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【完結・連載版】亡き姉が残した「生後8ヶ月」の娘を引き取った俺と家族になってくれませんか?  作者: 文月ナオ


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 プロポーズから数日後。

 俺と詩さんは、改めて詩さんのお父様に挨拶へ行こうということになった。


 以前、病院で会った時は緊急事態だったし、何より正式な婚約報告をしなければ筋が通らない。

 兄の高貴さんに連絡を取り、面会の日程を調整しようとしたのだが……。


『父さんが、「わざわざ来るには及ばん。顔を見るだけで血圧が上がる」と言っていてね』


 高貴さんは電話口で申し訳なさそうに言った。


『その代わり、テレビ電話なら繋いでやってもいい、とのことだ。……まあ、照れ隠しだろうが』


 ということで、俺たちは今、リビングのソファに並んで座り、タブレットの画面を見つめていた。


「……緊張してきた……」


 詩さんが、膝の上で手をきつく握りしめている。

 左手の薬指には、俺が贈った婚約指輪が光っている。


「大丈夫だよ。俺がついてる、お父さんがキレだしたら、切っちゃおう」


「ぷっ。それ名案」


 俺は彼女の手をそっと握り、もう片方の手で陽菜を膝に乗せた。

 陽菜は状況が分かっていないのか、タブレットの画面に興味津々だ。


「よし、繋ぐぞ」


 通話ボタンを押す。

 数回の呼び出し音の後、画面が切り替わった。


 映し出されたのは、病院の個室。

 ベッドに上体を起こして座るお父さんの姿があった。

 顔色は以前よりだいぶ良さそうだが、その眉間の皺と鋭い眼光は健在だ。

 傍らには、苦笑いを浮かべた高貴さんが立っている。


『……ふん。時間通りだな』


 開口一番、お父さんはぶっきらぼうに言った。


「ご無沙汰しております、お父様。体調はいかがですか?」


 詩さんが恐る恐る声をかける。


『誰がお父様だ。私はまだ認めた覚えはないぞ』


 相変わらずの憎まれ口だ。

 だが、以前のような刺すような冷たさは感じられない。

 どこか、意地を張っているだけのように見える。


「本日は、改めてご報告があって連絡させていただきました」


 俺は背筋を伸ばし、画面越しに頭を下げた。


「先日、詩さんにプロポーズをしました。……結婚します」


 画面の向こうで、お父さんの眉がピクリと動いた。


「そして、陽菜とも正式に養子縁組の手続きを進める予定です。俺たちは、三人で本当の家族になります」


『……ほう』


 お父さんは鼻を鳴らした。


『勢いだけで突っ走ったか。……まあいい。苦労するのは目に見えているがな』


「覚悟の上です」


『覚悟か、何度聞けば済むかな。……詩。お前も、それでいいんだな? 泥船に乗る覚悟はできたのか?』


 矛先を向けられた詩さんは、一瞬怯んだように見えたが、すぐに顔を上げ、きっぱりと言った。


「はい。……泥船なんかじゃありません。ここは、世界一温かくて、幸せな場所です。私は、優真さんと陽菜ちゃんと生きていきます」


 その目には、もう迷いはなかった。

 お父さんはしばらく娘の顔をじっと見つめていたが、やがてふいっと視線を逸らした。


『……勝手にしろ。どうせ私の言うことなど聞かんのだろう』


 それが、彼なりの精一杯の「許し」なのだろう。

 素直じゃない。

 でも、それがこの親子の距離感なのかもしれない。


 重苦しい沈黙が流れた。

 用件は済んだ。これ以上話すこともないのかもしれない。

 俺が通話を切ろうと手を伸ばしかけた、その時だった。


「……じ、じ!」


 俺の膝の上で大人しくしていた陽菜が、突然画面を指差して声を上げた。

 画面に映るお父さんを見て、何かを思い出したらしい。


「じーじ!」


 無邪気な声が、スピーカーを通して病室に響く。


 その瞬間。

 お父さんの鉄仮面のような表情が、音を立てて崩壊した。


『……っ!』


 眉間の皺が消え去り、口元がだらしなく緩む。

 目は驚くほど見開かれ、画面に釘付けになっている。


『い、今……また、じいじと、言ったのか……?』


 震える声。

 さっきまでの威厳はどこへやら、完全に孫に骨抜きにされた好々爺の顔だ。


「ええ、まあ……お父様の顔を見て、思い出したみたいで」


 俺が苦笑いしながら答えると、お父さんは身を乗り出した。


『おい! カメラのアングルが悪いぞ! お前らはいいから陽菜ちゃんを映せ! もっと近くで!』


「えっ、あ、はい」


 俺は言われるがまま、タブレットを陽菜の顔に近づけた。

 画面いっぱいに陽菜の笑顔が映る。


「じーじ! キャハッ!」


 陽菜が画面をペチペチと叩く。


『おお……おおお……! 笑った! 私を見て笑ったぞ! 高貴、見たか!?』


『え、ええ……見てますよ父さん。血圧上がるから落ち着いて』


 後ろの高貴さんが若干引き気味に呆れたように諌めるが、お父さんは聞く耳を持たない。


『陽菜ちゃん、じいじだぞ〜。分かるか〜? 今度退院したら、一番高いおもちゃを買ってやるからな〜』


 画面の向こうで、財界の大物が赤ちゃん言葉を使っている。

 これがあの小日向厳かと思うと、笑いをこらえるのに必死だ。

 隣の詩さんも、口元を押さえてプルプルと震えている。


「……ふふっ、お父様、デレデレ」


