第一話 人魚姫
ちょっと〜な短編集です。
色々なジャンルに挑戦して行きたいと思います。
少しでも、楽しんで頂けたら幸いです。
『王子様は、本当にいるのかしら?』
蒼い満月の掛かる夜空を見上げ、人魚姫は思いを馳せる。
こうして海の上に出られるのは、月に一度の満月の夜だけ。
幼い頃に聞いた『人魚姫』の童話。
嵐の夜に、『王子様』を助ける人魚姫。
そして、王子様に『恋』をするのだ。
運命の、悲しい、実らぬ恋を……。
「本当に王子様がいるのなら、例え実らない恋でもいいから、会いたいなぁ……」
『例え、海の泡になっても構わない』
そう思えるような、そんな王子様に会いたい。
「はぁっ……」
今年十六歳になる姫は、父王の決めた婚約者と結婚しなければならなかった。
別に婚約者が嫌いな訳ではないけれど、ちょっとくらい、夢見る乙女を演じてみたって、いいと思う。
姫は一人寂しく、心の中で積もる思いを反芻する。
「姫様! もうそろそろお戻りにならないと、危険でございますよ」
従者のマンボウに、クリクリとひょうきんな丸い目をむきながら、釘を刺された姫は、小さなため息を一つ吐き出した。
そんなことは、百も承知だ。危険だと知っていても、来てみたい。
それが乙女心っていうものなのだ。
「何せ、人間のまき散らした『放射能』ってヤツが充満していますからね。いくら中和剤をお飲みになっていても、お体に触ったら大変でございます!」
眉間にシワを寄せて言う彼に、姫が問う。
「ねぇ? 王子様っていると思う?」
「昔は、あちらこちらに沢山いたようですけど、今はほれ、あの通り。『核戦争』ってヤツで、陸の生物がほとんど絶滅してしまいましたからねぇ。残っているのは、『ゴキブリ』とか言う小さな黒い虫だけですよ」
彼らの視線の先にあるのは、廃墟。
昔は『TOKIYO』とか言う『最先端の未来都市』だったらしいが、今は、飾る色のないモノクロームのゴミの山だった。
人間がまき散らした『放射能』は、少なからず彼ら海の住人の生活をも激変させてしまった。生態系は破壊され、かなりの海の生物が滅んでしまったのだ。
もし、彼らの科学力がこれ程進んだ物で無かったら、この地球上の生物はすべて滅んでしまっていただろう。
「さぁ、帰りましょう、姫。父王様が心配しておられますよ」
「ええ、そうね。なんだかお腹も空いてきちやったわ」
姫が、クスリと笑う。
「今日のおやつは何かしら?」
そう言って人魚姫は、水面に綺麗な波紋を残して、海中に消えた。
やれやれ、未来の海王様の母君になられるおかたは、まだ、色気より食い気だわ……。
ちゃぽん――。
マンボウが軽くため息を付いて、姫の後に消える。
後に残るのは、ただ静かに寄せては返す波の音。
それは、人類が、自らの愚かしさにより滅びの道を選んでより、百年後。
蒼い満月の掛かる夜、東京湾での出来事――。
終わり




