17
俺たちはひとまず部屋に戻り、玲奈に事情を説明した。
そして、開口一番。
「よくやった! いやー! 見直したわお兄ちゃん!」
バシン、と背中を叩かれる。
結構痛い。
「へっ?」
「えっ? なによ、その間抜けな顔」
「いや……てっきり、『何勝手なことしてんのよ』って怒鳴られるかと」
俺が恐る恐る言うと、玲奈はケラケラと笑い飛ばした。
「あーないない。私がその場にいたら、そのステッキへし折って、車の窓ガラスにぶっ刺してるからね」
「……ギャングかよ……」
妹の過激な発言に、俺は苦笑するしかなかった。
でも、その明るさに救われた気がする。
さっきまでの重苦しい空気が、一気に霧散していくようだ。
「ねぇ、小日向さん」
玲奈が、俺の後ろで縮こまっている小日向さんに声をかけた。
「は、はい……」
「ようこそ! 佐伯家へ! 大歓迎だよ!」
玲奈は両手を広げて、小日向さんに抱きついた。
「……玲奈ちゃん……」
小日向さんの目から、また涙がこぼれそうになる。
「お前の家じゃないぞ。……というか、そろそろ出ていったらどうだ?」
俺が茶々を入れると、玲奈はパッと離れて俺を睨んだ。
「私のことは追い出すの!?」
「そ、それはその……部屋も手狭になるし……」
「……んー?」
玲奈は目を細め、俺と小日向さんを交互にジロジロと見た。
探偵のような目つきだ。
「……よし、やっぱり私がいなきゃダメだな。なんか不純な波動を感じた」
「なっ……!」
俺は思わず声を上げた。
小日向さんも顔を真っ赤にして俯いている。
「ま、まあまあふたりとも……」
小日向さんがオロオロと仲裁に入ろうとするが、玲奈の勢いは止まらない。
「だー! とにかく、私はまだここにいるからね! 監視役兼、陽菜ちゃんのお世話係として! それに、むしろいた方がそっちも都合良いんじゃない? 陽菜ちゃんを預けてデートに行けるんだからさ!」
玲奈は高らかに宣言した。
まあ、正直なところ、引っ越しの手伝いや陽菜の世話を考えると、いてくれた方が助かるのは事実だ。
「……分かったよ。でもとりあえず、玲奈にも小日向さんの引越し手伝ってもらうからな」
「こんな近距離で引越しするとこ見るの初めてだわ」
「私もです……」
「俺もだけどな」
隣の部屋への引っ越し。
距離にして数メートル。
世界一短い引っ越しだ。
「あ、私とりあえず荷物まとめてきます! 明日にはライフライン止まっちゃうかもしれないし、時間もないので!」
小日向さんが慌てた様子で立ち上がった。
「俺も行きますよ」
「いえ! し、下着とか……その、見られたくないものもあるので! とりあえず自分の身の回りのものだけまとめてきます!」
「あっ……はい」
彼女は顔を赤らめて、逃げるように玄関へと走っていった。
パタン、とドアが閉まる。
部屋には、俺と玲奈、そして眠っている陽菜だけが残された。
静寂が戻る。
玲奈が、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んできた。
「で? なんて告った?」
「……え?」
「プロポーズみたいなこと言ったんでしょ? 『同棲しよう』って」
「……まあ、なりゆきでな」
「で、好きです、付き合ってください、は?」
「……」
俺は視線を逸らした。
「……告ったというより、色々すっ飛ばしてしまって……飛び級、的な」
「はあ!?」
玲奈の声が裏返った。
「ダメでしょ!! そこ一番大事なとこじゃん! 順序!!」
「……だよな。わかってる」
俺は頭を抱えた。
あの時は必死だった。
彼女を繋ぎ止めること、父親から守ること。
それだけに全神経を注いでいて、「付き合ってください」という基本的なプロセスをすっ飛ばして、「一緒に住もう」と言ってしまった。
「まあ、小日向さんもOKしてくれたんだから、気持ちは通じてるんだろうけどさぁ……」
玲奈は呆れたように息を吐いた。
「……ちゃんと考えてんだね?」
妹の声色が、真面目なトーンに変わった。
「なし崩し的に同棲して、なんとなく夫婦みたいになって……じゃなくて。ちゃんと言葉にして、ケジメつける気、あるんだよね?」
俺は顔を上げた。
そこには、兄を心配し、同時に小日向さんのことを本気で思いやる妹の顔があった。
「ああ。大丈夫だ」
俺は力強く答えた。
「今はまだ、彼女も混乱してるし、生活の基盤を整えるのが先だ。……でも、落ち着いたら、ちゃんと伝えるつもりだ」
言葉にしないと伝わらないことがある。
それは、ここ最近のすれ違いで嫌というほど学んだ。
だから、次は絶対に間違えない。
最高のタイミングで、最高の言葉を贈るんだ。
「……ふーん。まあ、信じてあげる」
玲奈はニカっと笑った。
「お兄ちゃん、腰やらないようにね」
「誰に言ってるんだ。まだ32だぞ」
「運動不足の32歳でしょ」