『うるさい! デレデレなどしていない! ……コホン。これは、将来の教育のための投資だ』


 お父さんは慌てて咳払いをし、威厳を取り戻そうとするが、もう手遅れだ。

 その目は、画面の中の陽菜から離れようとしない。


『……まあ、なんだ』


 ひとしきり陽菜を愛でた後、お父さんは少しだけ真面目な顔に戻って言った。


『……結婚式くらいは、呼べ。……陽菜ちゃんの晴れ姿も見たいしな』


 それは、彼が俺たちを「家族」として認めてくれた、何よりの証拠だった。


「はい。必ず、招待状を送ります」


 俺が答えると、お父さんは「ふん」と鼻を鳴らし、でも少しだけ口角を上げて、通話を切った。


 プツン。


 画面が暗転する。

 リビングには、温かい余韻が残っていた。


「……よかったね、詩さん」


「はい。……お父様、あんな顔するなんて、初めて見た」


 詩さんは嬉しそうに涙を拭った。


「陽菜ちゃんのおかげだね。ありがとう、最強のキューピッドさん」


「まんまー!」


 陽菜は訳も分からず、元気よく返事をした。


 ――さて。

 一番の難関(だと思っていた)お父さんへの報告は終わった。

 母さんには報告済みだし、あとは、もう一人。

 俺たちのことを一番に応援してくれた、あの嵐のような恩人にも報告しなくてはならない。


「よし、次はアメリカに繋ぐか」


「起きてるかな?」


「時差があるからな……向こうは今、朝の8時くらいか。まあ、あいつなら起きてるだろ」


 俺は連絡先リストから『玲奈』を選び、ビデオ通話を発信した。

 数コールの後、画面がパッと明るくなった。


『あ、お兄ちゃん! 詩さん! やっほー!』


 画面の向こうには、窓から差し込む朝日をバックに、トーストを齧りながら手を振る玲奈がいた。

 背景には、アメリカらしい広い部屋が見える。


「おはよう、玲奈。元気そうだな」


『うん、超元気! ……で? わざわざ二人揃って電話してくるってことは、ついに?』


 玲奈がニヤニヤしながら身を乗り出してくる。

 俺は詩さんと顔を見合わせ、頷いた。


「ああ。……プロポーズ、成功したよ。結婚することになった」


 俺が報告すると、玲奈はトーストを放り出して歓声を上げた。


『やったーーー!! おめでとう!! やっとかよ! 遅いよお兄ちゃん!』


「うるさいな。これでも最速で頑張ったんだよ」


『嘘つけ。私が背中蹴飛ばさなかったら、まだウジウジ悩んでたでしょー?』


 玲奈の軽口に、俺たちは笑った。

 否定できないのが悔しいところだ。


『詩さん! いや、もうお義姉さんか! 本当におめでとうございます!』


「ありがとう、玲奈ちゃん」


 詩さんが画面に向かって、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「玲奈ちゃんのおかげだよ。玲奈ちゃんが背中を押してくれなかったら、私、逃げ出してたかもしれないから」


『えへへ、いいってことよ。……あ、そうだ』


 玲奈が何かを思い出したように、少し真面目な顔になった。


『詩さん。……あの時の約束、覚えてます?』


「約束?」


 詩さんが小首をかしげる。


『私が帰る時、お願いしたこと。……本当の家族に……って』


 ああ、と詩さんが声を上げた。

 旅立ちの朝、玲奈が泣きながら頼んだこと。

 亡き姉が呼んでいた愛称で、呼んでほしいと。


 詩さんは、少し照れくさそうに、でも愛しさを込めて画面の向こうの妹を呼んだ。


「……もちろん、覚えてるよ。……レイ」


 レイ。

 その響きを聞いた瞬間、玲奈の顔がくしゃりと歪んだ。

 画面越しでも、泣きそうになっているのが分かった。


『……うん。……ありがとう、お姉ちゃん』


「……いつでも待ってるから、またすぐに、会いにきてね! ご飯いっぱい食べるんだよ? 野菜も食べて、夜更かしし過ぎないでね!」


『うん! 子供じゃないんだから分かってるよー! 結婚式には絶対帰るからね! それと、ブーケトス、私がキャッチする予定だから狙ってよね! そこだけはよろしく!』


「お前もマサくんとうまくやれよ」


『な、なんでマサのこと知ってんの!? お母さん!? お母さんでしょ!! あのお喋り!』


「照れんなよ」


『照れてねーし!』


 玲奈が少し顔を赤らめる。

 どうやら向こうも順調なようだ。


「だー! ねえ!」


 陽菜がタブレットをペチペチと叩いている。


『あっ! 陽菜ちゃん! ねえって、ねーね!? 今、ねーねって言ったよね!? 二人とも聞いた!?』


 こいつ、お父さんと同じ思考回路だ……。


「あー聞いた聞いた」


『感動〜!! もー! 今すぐちゅっちゅしたい! 陽菜ちゃんにちゅっちゅ!』


「ま、とにかくそういうことだから、マサくんによろしくな!」


『イジんな!』


「ふふっ。元気にやってね、風邪ひかないように」


『うん! ありがとう! 陽菜ちゃんも、またねー!』


 玲奈が手を振り、通話が切れた。


 静かになった部屋で、俺と詩さんはしばらく余韻に浸っていた。

 色々なことがあったけれど、全てが繋がって、今ここにある。


「……本当に、いい子だね」


「ああ。……自慢の妹だよ」


 俺は詩さんの肩を抱き寄せた。

 彼女も俺の肩に頭を預ける。


 やるべきことはあと一つだけ。


 それが終われば、あとは、俺たちで歩いていくだけだ。

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