赤目守りside3(前タイトル;『狂気の羽 と 炎の羽』)
赤目守りは、黙って聞いていたが、ぽつりと呟いた。
「一物どころか、十物くらいありそうだね」
呟きは、一陣の風に拾われて、巨大クスノキの枝まで届いた。
すると、二人の頭上から、野太い声がした。
「十物どころか、百物あるね。九十九番地の保持妖怪は、めでたい頭をしているね。おかま双子と嘲って、侮っていたんだから。僕たち、お盆の森の大樹は皆、昔から六羽を警戒していたよ。七草に憧れているのを、おばば様から聞いて、知っていたからね」
一羽が上を向くと、巨大クスノキと目が合った。一羽は、居心地の悪そうに首をすくめて答えた。
「私は、母親代わりの姉でもありました。それなのに、今となっては、本当に恥ずかしい話です。六羽のことは、大人しく聞き分けの良い、本当に心優しい子だと思っていました。刀の腕も、さほどではないと決めつけていました」
再び、しょんぼりした一羽を、赤目守りは元気づけた。
「仕方ないよ。隠すのが上手な子もいる。六羽は、おかまという偽りの仮面を被って、馬鹿にされながらも、タイミングを狙ってたんだよ。普通は、分からない。それに、二羽ちゃんに恋なんてしなければ、気が狂う事もなかったんだから、これも仕方のない話だよ」
肩を落とす一羽の両手をとって、赤目守りが力強く言った。
「きっと、本当の心根は、優しい筈だよ。一掃家を潰せば、目を覚ますかもしれない。諦めるのは、まだ早いよ。続きを話して」
輝く赤い両目に励まされて、一羽は頷いた。
☆ ☆ ☆
「これのどこが穏便だ!!!」
六羽の薄い唇が弧を描くと、四羽の怒号が、だだっ広いキッチンに響いた。
いや、おそらくは屋敷中に。
二羽は急いで立ち上がった。ここまでブチ切れた弟をみるのは珍しい。
「よっちゃん、いいよ。私は、大丈夫だから」
「どこが大丈夫!?殺されかけて、大丈夫なわけないでしょ?」
三羽が、二羽の震える指先を見つめて言った。
「殺そうとなんかしてないよ。死んじゃったら、意味ないから」
六羽が、会話に割り込んだ。
「黙れっ!!よくそんな酷い事が言えるな!おまえ、自分が何したか分かってんのか!?」
にっと笑った弟に、三羽が声を張り上げた。
すると、聞く者を粟立たせるような声音で、六羽が言った。
「分かってるよ。愛する女の手足を切断しようとした。だって、いらないから。俺から逃げる足なんて。俺を拒む腕なんて。二羽は、俺の傍で、俺だけ見てればいい。絶対、誰にも渡さない」
血走った両目を見て、三人は理解した。
もう言葉では通じない。弟を正しい道へ戻す事は、二度と叶わない。
姉弟の仲は砕け散ったのだと。
「砂花送りにするしかないね」
三羽が、炎の宮家の宝刀が一つ、大太刀の瞬桜冥福を構え直した。
炎の宮家当主が、跡目の三羽に託した刀は、斬る瞬間、三つ葉のクローバーが紋様の如く刃に浮き出る。そして、斬ったものが三つ葉に変わるのだ。
「そうする他なさそうだ」
四羽は、これまた宝刀の一つ、大太刀の流転百桜を構えて答えた。
次男坊が受け取った刀の刃は、斬る瞬間、四つ葉のクローバーが紋様のように浮き出る。そして、斬ったものは四つ葉に変わる。
「みっちゃん、よっちゃん、ダメよ、止めて!」
二羽が、慌てて止めた。
「分かるでしょ?私たちじゃ敵わない。私、むっちゃんに付いて行く」
「何言ってんの!?」
三羽が、目を見開いて二羽を見つめた。
「どういう意味だ?」
四羽も眉に皺を寄せて、険しい声で尋ねた。
「そのまんまの意味よ。お父さまに伝えて。私、迎えを待ってる。私だって、戦闘員よ。敵う相手かどうか分かる。屋敷には、七羽もお姉さまもいる、人間の男の子も。騒ぎにしないで」
二人が口を開く前に、甲高い笑い声が聞こえた。
「あっはっはっはっ。さすが、俺の頭脳だ。引き際をよく分かってる。そんな所が、大好きだよ、二羽ちゃん」
いつもみたいに無邪気な笑みで名前を呼ばれて、二羽は唇を噛みしめた。そうやって、必死に悲鳴を押し殺した。
「命拾いしたねえ、お兄ちゃんたち。それじゃあ、貰ってくよ」
六羽が、一歩踏み出した瞬間、刃と刃がぶつかり合った。
「不意打ちは卑怯じゃない?」
「余裕じゃねーか!」
六羽は、本家の名刀、陣時雨咲で受け止めた。
「みっちゃん!やめて!」
二羽が止めようと動いた時、みぞおちに拳がめり込んだ。
「ぐっ」
「ごめん、二姉、ちょっと休んでて」
崩れ落ちた華奢な体を右手で受け止めて、四羽が謝った。
「大事な姉を、黙って渡すわけにはいかないんだよ」