六章
「はぁ、はぁ、はぁ」
さつきはレオンから逃げるため沢山走っていた。ローズと会ったところも通り過ぎ、結構な距離を走ったことから一旦大丈夫だろうと考えたさつきは、そばにあった木に手をつき息を整えようとした。しかし、引き裂かれそうになった恐怖からかうまく息を整えられないでいた。
「ん?どうしたんだい?」
そんな時に現れたのは、ガーディアンと名乗ったジャックだった。
「た、助かった~!」
ジャックを見た瞬間さつきは希望に満ちていた。
「何が?」
希望の光が入っている瞳に見つめられたジャックは笑みを浮かべながらさつきに聞いた。
「レ、レオンさんから逃げてて、助けてください!ジャックさん!」
「へ~。レオンと会ったんだ。」
「レオンと会って無事なんて、悪運あるのね」
さつきは、その時ようやくジャックと一緒にひみがいることに気づいた。
「お願いします!助けてください!」
ガーディアンのジャックがいるから大丈夫、これで助かる。そう思うさつきは、ジャックに向かって再度助けを求めていた。
「ちょっと待って、何でこんな奴に助けを求めてるの?」
ひみは不思議でしょうがなかった。助けを求めるのに此奴ほど向かない奴がいないと知っているからだ。
「何でって、だってジャックさんはガーディアンなんでしょ?」
しかし、さつきはジャックを信頼している。ジャックが言っていた自身はガーディアンであるという言葉も本当だと信じ切っているのだ。
「お前、またそんなこと言ったの。」
ひみは呆れた様子でジャックに言い放った。
「そんなこと?何のこと?」
ひみの問いにジャックは笑みを浮かべながら首をかしげていた。
「ガーディアン」
ひみは端的に伝えてきた。
「本当の事じゃないか!」
ジャックは腕を大げさに広げながら言い切った。
「どこが?」
ひみは呆れた目をしたまま大げさな動作をしてるジャックに告げた。
「ひどいな。俺は本当の事しか言ってないぜ?」
ひどいと言いながら、少しも悲しんでいるように見えないジャックの様子に気づかないさつきはジャックたちの掛け合いを止めるように聞いた。
「待ってください!何の話ですか!」
さつきは、ジャックとひみの話していたことがどういう意味なのか理解できていなかった。ジャックが答えようとしていないことを悟ると、ひみが仕方なくという風に口を開いた。
「ガーディアンなんていないの。」
「え…?」
ひみが答えた答えは簡潔であった。そのためか、さつきは理解できないという風にもう一度聞いていた。
「つまり、こいつは嘘ついたってこと。…もともとこいつは存在そのものが害悪」
次に答えた答えはわかりやすくさつきも理解した。理解してしまった。さつきは自身が騙されていたことを。
「それはひどいぜ?俺のどこが害悪なのか教えてほしいなぁ。公平な卑弥呼女王サマ?」
ひみと名乗った彼女は、卑弥呼。彼女は、元は人間でありながら“特別”となったのだ。彼女の“特別”は、神に仕え人を支えた人生そのもの。そして、神の意思を聞いているかのように当たる占いも特別なものだ。その人生を功績として、語り継がれ特別となっているのだ。だからこそ、彼女は“特別”となりこの山に入ることができた。存在し続けることができているのだ。
「そのままだ。ロンドンを恐怖に陥れた、ジャック・ザ・リッパー」
彼女の返しはジャックと名乗る男の正体をさつきに明かすものだった。
ジャックと名乗る男は、ジャック・ザ・リッパー。彼は、ひみと同じく、元は人間でありながら“特別”となったのだ。彼の“特別”は、ナイフ一本で大量虐殺を成し遂げた罪そのもの。そして、誰にも罪を暴かれることなく人生を終わらせた罪。そんな人生が罪として語り継がれている。現在でも、彼のジャック・ザ・リッパーの犯した罪は恐怖を纏いながら語られているのだ。だからこそ、彼は“特別”となりこの山に入ることができた。存在し続けることができているのだ。
