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【完結・連載版】亡き姉が残した「生後8ヶ月」の娘を引き取った俺と家族になってくれませんか?  作者: 文月ナオ


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29/30

最終話

 

 それから、2年の月日が流れた。


 季節は春。桜が舞い散る、うららかな日曜日。


「パパ、はやくー! ママがおいてっちゃうよー!」


 元気な声が、公園に響き渡る。

 もうすぐ4歳の陽菜は、お気に入りのピンクの靴を履いて、芝生の上を駆け回っていた。

 転びそうになっても、すぐに体勢を立て直して走り出す。

 その背中は、以前よりもずっと逞しく、そして大きくなっていた。


「待ってくれ陽菜。パパは……もう……息が……!」


 俺は膝に手をついて苦笑した。かつての「仕事人間」の面影は消え去り、すっかり「休日のパパ」の顔になっていた。


 職場には復帰した。

 ただし、かつてのような「24時間戦う企業戦士」としてではない。

 定時退社を厳守し、リモートワークを駆使して、家族との時間を最優先にする働き方を選んだ。

 最初は周囲も戸惑っていたが、限られた時間で以前以上の成果を出す俺の姿を見て、今では「新しいリーダー像」として受け入れられている。


「ふふ、優真。運動不足じゃない?」


 レジャーシートの上で、詩が笑っていた。

 手には手作りのお弁当。

 彼女もまた、保育士の仕事を続けながら、家庭を守ってくれている。


「詩が美味しいものを作りすぎるからだよ。……幸せ太りってやつかな」


「人のせいにしないでくれる?」


 詩は悪戯っぽく笑い、俺にタオルを渡してくれた。

 結婚して2年。

 俺たちは喧嘩もするし、育児のことで悩むこともある。

 でも、全部乗り越えてきた。

 今の俺たちには、言葉にしなくても通じ合う阿吽の呼吸があった。


「パパ、ママ! みてー! お花! 可愛いよ!」


 陽菜がシロツメクサを摘んで戻ってきた。


「わあ、綺麗だねぇ。誰にあげるの?」


「えっとねー、ママに!」


「ありがとう。ママ、キュンキュンしちゃう」


 詩が陽菜の頭を撫でる。

 陽菜は嬉しそうに目を細めた後、俺の方を見てニカっと笑った。


「パパにはね、だんごむし!」


「えっ」


 陽菜が握りしめた小さな手を開くと、そこには丸まったダンゴムシが鎮座していた。


「うわっ! ……あ、ありがとうな。パパ、嬉しいぞ……」


「優真、顔が引きつってるよ」


 三人で笑い合う。

 こんな何気ない瞬間が、俺にとっては何よりも代えがたい宝物だ。




 ◇◆◇




 お弁当を食べた後、俺たちはバスに乗って霊園へ向かった。


 墓石の前で手を合わせる。

 春の風が、供えた花を揺らしている。


「姉ちゃん、義兄さん。……久しぶり」


 俺は心の中で語りかけた。


 陽菜は大きくなりました。

 来年からは幼稚園です。

 お喋りが大好きで、ご飯もたくさん食べて、風邪も引かずに元気に育っています。


 俺と詩は、夫婦として仲良くやっています。

 あの日、誰も引き取り手がなくて途方に暮れていた陽菜を、俺が引き取ると決めた時。

 周りはみんな反対したし、俺自身も不安で押しつぶされそうだった。


 でも、今は胸を張って言える。

 俺は、世界一幸せな父親だと。


 あの時、陽菜のことを諦めなくてよかったと。


「……パパ、ママ」


 陽菜が、墓石に向かって小さな手を合わせた。

 俺たちは陽菜に、実のパパとママのことを隠していない。

 お空の上で、いつも陽菜のことを見守ってくれているんだよ、と教えている。


「ひなね、げんきだよ。パパとママも、げんきでね」


 その言葉に、詩が涙ぐみながら微笑んだ。


「……お義姉さん。陽菜は、本当にいい子に育っています。私たちが、責任を持って、たくさんの愛で包んでいきますから。……安心してくださいね」


 空を見上げると、一筋の飛行機雲が伸びていた。

 まるで、姉ちゃんたちが笑ってくれているような気がした。




 ◇◆◇




 帰り道。

 遊び疲れた陽菜は、俺の背中でぐっすりと眠っていた。

 おんぶの重みが、心地いい。


 俺と詩は、並木道をゆっくりと歩いた。


「……優真」


「ん?」


「私、毎日びっくりするんだ」


「何に?」


「自分が、毎日こんなに幸せなこと!」


 詩が、俺の腕にギュッとしがみついてきた。


「……優真と陽菜と家族になれて、本当によかった」


