 式の要項が次々と決まり、日々が過ぎていく中、私にはまるで他人の・・・別の誰かの出来事(こと)のように感じるようになった。

 イザベラは「貴族の結婚式なんて、そんなもんじゃないの。」なんて笑いながら言う。

 本当にそうなのだろうか?昔見た、王家の結婚式ではもっと王妃様は、幸せそうに笑っていた気がする。私に笑えるだろうか…。そう考えると、足元が揺れ崩れていくような不安感に襲われる。


「大丈夫よ。愛しているんでしょ?その人を。」


 何気ないイザベラの言葉に、驚いて私は彼女を見つめ返す。


「な、何?」

「いや、その通りだ。」


 私は、大切なモノを置き去りにしてこんな場所にまで来てしまった。そんな不安感だったのか、と逆に笑ってしまう。覚悟を決めた筈の…分っていた筈の事に未だに未練が残っていたらしい。


「ふーん、良かったわね。好い人が見付かって。」

 私の言葉を肯定と受取って、イザベラは笑う。


「ああ、本当に…。」

 私の言葉は虚空に彷徨う。



 誰にも聞くことの出来ない問いが幾度も浮んで消える。


 私は、笑えているだろうか?…あの日見た美しい王妃様のように、笑えているだろうか?


 ただそれだけが、知りたかった。




xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx




 その日は、雨が降っていた。

 しとしとと降り続く雨は、素人目に見ても止むことは無いと悟らせる。


「まあ、有る意味…らしいんじゃないか?ねえ【雨降り】。」

 ベルモット第二王子は、楽しそうに私の隣に座る彼に話し掛ける。


 私の内のベルモット王子とは、また違う印象を受ける話し声だった。


「別に、俺がやってるわけじゃない。」

 彼が応える。結婚式は最初から驚きの連続だった。

そもそもが始に会ったあの日以来、二度目の顔合わせが、この式当日で。もっと言えばあの日は、彼は一言も話しておらず声を聴くことすらなかった。更にフードを常に被っていたせいで、控え室に新郎として着替え、出てきた際に誰だか分からなかった。


 私は深い意味ではなく、本当に彼のことを何も知らなかった。


 式の運営に当たってくれる女性スタッフの間から、溜め息が漏れた。恋だの愛だのに、これまで全くと言っていい程に触れてこなかった私までが、つい見惚れてしまった。


「どうかしたのか…?」


 つい見つめてしまっていたのだろう、彼の言葉にしどろもどろになってしまう。


「いや、そういえば話すのはこれが初めてだな。」

 小声で返す。

「ああそういえば、そうだな…。」

「私は、貴方のことを何と呼べば言い?」

 我ながら式の控え室で行う会話ではないな、と笑ってしまう。事実彼も同じだったのだろう、小さく笑みが零れた。


「何でも言い…、王子サマにはブルーと名乗っている。だからこれからは、ブルー・リーパーだな。」

「なら私は、クレア・リーパーだ。クレアと呼んでくれ。」

 今回の婚姻により、勲章の授与が行われることが決定していた為、北方王国成立以前に存在したの名誉騎士家系〔リーパー]の姓名を第二王子より与えられた。

 お互いに名乗りを挙げても、まるでしっくりこない。場違いな会話が、場違いすぎて楽しい。お互いがこれから始まる式を、自身の結婚式であると思っていないのだろう。



 式の開始時間が近づき、控え室を出る。


 彼と少し話をして分った。おかげでずっと気になっていたドレスの長い裾も、煌びやかに飾り付けられた髪飾りも、全てが気にならなくなった。


『それでは、新郎新婦の入場です。』 司会アナウンスの声が響いた。


 私は、心を閉じ他人事のように俯瞰で世界を見つめる。神輿に担ぎ上げられた人形の気分でいれば、この喜劇も楽しめる。恐らくは、彼も似たようなものなのだろうと思う。周囲に機を配ろうともせず、私だけを見つめていた彼の瞳が甦る。


 歩みが始まる。今なら、あの時の問いに応えられるだろう。


 私は、笑えているだろうか?

 ああ、笑えているとも。こんな機会が無ければ、知ることのなかった笑みで、笑っている、と。



 音が遠くに聴こえ、過ぎ去っていく光景は夢のようだった。





式までたどり着けなかった…w


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