「ヒッ!?」
さつきはたまたまジャック・ザ・リッパーという名前について知っていた。だからこそ恐怖した。今まで信頼していたジャックというヒトの形が崩れ去ったような感覚があった。
「あ~あ、ひみのせいで怖がらせちゃったじゃん!」
自身のせいだとは一切考えないジャックはひみのせいだと一瞬で判断した。
「お前だろ」
ひみはやはり端的に言い切った。
「ぜ、全部、う、嘘だった、の…?」
さつきは恐怖を感じながら、瞳を濡らしながら聞いた。
「全部じゃないぜ?さあ、君はどれが嘘だと思う?」
ジャックは面白いエンタメを見るかのように笑いながら聞いてきた。さつきは、もっと恐怖を感じて、体を震わせながら視界を滲ませる水が溢れてしまわないように耐えていた。
「やっと追いついた!!」
「これだから野蛮な奴は…!」
「うん、さすがレオン陛下」
さつきが、水がこぼれないよう耐えていた時、後ろからレオンたちが走ってきていた。前にはジャック・ザ・リッパー。後ろにはレオン。逃げ場がない。そう思ったさつきはその場でしゃがんだ。こんな所で死ぬんだ。そんな考えがよぎり走馬灯がよぎりそうになったその時、鞄に入っていた鈴がさつきの頭の上まで飛んでいき、さつきを引き裂こうとしているレオンを、音を鳴らしながら吹き飛ばした。
そんな出来事を見ていた彼らは…
「その鈴…」
と、ひみは考え込むように呟いた。
「へ~」
と、ジャックは浮かべていた笑みを深くしながら言った。
「テメェ!!」
と、レオンは吹き飛ばされた苛立ちを声に出していた。
「まあ!」
と、ローズは予想外の展開に驚いていた。
「魔除けの鈴か。」
と、ジョーカーは鈴が何なのか悟ったようで鈴の正体も言い切った。
彼らに遅れながら状況に気づいたさつきは、自信を守ってくれている鈴を手に取ろうと、手を伸ばした。もうすぐ鈴に手が届く。そう思った時、鈴はさつきの手から逃れるかのように地面へと落ちていった。地面に落ちた鈴を拾おうと手を伸ばしたさつきは鈴に触れる直前、指先に電気が通ったかのようなとてつもない痛みが走った。痛みのせいで、一度鈴から手を遠ざけてしまったが、それでもさつきは鈴に手を伸ばした。しかし、さつきの手は鈴に触れられることはなかった。鈴の周りに小さな結界が張っているかのようにさつきの手はそれ以上鈴に近づくことができなかったからだ。
「何で…!?」
さつきは、堪えていた涙をあふれさせながらも鈴を触ろうと手を伸ばしていた。
そんな様子を見ていた彼らの中に反応を示したヒトがいた。
「なるほど。」
と、ジョーカーは何かに気づき納得したかのように呟いた。
「はぁ~」
と、ひみは呆れて物も言えないかのように溜息をついた。
「ハハッ!」
と、ジャックは賭けに勝ったかのように笑った。
そんな反応があったのを無視して、さつきは鈴へと手を伸ばし続けていた。自身を守ってくれた、自身が触れない鈴へと。手を出し続ければきっと結界みたいなものも壊れて触れるはずだ、と無駄あがきをしていた。そんな心情を理解してなのか、それとも無駄なことをし続けているさつきが見苦しすぎたのかひみが教えてあげた。
「諦めた方がいいんじゃない?」
さつきは聞こえていたが、無視していた。きっと触れるはず。そう望んでいた。
「だから言ったろ?すぐ帰ったほうがいいと。」
笑いながらジョーカーが告げてきた。あの時帰っていれば良かったんだという風に。
「へ~」
ジョーカーの言葉を聞いたジャックは、面白いものを聞いたという風な反応を示した。
「何だい?ジャック」
「い~や?クックック」
ジャックは嗤いながらさつきを見ていた。
「ちょっと、どういうことですの!?説明してくださいますわよね?」
