五章
林を抜け、野原が広がっている場所。そんな場所の木や、岩、崖などで木陰が作られているところに一人の男がいた。
「工藤さつき、工藤さつきうるせぇ。……あいつも悪趣味だな。まあ、俺の前に現れなきゃどうでもいい。わざわざ探しに行くほどじゃねえからな。だが、俺の前に姿を現して、俺を煩わせるようだったら、八つ裂きにしてやる」
そんな物騒な独り言をつぶやく男。そんな男の近くまで来ていたのは、ローズとさつきであった。
「次はこちらに行きましょう。」
「え、でも、まっすぐ行った方が…」
彼らは進む方向で意見が分かれているようだった。
「こっちの方がいいと思いますの。」
さつきはやはりローズに押され気味であった。
「うるせぇ!!」
彼らはそこまで大きな声で話していなかったが、並外れた聴覚を持つこの男にとってはうるさすぎたようだ。
「あら、いましたの。」
彼らはようやく男の存在に気づいた。ローズは男のことを興味なさげに見ていた。さつきは、男の風貌に驚愕していた。男は、黄金の髪の毛を腰の位まで伸ばし、頭に先が丸い動物の耳がぴくぴくと動いていた。上半身には何も身にまとわず腰に動物の毛皮のような黄褐色のふさふさしたものを身にまとい、ズボンはぴっちりとした体格を隠さないようなズボンをはいていた。男の手首から肘にかけてと足首から膝付近までにかけて黄褐色のモフモフしたものがついており、男が付けている首飾りは動物の牙と天然石を合わせて作られているような野性的な首飾りだった。男が動いたことで見えた男の後ろ側には、動物の尻尾のようなものがあった。尻尾は、これまた黄褐色で先の方だけ黒くなっている。今まであった山のヒトは、人間と同じ姿をしていてこの男のように人間と違う特徴があることが無かったから驚愕で動きが止まっていた。
「ハッ!女王サマはお付きがついてイイものだな?」
「あら、妬まないでくださる?」
「妬む?俺は一人で何でもできるからいらねえんだよ。」
言外にお前は一人じゃなんもできない無用な奴と伝えてくる。
「強がらなくて大丈夫ですわよ?素直に言ったらどうです?わたくしに嫉妬した、と」
言外の言葉が伝わらなかったのか無視したのか、ローズは男に反撃した。
見ての通り、男とローズの相性は最悪と言っていいほど悪い。
「嫉妬?誰が草なんかに嫉妬するか」
「まあ!気高き青薔薇と草を見間違えるなんて、さすがはコネコちゃんですわね。」
「ああ”あ”?今何て言った」
「耳が良いことしか取り柄がないのに、それもなくしてしまうなんて…コネコちゃんと言ったのですわよ。」
「ハッ!誇り高き獅子とネコを間違えるなんざやっぱり草は道理もわからぬバカ、らしい」
「なんですって!?」
ローズと男が口論しているのをただ見ているだけなのがさつきだ。さつきは男の風貌に驚愕して思考が一時停止していたが、一度復活している。しかし、上品なローズが皮肉を返していること、野性的な男と口論していることにまたもや驚愕して思考が再停止していた。そんな何も考えられないさつきの前に現れたのが、
「やあ!さっきぶりだねにんげん君!」
最初にあった男、ジョーカーだった。
ジョーカーに声をかけられているのにも気づかずに、さつきは焦点の合わない瞳のまま男とローズの口論を眺めていた。
「うん、聞いてないね。にんげん君をどうにかするよりも、先にあのヒトたちを止めようか。」
ジョーカーはさつきに向いていた体の向きを口論している男とローズの方に向きなおした。
「ハ~イ!君たち。また喧嘩してるようだね!」
「ジョ、ジョーカーさん」
ローズと男の口論を止めた時にようやくさつきはジョーカーがいることに気づいたようだ。
「チッ!」
「あら」
口論を止められた男とローズはどちらも少し苛立ちながらジョーカーを見ていた。
「何の用だ、ジョーカー」
男は、当然口論を止められたから何か用があるはずだと考えた。そうじゃないと、この男、ジョーカーはこのくらいの口論じゃ止めないからだ。
「今回は、この子に用があったんだよ。レオン陛下」
しかし、ジョーカーの用は野性的な男、レオン自身じゃなかったようだ。しかも、用があるやつは口論相手の草ですらないのになぜ止めたのか気になった。
「そいつは……チッ、にんげんかよ」
そこでようやくジョーカーの近くに立つさつきの存在にレオンが気付いた。さつきが人間であったと気づいたのだ。
「あら、今頃気づいたの?やっぱり節穴じゃない」
ローズはレオンが気に食わないのかレオンの言動に皮肉を返す。
