四章
さあ、目をさつきのほうに向けてみよう。さつきは林を進んでいた。その林は不思議な林だった。木々が生い茂る中、所々に薔薇が咲いていたのだ。薔薇が自然の世界で咲くなんて聞いたことがなかった。しかし、さつきは、薔薇の事よりも気になることがあった。
「こっちであってるかな?結構歩いたのに誰とも会わないけど…」
そう言っている時、少し先に木が少なくなっているところがあることに気が付いた。そこまで行ってみたさつきは驚きすぎて固まってしまった。さつきが見たものは、別世界のように美しい光景だった。開けた場所の真ん中に岩がぽつんと一つあり、その岩の上に美しい女のヒトが座っていた。女性は、青いマーメードドレスのようなドレスを身にまとっていた。ドレスは上から下へいくほど青がどんどん濃くなるようなグラデーションで胸元に青い薔薇をつけていた。そして、所々に入っている金色の斑点は、まるで夜空の星々を表しているかのようだ。女性の頭には、青い宝石を真ん中に置いて両端に小さな青い薔薇がついているティアラをかぶっていた。女性も美しいが、その周りも神秘的だった。女性が座る岩の周りには、人工的にしか咲かないはずの青薔薇が絨毯の様に敷き詰められていた。そして、周りにある木々が、それぞれ枝を伸ばして屋根の様に日差しを暗くなりすぎない程度に遮っていた。木々の葉が天井となり青薔薇が床の様になっているこの場所は本当に美しく、さつきも思わず、「キレェ~…」とつぶやいていた。
その言葉は小さかったはずだが、女性には聞こえていたみたいで、
「……あら、ありがとう」
と微笑みながら言ってきた。
「あの、僕、工藤さつきと言います。あの、あなたは?」
きれいな女性に声をかけられたことなんてないさつきは、ドキマキしながら問いてみた。
「わたくし、ローズと言いますわ。」
ローズは上品に微笑みながら答えた。
「あの、え~と…その、ローズさん!き、綺麗ですね!」
美しいローズとどんな会話をしたらいいか迷っていたさつきは意を決して自身の感想を伝えた。
「あら…。」
直球な言葉にローズは、少し照れながら微笑んでいた。
「その、何って言うんだろ?とっても綺麗で、その、たんぽぽみたいです!」
さつきは、笑顔で爆弾を投げつけていた。
「た、蒲公英……?」
ローズは微笑んでいた顔を引きつらせて爆弾を投げてきたひとに聞いた。
「はい!蒲公英みたいな可憐さもあって、蒲公英みたいな気高さもある!」
さつきは、花の中で蒲公英が一番好きなのだった。だからこそ、蒲公英みたいというのは彼にとっては最上級の誉め言葉である。
「あの、わたくしを、このわたくしを雑草で例えましたの…??」
ローズは困惑しながら訪ねた。まさか、そんなはずはないと思いながら…
「雑草じゃないですよ!たとえ人に見向きされなくても上を向いて踏まれても折れない強さがあります!」
もう一度確認しよう。通常人間にとって蒲公英は雑草である。つまり蒲公英、雑草に例えられ、同列に語られたことは、侮辱されたと考えるのが普通の人間である。しかし、この男、工藤さつきにとっては、蒲公英に例えることは、最上級の誉め言葉なのだ。
しかし、そんなことを知る由もないローズは当然侮辱されたと考えたのだ。
「ぶ、無礼者!!!」
困惑から一転、顔を真っ赤にして怒りをあらわにするローズ。怒っているローズもまた美しい。しかし、急に怒られたと思ったさつきは、困惑しかわかなかったのは、思わず漏れた「え?」という言葉が表しているだろう。
「わたくしを何だと心得る!!わたくしは、『不可能』『奇跡』とうたわれたあの、青薔薇ですのよ!!!それを……それを、そこらへんに咲くような草に例えるなんて!!!!!」
そう、彼女は青薔薇。ヒトの姿をしているが、青薔薇そのものなのだ。彼女、ローズの特別は、自然界には存在しないはずの青い薔薇が存在している奇跡、青い薔薇に夢を見て現実に存在させようとした人間たちの不可能を可能とした奇跡。それらが合わさりローズは“特別”となり、この山に入ることができた。存在し続けることができているのだ。
ローズは、自身が青薔薇なのを誇りに思っている。だからこそ、ただの雑草に例えられたことが我慢ならない。
さつきは、怒られてからすぐに、恐怖を滲ませながら、
「す、すみません!」
と謝った。美しいヒトの怒った顔はとてつもなく恐ろしいという噂は本当だったようだ。
「…はあ、まあ、一度目なので許してあげますわよ。わたくし、あの野蛮なヒトと違って心が広いので。それに、わたくしがこの世に生まれたのは人間のおかげ。それは感謝してますの。…ただし、二度目はないわ。次に同じ事をしたら、殺すわよ」
言い切ったローズにさつきは恐怖を感じていた。さっきよりも空気が重く、息を吸い、立っていることだけで精一杯になっていた。ローズの周りにある青薔薇もローズの言葉にこたえるかのように棘を見せながら揺れていた。
「まあ、いいわ。それで、あなた何でここに来たの?帰る道もあったでしょ?」
最初の言葉で、重くなっていた空気は軽くなり、さつきも息を吐きだすことができた。揺れていた青薔薇も最初に見たように神秘的な輝きへと戻っていった。先ほどは、神秘的というより恐怖を感じる雰囲気が出ていた。
ローズが自分に聞いていることを思い出したさつきは、聞かれていることの答えを簡潔に言った。
「その~、ジャックさんに言われて。」
ローズはまだ何も言わずにさつきを見ている。その様子でまだ足りないと悟ったさつきは補足を入れた。
「自分の特別が見つかるって…」
「ハア~。あなた、それを信じましたの?いえ、ジャックを信じましたの?」
「は、はい。自分はガーディアンだと言われたので。」
呆れた様子のローズに言われたさつきは、自身がジャックを信じた理由を話した。
「ハア~」
「あの?」
呆れて言葉も出ないという風に黙り込んだローズに、なぜそんなにも呆れている風なのか気になったさつきが問いかけた。周りの青薔薇も心なしか少しだけ下を向いているような気がする。
「まあ、いいわ。あなたについて行ってあげる。面白そうだもの。」
そういうローズは、今までいた岩から離れさつきのそばへと来ていた。
「え?いいんですか?」
一人が心細くなってきたさつきにとっては嬉しい提案だった。しかし、ガーディアンたるジャックも一緒に来てくれなかったことからいいのかな、と不安になっていた。
「わたくしが行くって言っているのよ。さあ、行くわよ!」
さつきの腕に自身の腕を絡めてローズは言い放った。
「は、はい!」
ローズの勢いに押されながら、転ばないように足を動かしながら返事をした。