状況がわかっていなかったローズは説明を待っていたが、なかなか説明されず我慢の限界を迎えて、わかっていそうなジョーカーに説明を求めた。
「勿論だよローズ嬢。彼はね、この山に居られる存在になったんだよ!」
「チッ、そうかよ…」
少し状況が読めなかったレオンがジョーカーの一言で理解した。
「ど、どういうこと!?」
しかし、当事者たるさつきにはわからなかった。
「つまり、君に分かりやすく言うと、現世には帰れない。」
「え…?」
さつきは、どうしてそうなったのか理解できなかった。現世、つまり家族とかが居る所に帰ることができない。
「つ、ま、り、君は、この山で“特別”になったわけだ。おめでとう!これからよろしく。さつき」
ジャックは嗤いながら言った。
「“特別”なんて…」
「なりたいって言ったのは君だろ?」
さつきがつぶやいた言葉を聞いたジャックは嗤いながら確認するかのように尋ねた。
「た、確かに、特別になりたいって言ったよ!特別な何かになるのが僕の夢だったよ!でも、此処にはあいつらがいない!あいつらを見返すために特別になりたかったんだ!だから、此処でなっても意味がない!……家に帰りたい。父さんに、母さんに会いたい。普通でいい!もう、特別になりたいなんて言わない!特別にな何者かになるのが夢だなんて思わないから!だからい!だから、家に……家族が居る所に・・・帰してよ…!」
「無理」
ひみがさつきの嘆きを受けて、端的に現実を告げた。
「何でだよ!お前ら特別なんだろ!!こんな普通のニンゲンなんていらないだろ!頼むから帰してよ…」
さつきは涙を流しながら懇願した。
「これは君が選んだ道だから」
ひみは、端的に現実を教えていた。自身の占いを信じないから占いの通りになるのだと言外に滲ませていた。
「この山の物を食べたのでしょ?自分の手で。渡されただけだったり、無理矢理食べさせられただけなら、帰れたり、どうにかできたのですが……まあ、自業自得ですわね。」
ローズは、現実を教えながらさつき自身の罪を自覚させるよう言った。さつきに毒を吐いて。
「チッ!まあ、歓迎するぜ?長く楽しもうか、このイカレタ山を」
レオンは、人間ではなく“特別”になったと教えていた。人間ではなく同じく“特別”になったさつきに。
「まあ!すごい変わりようですこと。」
さつきを襲おうとしていたのに、急に手のひらを返し歓迎の言葉を吐いたレオンに、興味深そうにローズがつぶやいた。
「まあ、彼は同族には優しいからね。よろしくしようぜ?さつき」
ローズの呟きの疑問にジョーカーが答えた。そしてジョーカーも歓迎していた。“特別”へと成ったさつきを。
さつきは気づいてしまった。鈴の音がなるときは自分が普通の人間じゃなくなる時に鳴っていたということに。例えば、この山の境界に入る時に。例えば、ひみへ名前を告げた時に。例えば、ジャックから勧められた木の実を食べようとした時に。例えば、完全に人間ではなくなった時に。
さつきは自覚した。現実を。自身の罪を。人間ではなくなったことを。自覚してしまった。
「あ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
自覚した途端、さつきは発狂した。耐えられなかった。家族にもう二度と会えないという事実に。人間ではなくなってしまったという事実に。そして、後悔した。ジョーカーの言う通り最初の時点で帰る道に進んでいればよかったと。あの鈴の音の警告に従っていればよかったと。
「ハッハッハ!楽しもうじゃないか!このイカレタ世界を!!」
絶望し、発狂したさつきを見たジャックは楽しそうに笑いながら大げさな動作をしながら言い放った。
さつきの耳の奥で鈴の音が一度リンと小さく鳴り、地面に落ちていた鈴は二つに割れてしまった。