「俺もだよ。……詩がいなかったら、今の俺はない。きっと……あの閉め出された夜に、ダメになってた」


 育児は非効率の塊だ。

 泣き止まない夜、散らかる部屋、思い通りにいかない毎日。

 でも、その非効率な時間の中にこそ、本当の幸せがあることを知った。


 陽菜が初めて笑った日。

 初めて立った日。

「パパ」と呼んでくれた日。

 その一瞬一瞬が、どんな成功体験よりも俺の心を震わせた。


 俺は今、愛おしい非効率な日々を生きている。


「あ、あのね、優真」


 詩が立ち止まった。

 少し頬を赤らめ、上目遣いで俺を見ている。


「……ん? どうした?」


「……家族、増えるかもしれません」


 時が止まった。

 風の音も、街の喧騒も、すべてが遠のいていく。


「……え?」


「……ていうか、増えます」


「……3ヶ月、だそうです」


 詩が、自分のお腹にそっと手を当てた。


 俺は、言葉が出なかった。

 驚きと、歓喜と、そして感謝の波が、一気に押し寄せてくる。


「……ほ、本当に!?」


「はい」


「俺たちの、子供……?」


「うん。……陽菜、お姉ちゃんになるんだよ」


 背中で眠る陽菜の重みと、詩のお腹に宿る新しい命の予感。

 俺の両手は今、世界中の幸せで溢れかえっている。


「……ありがとう。詩、ありがとう……!」


 俺は、背中の陽菜を起こさないように気をつけながら、詩を片手で強く抱き寄せた。

 涙が滲んで、視界がぼやける。


「嬉しい。……俺、もっと頑張るよ。世界一のパパになってみせる」


「ふふ、もうなってるじゃん。……私も、頑張るね」


 俺たちは額を合わせ、笑い合った。


 かつて、「施設にやるしかない」と見捨てられかけた小さな命。

 それを守ろうと足掻いた不器用な男と、手を差し伸べた勇敢な女性。

 そんな俺たちが紡いだ絆は、こんなにも大きく、温かい花を咲かせた。


「……んぅ……パパ……?」


 背中で陽菜が目を覚ました。


「お、起きたか陽菜。……いいニュースがあるぞ」


「にゅーす?」


 陽菜が目をこする。


「陽菜、お姉ちゃんになるんだぞ!」


「おねーちゃん?」


 陽菜はキョトンとして、それからパッと顔を輝かせた。


「やったー! ひな、おねーちゃん!?」


 夕焼けに染まる空の下、三人の――いや、四人の笑い声が響き渡る。


 俺たちの物語は、ここで一旦幕を閉じる。


 けれど、佐伯家の賑やかで愛おしい毎日は、これからもずっと続いていく。


「ひながなまえつけてもいい!?」


「「えっ?」」


「たとえば、なに?」


「おとこのこだったら、どらごん! おんなのこだったら、ぷりんせす!」


 俺と詩は思わず顔を見合わせた。


「ぜったい! それがいい!」


「ちょっと、優真、陽菜止めてよ」


「いや……ちょっと俺には荷が重い……」


「やくそくね!」


「や、約束、守れなかったらどうなるのかな?」


「ひな、ずっとおこるよ」


「ずっとってどのくらい?」


「おとなになっても!」


 ……佐伯家は、前途多難かも。


 そして、『陽菜幸せ計画』はまだまだ続きそう。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!


元々脱稿済み作品だった事もあり、結局、投稿初日で完結まで投稿してしまいました。


連載とは?という感じですが……。


全話脱稿済みという、すぐに提供できる状態なのにポイントのためにチマチマ出し惜しみしても仕方ないなと思い、このようなスピード完結という形になりました。

(ブクマして下さった皆様、通知がうるさかったことと思います。申し訳ございません)


とはいえ、ブクマ、リアクション、星評価を入れてくださった皆様、本当にありがとうございました。

たった数時間なのに、評価を入れていただいて、本当に感謝の気持ちしかありません。

その星一つで、明日を生きられます!


今後も、作品にこの情熱を向けて、少しでも良いものを書いていこうと思います。


ちなみに、本来全30話でしたが、調整をし、1話分節約いたしました。(内容は変わりません。1話ずつの密度を上げた感じです)


実は、後日談的な感じで、大人になった陽菜が主人公の短編も脱稿済みです。


こちらは、いつ公開するかは未定なのですが、そのうちどこかのタイミングでは公開いたします。


その際にまた、皆様と巡りえたら、と思います。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


お疲れ様でした。

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