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2.振り翳される正論

2.


 室内には三人の姿があった。二人が着席し、フードを頭まで被った異様な一人が腕を組みながら立っていた。

 上座に座っているのは父だとして、フードの者が気になる。父と対面している者の従者のようにも見えない。

「やあ、これはこれはクレア・トゥルーヴ嬢。」

 座っていた男が、仰々しく立ち上がり腰を折る。


「お初にお目にかかります私、魔術学院にて講師の様なものを勤めさせて頂いておりますベルモット・ノースタルと申します。以後お見知りおきを。」

 私の顔は露骨に、引きつっていたのかも知れない。父から意味深な咳払いが飛ぶ。

 ノースタルの姓名を持つ者は、この北方王国ノースタルでは王族でしか在り得ない。それもベルモット第二王子は王位継承権第二位でありながら、【魔術狂い】などと貴族間で公然と噂される変わり者として有名だ。飄々とした態度や挨拶から、その変わり者という評価が大きく外れてはいない事を理解する。


「ベルモット王子、御戯れもそのくらいで。クレア挨拶を。」

 父に目配せを返し、ベルモット王子に膝を付き騎士礼を取ろうとすると、王子からストップがかかった。

「いえいえ、クレア嬢。今回私は魔術学院の一講師としてお伺いさせて頂いている身でして、騎士礼は不要ですよ。」

 軽やかな足取りでソファーへと戻り、王子は爽やかな笑顔を貼り付けたまま続ける。

「貴女に…、古の御家が一つトゥルーヴ家が長女クレア・トゥルーヴ嬢。今回は貴女方トゥルーヴ家のご協力を得たくお伺いさせて頂きました。」


「協力ですか…?」

「はい、協力です。警邏隊四番街第十二分隊第二小隊の小隊長である貴女ならご存知かと思いますが、東西南北の各未開の迷宮で魔王の目覚め報告されてから5年が経過しております。また、迷宮に潜む亜人達もまた反抗の機を窺い活動を活発化させており、情勢はこれからますます不安定となっていくことは予想に容易い。

当然、我がノースタルでも、軍備の拡張が進められ相応の準備を行っておりますし、…警邏隊でも警戒が高まっていることでしょう。」


 王子は一度言葉を切り、出されていた紅茶で口を濡らす。


「ところで、クレア嬢。少し耳にしたのですが貴女は魔術を使えないとか。」

「……。」

 突然の話題の転換に、私は必死に表情を取り繕う。


「いえね、馬鹿にしている訳ではなくてですね。魔術の使えない貴女からして魔術とは一体どのようなモノなのかと…疑問におもいましてね。」

「ベルモット王子。」

 父から、非難の色を帯びた低い声が発せられる。


「ふふ、私も【魔術狂い】などと陰口を叩かれていますが、魔術の行使は出来ませんしね。案外、貴女とは気が合うかもしれませんよ?」

 魔術を行使できる者は、つまり先祖に魂を喰らう者(ソウルイーター)となった者が存在することを示す。当然王族は皆、魔術を行使することは出来ない。


「私はね、現在のこの状況を過去の浅はかな行為のツケ…いえ罰だと思っているのですよ。」

「罰ですか?」

「魔王の恐怖に怯えることも、亜人の侵略に苦することも、そもそもが亜人の排斥など行った先の指導者達の過ちが発端に機しています。彼らを排斥し我が国の国力を大幅に削り捨て、強大な反抗勢力にまでさせてしまった…、」

「ベルモット王子!」

 あまりに直接的な先達の批判に、父が声を荒げ制止する。


 確かに亜人が認められ、この国に浸透していたならば、そもそもが魔術の行使が出来ない人間はこの国から居なくなっていた可能性すら有る。それは大きな戦力だ。魔術の進歩は、今とは比べ物に成らない程進んでいたことだろう。


「いえ、言わせてください。所詮【魔術狂い】の戯言ですよ、お聞き流しを、御当主。」

 王子は軽く口角を吊り上げて笑う。私はその笑みが今までの王子の微笑と異なったモノに見えた。

 道化な態度や影口の許容も全て、この第二王子(ひと)そうある(・・・・)ように仕組まれたモノなのかもしれない。そんな疑惑が浮んでくる。そんな王子の裏側を垣間見た気がして、驚愕してしまう。


