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赤目守りside2(前タイトル;『狂気の羽 と 炎の羽』)


 項垂れていた一羽かずはが、顔を上げて口を開いた時、クスノキの根元に子リスが近付いて、小さな胡桃を三つ置くとパッと消えた。


「まあ、私にくれたの?」


 一羽が目を丸くすると、赤目守りが、ふふっと笑った。


「きっと、一羽さんの知り合いだよ。お盆の森は、いつでもお盆だから。子リスの霊が、顔を見せに来たんだよ。元気を出して欲しいから、会いに来たんだよ」


「私、子リスに知り合いなんて」


 言い掛けて、はっとした。


「そういえば、三羽と四羽が小さい頃、子リスを飼ってたわね。亡くなった時、私が、供養したんだった。まあ、律儀な子ね」


 一羽は、思わず笑みがこぼれて、胡桃を拾った。


「三羽と四羽の分もあるのね」


 スーツのポケットから、桜色の木綿のハンカチを取り出すと、丁寧に胡桃を包んだ。

 そして、二羽から聞いた話を話し始めた。



☆ ☆ ☆



「お父さまにバレたら、どうするの?ただじゃ済まないわよ」


 六羽むつばが手を止め、二羽ふたばに向き直った。


「あたしは、平気。背徳行為って、わくわくするでしょう?」


「むっちゃん……」


 いつの間に、こんなに背が伸びたのだろう。

 ガタイも見違えるほど大きくなった。

 二羽が、綺麗な二重瞼を細めて、赤い菓子に手を伸ばした。


「ほんと、記憶そっくりの苺タルト」


「そうでしょう?売り付けるには、もってこいよ」


 真っ白い歯を見せて、六羽が笑う。


「私欲を愛する人間どもにね」


「……むっちゃん、屋敷を出るの?」


 二羽は、うすうす感づいていた。

 六羽が、誰と繋がっているのか。けれど、見過ごしてきた、これまでは。


「あいつに付くつもりなら、私は、あなたを捕まえる。下界の裏切り者として」


 保持妖怪は、人間の記憶を食する妖怪。偽記憶の製造は、禁じられている。

 下界でいうところの、偽札厳禁と同じである。


「無理でしょう?二羽ちゃんには。だって、あたし達に、違法行為を伝授したのは、二羽ちゃんだもの」


「任務に役立つと考えたからよ!むっちゃんが、あっち側に回るなんて、思いも寄らなかったの!」


「ふふふ、これだから……甘いんだよ!」


 ハート形のエプロンが、六羽の肩から滑り落ちた瞬間、剣先が二羽の首筋を掠めていた。


「!!」


 正面からの斬り込みだった。

 二羽の長く美しかった黒髪を、六羽はバッサリ切り落としたのだ。


「俺はもう、あんたの可愛い弟じゃない。あんたの、おままごとに付き合って、妹役を務めるオカマじゃねえよ!」


 二羽の顔から血の気が引いて、唇まで真っ白になった。


「本気で信じてたのかよ。俺が、女でいたいわけないだろ?この黒髪も、当の昔から、ヅラだよ!」


むしり取ったおさげの下には、切り揃えられた藍色の短髪があった。

二羽がそれを見たのは、いつぶりだろう。


     『あたし、ふたばちゃんと、おんなじがいい!』


何日もねだられて、根負けした二羽が、弟の髪を黒く染めた。

以来ずっと、六羽が十三を迎えるまでは、二羽が染め直していたのだ。


 十四を過ぎると、二羽が、どんなに「お姉ちゃんが染めてあげる」と言っても、嫌がられた。当初と逆になったが、それでもずっと、六羽は黒髪だった。


「あの御方は、妹が欲しい。でも、俺は……」


二羽は、ぞっとした。六羽の鳶色の瞳から、狂気がほとばしっていた。


「姉が欲しい。一生、大事に飼ってやるよ。約束する」 


獲物を食い殺す獣の目だ。


「むっちゃん……」


 下界処理班・第二班の機敏な戦闘員である二羽が、金縛りにあったように動けなかった。

 鋭い切っ先が、二羽の右足に触れた。


「俺が欲しいのは、その鋭利な頭脳だ」


二羽の両目から、大粒の涙が、とめどなく零れ落ちた。


「どうして………」


「泣くほど嬉しい?じゃあ、両手も奪ってあげるよ、いらないからさ」


薄く笑った六羽の顔が、狂気のほどを物語っていた。

しかし、その顔も見えなくなった。


(私のせいだ、私が、この子を………)


二羽が目を閉じた瞬間、肌に触れる切っ先が消えた。

そして、壁にぶち当たる金属音が、だだっ広いキッチンに響いた。


(え?)


目を開けると、涙でぼやけた視界に入ったのは、二つの光。

煌めく大太刀が、二羽を庇っていた。


「ったく、勘弁してくれ。姉弟きょうだいもんのドラマよりタチ悪い」


「お兄ちゃん差し置いて口説くのは、よくないと思うよ?」


「欲するほど良い女なのは間違いないけどな」


「二姉は、ほんと最高に可愛いからね。でも」


三羽と四羽が、剣先を真っすぐ向けて、異口同音に怒りを飛ばした。


「大事な姉を泣かすなよ!!」


 薙ぎ払われた打刀うちがたなを、六羽は無言で壁から引き抜いた。 


 本家の名刀、陣時雨咲じんしぐれざき、刃の長さは、自由自在だ。


 かつて、浮雲二十一番地で目を馳せた刀匠とうしょう炎羽えんうが打った最後の一本である。

 それを父親から授かったのが、六羽だ。


「ねえ、知ってる?お兄ちゃんたち。下界には、こんな諺が、あるんだよ?能ある鷹は爪を隠す、ってね。弱い振りも楽じゃなかったよ、ねえ、お姉ちゃん?」


 六羽の口角が、ゆっくりと上がった。


「あーあ、せーっかく穏便に済ませようとしたのにな」



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