第1話 事の始まり
連投シリーズその4。これで最後。
作品数を増やすことよりも、既に投稿されているのの続きを書いたほうがいいと思う。
「――あら浅葱、あなたまた上手くなったじゃない」
「ほ、本当ですか?ありがとうございますっ!」
「今、この部でいちばん上手いのはあなたじゃないかしら。
そのまま精進なさい。まぁあなたには劣るにしても、わたくしも充分上手いのだけれど……」
なんてことを口では言いながらも。
わかっている。
わたくしの物語はよく高評価される。それは決して気分の悪いことではないし、むしろ鼻が高いくらいだ。
しかし。
わたくしの画力、そして登場人物像は――
画力はよく、小学生並みと称される。でも、画力なら別に、これからも伸ばしていくことができる、と言われた。
登場人物は、というと――どうやら、散々、らしい。とりかえしがつかない、とのこと。
わたくしは"キャラ付け"や"キャラを立たせる"といったこと、そして心理描写がどうやら苦手らしかった。
ふつう、心理描写ができないと物語なんて上手く描けない筈なのに――不思議なものである。
「改竄先輩、キャラ付けに困っているんですか?なら、熊野湯桶を訪ねるといいと思いますよ」
そういえば今日、浅葱がそんなことを言っていた。
熊野湯桶。
演劇部現部長――
「湯桶は私の双子の兄なんです。演技の癖が強く、万人ウケする演じ方をするヤツじゃないから、皮肉にもよく"大根役者"なんて言われてますけど――私はそうは思いません。そして、改竄先輩とも、相性がいいはずですよ」
相性がいいはず、なんて誤解を招く言いかたはしないでほしいが――
わたくしは大和田改竄、17歳。現在高校3年生。
十数年前、大成功を収め、日本屈指の大企業としてその名を馳せる、大和田財閥の社長の娘、
つまり社長令嬢である。
社長令嬢でありながら――漫画研究部の部長を務めている。
わたくしが漫画に興味を持ち始めたのは、かなり幼い頃からだった。
わたくしの父は社長と言っても、わたくしを束縛し、決められた分野での高みを目指させるような方では一切なかったので、欲しいものは頼めば何でも買ってくれたのだった。
小学校低学年のときから既に、「高校に入ったら漫研を創ろう!」なんて思っていたものだ。
そのキャリアをもってしても、この画力と登場人物の有様なのだが……。
そして、さっきからわたくしと会話を交わしているのが、この漫画研究部の副部長、2年の熊野浅葱である。
立ち位置的には、まぁ"特に仲の良い後輩"といったところだ――深い青色のさらさらヘアーの、ちょこんとした可愛らしい女の子だ。
そしてさっきわたくしが言ったとおり、この娘がこの部活の中で最も画力が高い。
「人物の心理描写を知りたいのなら、人物を演じている演劇部に訊いてみる、って作戦です。
画力のほうはツテがないので、その辺りはちょっと――」
そんな浅葱の言葉を最後に、わたくしは漫研部の部室を飛び出す。
飛び出す、というのはあくまでもただの比喩で、わたくしはそんな簡単にはしたなくテンションをあげたりしない。
廊下を歩き、そして、演劇部が練習に使っている小ホールに辿り着く。
勢いよく扉を開け、
「ごきげんよう、演劇部の諸君。突然で悪いのだけれど……部長の湯桶さんはいらっしゃるかしら?」
なんて、気どった台詞を言ってみる。
「あ、あなたが大和田先輩ですね。浅葱からLINEで聞きました。
どうも初めまして、俺がこの演劇部の部長、熊野湯桶です」
出て来たのは、浅葱と同じ形に前髪を切り揃えた、しかし茶髪の、少し頼りなさそうな垂れ目の男だった。
だが、人を見かけで判断しないというのがわたくしの主義だ。
それにわたくしのこの方に対する第一印象は、"先輩に礼儀の正しい人"だった。
「さて、何から話したものか……なにせ、今浅葱から連絡がきたばかりなもので……
何も考えてないんですよね。――ああそうだ、まずはこれを訊いてみよう。
大和田先輩、あなたはどんな作品を描くんですか?ジャンルというか……」
「それはもう、バトルでも部活ものでもゆるーい日常でも、なんでも描きますわ」
「んーそうだな……その中でも、特によく描くものって、あるでしょう?」
「……ラブコメかしらね」
「ラブコメ――ですか。そうですね……人物の心理描写をするとなると、その役になりきる、というのが最善で最速なてっとり早い手だと思います。あなた、恋をしたことってあります?」
あ。
よく考えてみたら、簡単なことだった――
考えてみれば、簡単すぎることだった。
ていうか、このくらいのこと、創作に関わる人なら――
どころか、中には創作に関わらない人ですら、気付くことだろう。
自分の体験した事実を参考にすれば、創作も数段しやすくなるというわけだ。
ふむ。
「じゃあ、湯桶さん。あなた、わたくしと少し付き合ってみないかしら?」
漫画やラノベ、アニメなどの作品において、『お嬢様系キャラ』というのは、自分の容姿やそれ以外の能力に絶対的な自信を持っている高飛車な性格であることが多い。また他におっとり系だったりいくつか種類はあるけれど。
とはいっても、わたくしはあまり傲慢な人間でもない。
確かに少しは他の同学年の女子よりはモテてるような気がしなくもないけど、だからといって自信に満ち溢れているわけでもないし、今この場でフラれる可能性はいくらでもあるということも重々承知のつもりだ。
さあ、熊野湯桶。
あなたの返答を、聞かせなさい。
「……は?」
口をぽかんと開き、目を丸くし、全力で無気力に、唖然とした表情を醸し出す湯桶さん。
……あまりにも唐突すぎたのは自分でもわかっているが、それにしてもいくらなんでもその反応はやりすぎじゃないですかね。
「なにが じゃあ なのかよくわかんないんですけど……」
そこか。
「き、気にしなくていいのよ。冗談よ、冗談。別にあなたのことなんかこれっぽっちも好きじゃないし。
今日初めてお会いしたばかりの方を好きになるほど私もふしだらではないし。
さあ、今すぐ忘れなさい」
「は、はあ……」
「今 す ぐ 忘 れ な さ い ?」
「は、はいっ」
威圧。ごり押し。力技。
「とにかく、さっきも言ったとおり、急だったんで何も考えてないんですよ。
先輩、LINE交換しません?それなら家にいても話し合えるんで」
「ごめんなさいね……わたくし、LINEはやってないの」
「そうなんですかー……」
「うふふ。キャラを守るためには悪しからず、ですわ」
「なんのことを言ってるのかさっぱりなんですが」
「気にしなくていいのよ(二回目)」
お嬢様は世間知らずの情弱だからSNSとかには手を付けないの。
……情弱?
「はい。じゃあ、明日また来てもらっていいでしょうか?家でいろいろ考えてきますんで。
なんなら俺が行きますけど」
「ええ、よろしく頼んだわ。じゃあ、お願いね~」
そんなこんなで帰路に就く。今日は少し遅くなってしまった。
健康に気を遣って、仕えの者が車で来たりせず、徒歩。
そんな徒歩での下校路に、また新たな出会いがあったのだった。今日はなんだかいろいろなことが起きた日だったなぁ。