「亜人は元を正せば、国を救う為に我が身を捧げた英雄です。それを人と姿が異なるからと言って迫害し追放した…。我々に非があることは、明白です。しかし勿論、だから今すぐ全てを受け入れろ、などとは言えません。我々はお互いにお互いを殺し合い過ぎました。」

 王子の話は演説しているかのように熱を帯びている。

「…そうですね。」

 私には、そう返すのがやっとだった。

「私は、兵士として出兵した夫を亜人に殺された妻の嘆きを聞きました。村を襲われ家族が散り散りになりながらも逃げ延び、9番街の低民街区で細々と暮らしている民がいます。憎しみは螺旋を描き膨れ上がる一方です。分かり合うことの出来る段階は、とうに過ぎ去っています。彼らを認める認めない、という簡潔な問題が憎悪と共に複雑怪奇な難題へと変化してしまっているのです。」


 王子の瞳が、私を捉える。


「そしてこれは…、亜人だけの問題でもないのですよ。」


 王子の瞳は、私を離さない。強い力で惹き付けられるように目が離せない。


「この北方王国ノースタルでは、約5年前…北の魔王【不滅】の活動が永久凍土より確認されたことにより、ノースタル国王の命により、古代魔術の行使が行われています。」

「異世界人の召還…ですね。」

「はい、過去5度の召還に対し現在までに約5万人の異世界人が召還されました。」

 王子の言葉に父が、口を挟む。

「確か異世界人は魔術適正が高く、国外の防衛や魔術研究の分野を担っているのでしたか。」

「はい、彼ら異世界人によって我がノースタルの魔術技術は100年進んだ、と言っても過言ではありません。」


 良くも悪くも【魔術狂い】とまで評される第二王子の言葉だ、魔術研究において権威ともいえる第二王子にそこまで言わしめる異世界人に、少し興味が沸いた。


 王子が言葉を続ける。

「…ですが残念ながら、彼ら異世界人には現在人権と呼べるものが、在りません。あくまで軍の所有物として扱われています。これでは…まるで亜人排斥の始まりと似通っているとは、思いませんか?」


 王子の考えが、少し読めてきた。亜人の話を振り、こちらに正論の言質をとる。これからの話の展開としては、異世界人の人権を護る為に…だろう。だが、分らない何故当家なんだ。本当に異世界人の人権問題に着手するなら、もっと権力の大きな大貴族に話を持ちかける筈だ。


 私の視線が後ろに立つフードの者に動いたことを察したのか、王子がフードの彼を示す。


「失礼しました、紹介が遅れましたね。彼は【十二天遣】と呼ばれている異世界人の一人です。通り名は【雨降り】…普段は私の研究室で魔術研究を行って貰っているのですが、先日亜人の討伐任務がありまして…ご存知でしょうか?」

「聞いています。北西の山岳迷宮を縄張りにしていた獣系の亜人の討伐が行われたとか。」

 私の応えに、王子は頷く。

「その討伐において【雨降り】は大きく貢献致しました。…私は彼らの素晴らしい功績を広め、彼らの人権の獲得に尽力したいと考えています。その手始めとしまして、私としては彼に勲章を授与したいと考えているのです。」


「勲章…ですか。」

 父から驚きの声が漏れる。当然だ、勲章の授与すなわち騎士階級以上の准貴族としての地位を認めると言っているにほかならない。

それも、この第二王子は「授与に働き掛けたい。」ではなく…、「授与したい。」と言った。まるで自分に授与の決定権が有るかのようなモノ言いに愕然とする。

そしらぬ顔をして政治にも携わっていると、暗に言っているようなものだ。先から感じる言葉言葉の違和感…この王子は、やはり只者ではない。


「ですが、王子。それはやはり不可能なのではありませんか?なにより反発する貴族が必ず居ります。」

「そうですね、御当主。今のままでは不可能です。何より人権がありませんから、異世界人は人として認められていません。」

 父は、苦い顔をして押し黙る。

「そこで、最初に言っていたご協力(・・・)のお話に戻る訳です。古より北方王国ノースタル王国に仕えし、旗本たる古の御家が一つトゥルーヴ家御当主…いえ、クレア・トゥルーヴ嬢。」


「…はい。」

 かの第二王子が、当家を訪れた本題に入るのだと、私は身構える。


「この【雨降り】と婚約して頂けませんか?」





「…、はい?」

 情け無い、私の声が室内に響いた。



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