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【完結・連載版】亡き姉が残した「生後8ヶ月」の娘を引き取った俺と家族になってくれませんか?  作者: 文月ナオ


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8

 

『分かりました! 気にしないでください! 明日は私、少し都合が悪いので、また後日で!』


 小日向さんから届いたLINEを見て、俺はため息をついた。


(……明日は会えないのか)


 残念だ。


 こんなことなら、今日会えますって言うべきだった。


 玲奈がいたら小日向さんが落ち着かないと思って断ったけど……。


 こっちから、小日向さんの家で会いたいですなんて言うのも変だし。


 かと言って家に呼べば、玲奈(こいつ)がいるし。


 小日向さんの顔を見ないと、なんだか一日が終わった気がしないというか、調子が出ないというか。


 会いたかったなぁ。


 俺がスマホ画面を見つめてため息をついている横で、パシャパシャとシャッター音が鳴り響いている。


「やばい! 可愛い! 今のあくび見た!? 天使じゃん!!」


 玲奈がスマホを構え、ベビーベッドの中の陽菜を連写していた。

 さっきまでの涙はどこへやら、完全に「叔母バカ」モードに突入している。


「……お前、切り替え早いな」


「だって! こんなに可愛いんだよ!? お姉ちゃんの小さい頃にも似てるけど、目がパッチリしてるところは義兄さん似かなぁ。はー、尊っ」


「まあ、元気になってなによりだ」


 俺は苦笑しながら、小日向さんに返信を打った。


『分かりました。俺はいつでも空けておくので、いつでも言ってください! おやすみなさい』


 送信ボタンを押す。

 既読はすぐについたが、返信はない。


 忙しいのかな。それとも、疲れて寝てしまったのかもしれない。


「……ふぅ」


 俺はキッチンでコーヒーを淹れ、ソファに腰を下ろした。


「お前、コーヒーいる?」


「甘い?」


「苦い」


「じゃあいらない」


「はいはい。相変わらずお子ちゃまだな」


 玲奈も撮影会をひとまず終えたのか、俺の向かいに座る。


「……ねえ、お兄ちゃんさー」


 玲奈がジトッとした目で俺を見てきた。


「ん?」


「彼女できた?」


「ぶっ!」


 俺は思わず、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。


「ちょっ! きたなっ!」


「お、お前何言い出すんだ! いきなり!」


 俺はティッシュで口元を拭いながら抗議した。


「いや、だってさ。お兄ちゃん、あんな可愛いお皿使わないでしょ」


 玲奈が指差したのは、キッチンの水切りカゴに置かれた一枚の深皿だ。

 パステルカラーの、花柄があしらわれた可愛らしいデザイン。

 俺の趣味であるモノトーンの食器たちの中で、そこだけメルヘンに異彩を放っている。


「そ、それは……」


 昨日、「肉じゃがを作りすぎたから」と小日向さんがおすそ分けに持ってきてくれた時のお皿だ。

 洗って返そうと思っていたのを忘れていた。


「……なーんか、この部屋、女の影を感じるんだよね。洗面所にも、なんかいい匂いのするハンドソープあったし」


「……べ、別にお前に関係ないだろ」


「ふーん? そう返すってことは、いるんだ。彼女」


 玲奈がニヤニヤしながら身を乗り出してくる。


「か、彼女は……いない」


「……彼女『は』?」


「お前、なんなんだよ! 詮索しすぎだろ!」


「どんな人?」


「……」


「さっきからLINEポチポチしてる人?」


「お前……エスパーなのか?」


 図星を突かれて、俺は言葉に詰まった。

 玲奈は「やっぱりね」と鼻を鳴らし、ニヤニヤしながら面白そうに頬杖をつく。


「気になるだけよ。あのお兄ちゃんが、仕事以外の誰かと連絡取ってるなんて珍しいし。……で、どんな人なの?」


 どんな人、か。

 俺は少し考えてから、正直に答えた。


「……優しい人だ。陽菜のことを本当によく可愛がってくれて、育児のことも教えてくれて……陽菜の恩人でもある」


「……恩人?」


 俺は、小日向さんとのこれまでの経緯を玲奈に説明した。

 俺が育児に失敗して追い詰められていたこと。

 閉め出された夜に助けてくれたこと。

 それからずっと、俺と陽菜を支えてくれていること。


 話し終えると、玲奈はポカンと口を開けていた。


「……マジで言ってんの? お兄ちゃん、それ」


「……? なにがだよ」


 玲奈は天を仰ぎ、深い深いため息をついた。


「い……いやいやいや……信じらんない」


「はぁ?」


「……嘘でしょ……2人ともがこんなに鈍感なことってあるんだ……」


「お前こそ何言ってるんだよ。小日向さんは親切な隣人だよ。俺みたいな子持ちのおっさんにも優しくしてくれてさ」


「はー……。あのねぇ、お兄ちゃん。世の中の『ただの隣人』は、肉じゃがのおすそ分けなんてしないし、毎晩LINEもしないのよ。頻繁に会ったりもしない」


「それは、彼女が子供好きで、陽菜のことを気に入ってくれてるからだろ!」


「……ダメだこりゃ」


 玲奈は大袈裟に肩をすくめた。

 何がダメなのかさっぱり分からない。

 俺は事実を述べただけだ。


「……ま、いいや。陽菜ちゃんのこと大切にしてくれる人なら」


「ああ。すごく可愛がってくれてる。自分の子供みたいに」


「はいはい。ごちそうさま」


 玲奈は呆れたように手を振った。


「とにかく、私はしばらくここにいさせてもらうからね。家事も育児も手伝うし、その『小日向さん』への恩返しも、私が手伝ってあげよっか?」


「恩返し?」


「そ。恋愛偏差値ヤンキー高のお兄ちゃんの代わりに、私がいろいろ見定めてあげるってこと」


 玲奈は不敵な笑みを浮かべた。


 嫌な予感がする。こいつがこういう顔をする時は、ろくなことを企んでいない時だ。


「なにもしなくていい。小日向さんとのことはほっといてくれ」


「はいはい」


 玲奈の表情が、ふと真面目なものに戻った。

 彼女は、眠る陽菜の方を優しく見つめた。


「……お兄ちゃんが一人で頑張ろうとしてたのも、限界だったのも……私がそばにいなかったからだよね。ごめんね。家族なのに」


「気にするな。お前は自分の体調を治すのが先決だったんだから。それに、お前は学生だろ。お前がそもそもまだ子供だろうが」


「うん。……でも、その小日向さんには、本当にお礼言わなきゃね。私にとっても、恩人だわ。姪っ子を助けてくれたんだから」


 そう言って微笑む妹を見て、俺は少し安心した。

 なんだかんだ言っても、こいつは家族思いのいいやつなのだ。


「ま、お前が変なこと言わないって約束するなら、今度紹介するよ」


「うん、楽しみにしてる」

 

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