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【完結・連載版】亡き姉が残した「生後8ヶ月」の娘を引き取った俺と家族になってくれませんか?  作者: 文月ナオ


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 プロポーズの場所は、正直全く迷わなかった。


 そこしかないと思った。


 俺たちに特別な場所なんていらない。

 俺たちが一番長く過ごし、一番多く笑い合い、そしてこれからも生きていく場所。

 この「家」こそが、誓いを立てるのに最も相応しい。


 マンションのエレベーターに乗り込み、21階のボタンを押す。

 数字が上がるにつれて、心臓の鼓動も高まっていく。


 ピンポーン。


 カードキーがあるのに、俺はわざとインターホンを鳴らした。

 彼女の声が聞きたかったからだ。


『はーい! どちらさ……あ、優真さん!』


 モニター越しに、詩さんの弾んだ声が聞こえる。

 それだけで、仕事の疲れなど一瞬で吹き飛んでしまった。


 ガチャリとドアが開く。


「おかえりなさい、優真さん!」


 エプロン姿の詩さんが、満面の笑みで迎えてくれた。

 後ろからは、トテトテと頼りない足取りで陽菜が近寄ってくる。


「まんまー! だっこ!」


「ただいま。二人とも、いい子にしてたか?」


 俺は靴を脱ぐのももどかしく、二人をまとめて抱きしめた。

 詩さんの柔らかい体温と、陽菜のミルクの匂い。

 これが、俺の帰る場所だ。

 世界で一番、愛おしい場所だ。


「……ふふ、どうしたんですか? 今日は甘えん坊ですね」


 詩さんが俺の背中に手を回し、くすくすと笑う。


「……いつも甘えてるよ」


「はいはい。じゃあ、ご飯温め直すので、ちょっと待っててくださいね」


 彼女は優しく俺の頭を撫でてから、キッチンへと向かった。

 その背中を見送りながら、俺は改めて決意を固めた。


 この幸せを、一生守り抜く。

 そのための言葉を、今夜、伝えるんだ。




 ◇◆◇




 夕食は、詩さん特製の唐揚げだった。

 サクサクの衣と、ジューシーな肉汁。俺が世界一好きな味だ。


「ん、美味い。やっぱり詩さんの唐揚げは最高だ」


「もう、お世辞が上手なんだから。……あ、こっちの味付け、少し変えてみたんです。どうですか?」


「どれどれ……」


 俺が箸を伸ばそうとすると、詩さんが自分の箸で唐揚げを摘み、俺の口元に差し出した。


「はい、あーん」


 自然な動作だった。

 俺は一瞬固まったが、すぐに口を開けてそれを受け入れた。


「……ん! こっちも美味い。生姜が効いててさっぱりしてる」


「よかった! じゃあ、今度からこっちもローテーションに入れちゃおう」


 彼女は嬉しそうに笑い、自分もパクっと唐揚げを食べる。

 間接キスだとか、そんなことを意識する時期はとっくに過ぎているはずなのに、彼女の唇が箸に触れるのを見て、俺はまたドキリとしてしまった。


 陽菜も、手づかみ食べ用の小さな唐揚げを一生懸命頬張っている。

 口の周りを油だらけにして、「おいちー!」と叫ぶその姿は、平和そのものだ。


「……幸せだな」


 俺はポツリと呟いた。


「はい。……とっても」


 詩さんも、穏やかな瞳で俺を見つめ返してくれた。

 言葉にしなくても、通じ合っている感覚。

 でも、だからこそ、ちゃんと言葉にしなきゃいけない。




 ◇◆◇




 陽菜をお風呂に入れ、寝かしつけた後のこと。

 リビングの照明を少し落とし、俺たちはソファで並んで座っていた。


 テレビからは、静かな映画の音が流れている。

 俺の肩に、詩さんが頭を預けてくる。

 俺は自然と彼女の肩を抱き寄せ、そのさらさらとした髪を指で梳いた。


「……優真さん」


「ん?」


「なんだか今日、ドキドキしてる音がします」


 彼女が俺の胸に耳を当てて、クスクスと笑った。


「心臓、早いです」


「……バレたか」


「ふふ、何か隠し事?」


 彼女が上目遣いで俺を見上げる。

 その瞳は、すべてを見透かしているようで、でもどこか期待に潤んでいるようにも見えた。


 俺は観念して、テレビを消した。

 部屋が静寂に包まれる。

 聞こえるのは、俺たちの呼吸音だけ。


「……詩さん。少し、話があります」


「はい」


 彼女は居住まいを正そうとしたが、俺はそれを制して、そのまま彼女の手を握った。

 小さくて、温かくて、働き者の手。


「俺たちがここで暮らし始めて、もうすぐ半年になる」


「そうですね。……あっという間でした」


「最初は、陽菜のために必死だった。でも、いつの間にか……この場所が、俺にとってもかけがえのない居場所になっていた」


 俺は言葉を選びながら、ゆっくりと話した。


「あなたがいてくれるだけで、家の中が明るくなる。

 あなたが笑ってくれるだけで、どんな疲れも吹き飛ぶ。……俺は、あなたなしの人生なんて、もう考えられない。あなたがいない人生なんて、俺の人生じゃない」


 詩さんの瞳が揺れた。

 握り返す手に、力がこもる。


 俺はポケットから、白い小箱を取り出した。

 彼女が息を飲む。


「詩さん」


 俺は箱を開けた。

 シンプルな一粒ダイヤの指輪が、ダウンライトの光を受けて静かに輝く。


「……俺と、結婚してください」


 飾り気のない、ストレートな言葉。

 でも、それが一番、俺の偽らざる本音だった。


「そして、陽菜の母親になってほしい。……俺たち三人で、本当の家族になりたいんです」


 詩さんの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 彼女は両手で口元を覆い、何度も、何度も頷いた。


「……っ……!」


 声にならない、震える声が、俺の胸を震わせる。


「私で、いいんですか……? 家もなくて、取り柄もない、私で……」


「あなたじゃなきゃ、ダメみたいなんです、俺。……あなたに夢中だから」


 俺は彼女の涙を親指で拭い、指輪を彼女の左手薬指に通した。

 サイズはぴったりだった。

 まるで、最初から彼女のために存在していたかのように。


「……綺麗」


 彼女は指輪を見つめ、また泣き笑いのような表情になった。


「ありがとう、優真さん。……私、本当に、世界で一番幸せです」


「俺もです。……幸せにしてくれてありがとう、詩さん」


 俺は彼女を引き寄せ、口づけを落とした。

 長く、深い口づけ。

 これまでの感謝と、これからの誓いを込めて。


 唇が離れた後も、俺たちはしばらく抱き合っていた。

 体温が溶け合うような感覚。

 この腕の中にある温もりこそが、俺が守り抜くべき世界の全てだ。


「……まん、ま」


 ふいに、寝室の方から陽菜の寝言が聞こえた。

 俺たちは顔を見合わせ、吹き出した。


 いつかの再現みたいだ。


「あはは、また!? 恋人になる時もこうでしたよね!」


「ふふ、今度はきっとお祝いしてくれてるんですよ。『パパ、ママ、おめでとう』って」


 ママ。

 その響きが、こんなにも心地よく響くなんて。


 俺たちは立ち上がり、寝室の陽菜を見に行った。

 スヤスヤと眠る天使の寝顔。

 その枕元で、俺たちは指切りをした。


 そして、またキスをした。

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