「うるせぇ」
レオンにとって、さつきは最初から興味が無かった。いるのはわかっていたが、興味が無いやつよりも気に食わない奴を攻撃することを選んだ。しかし、さつきが人間であったと知ると目の色が変わった。そのことに気づいたジョーカーはさつきを引き寄せるように手を伸ばしながら言った。
「まあ、まあ、君はこっちに来た方がいいぜ?」
「え、ちょっと!」
ジョーカーに腕を引っ張られ、引きずられるようにジョーカーの後ろへ移動したさつきは抗議するように前にいるジョーカーに言った。ジョーカーの方を見ると、さつきが先ほど立っていた場所に手を振り下ろした格好で止まっているレオンがいた。振り下ろしている手も普通の人間の手だったはずなのに、今はまるで肉食獣の足の様に毛深く、鋭い爪がキランと光っていた。
「チッ邪魔すんなジョーカー」
レオンはギラギラと血走らせている瞳をさつきから話さずにジョーカーに向かって言った。
「何故?俺はこのにんげん君を君から守ってるだけ、だぜ?」
「それが邪魔なんだよ!!」
レオンはいらだちながらジョーカーへ言い放った。瞳はさつきから離さずに。
「なら聞こう。俺が何もしなかったらにんげん君に何する気だ?」
「決まってるぜ!そのにんげんを引き裂いてやる!!」
ぎらついた瞳に見つめられた時から動けないでいたさつきは言い切ったレオンの言葉を聞いて恐怖に揺れる瞳でレオンを見ていた。恐怖から体は震え、すぐに後ろに逃げられるように無意識に片方の足を後ろへ引きながらも瞳はレオンから離せなかった。
「俺はライオンだ!王者だ!王者だったんだ…!人間が壊さなければ…俺はずっと王者だったんだ!“古の”なんかつくことなく!だから、俺は絶対に人間を許さねぇ!俺の前に現れたやつは全員引き裂いてやる!今までも!これからもな!」
そう、彼はライオン。ヒトの姿をしているが、ライオンそのものなのだ。彼の特別は、古の王者。彼らライオンは、まだ人間が自然界を掌握していない頃は王者であった。しかし、人間たちが自然界を掌握したとたん王者から転落してしまった。彼らライオンは野性での個体数を減らし、人間たちが作る動物園で飼われることが多くなった。それでも、彼らは、百獣の王と呼ばれるほどの憧れを集めていた。だからこそ、彼らライオンの化身たるレオンは、“特別”となりこの山に入ることができたのだ。存在し続けることができたのだった。しかし、王座から一度転落したことから“古の王者”と言われる存在となっているのだ。
「恨みで頭回ってないんじゃないかしら?これだから「ローズ嬢、煽らないでいただきたい」
ローズの皮肉をこれ以上混沌となるのは面倒と感じたジョーカーが遮って止めた。
「あら、ごめんなさい?」
止められたローズは悪びれた様子もなく笑みを携えながら謝った。
「そ、そんなこと…し、知らないよ!!」
恐怖が耐えられなくなったさつきはレオンから逃げるように後ろへ走った。
「あっ!待て!!」
「ハイハイ、落ち着こうか、レオン陛下」
さつきを追いかけようとしたレオンは、ジョーカーに止められていた。言葉だけの制止ならレオンも気にせず追うのだが、ジョーカーは自身の体でレオンを制止した。ジョーカーに捕まっていてもジョーカーを引きずる勢いでさつきを追いかけようとレオンは動いていた。
「あら…どうするんですの?」
ローズはジョーカーをからかう様子でさつきが消えていった方を見ながら問いかけた。
「もちろん追いかけるさ。レオンをなだめてからね。」
「あら、なら見物いたしましょうか」
ローズは自身の“特別”を使い青薔薇の椅子を作り出してそこに座りながらジョーカーたちを見ていた。
「え~。ローズ嬢も手伝ってよ。」
ローズの“特別”を知るジョーカーは要請を出していた。拘束するのにローズの“特別”『奇跡の青薔薇を操る奇跡』はもってこいだったからだ。
「嫌よ。ジョーカーだけでどうぞ。」
確かに、ローズの“特別”は拘束には向いている。しかし、レオンの“特別”との相性が悪い。レオンの“特別”『古の王者ライオンの獣化』は植物をたやすく引き裂くのだ。
「はぁ~。俺、道化師なんだけど。」
「だからこそ、出来るでしょ?」
「はぁ~~。」
疲れた時のように溜息をつくジョーカーだったが、しっかりとレオンは捕まえたままローズと話していた。
レオンは、ローズとジョーカーが話している間もさつきの方向へと進もうとしていた。気に食わないと考えるローズの事なんか一つも考えず、ただ、にんげんのことを考えていた。




