まずい飯
「おいシロロンとやら。どうして俺の複葉機で雨宿りしてるんだ? 俺たちの協力関係は火だけだが?」
「馴れ馴れしいな! 急に名前で呼ぶんじゃない……!」
「そっちが先にユミフネ呼びしたんだろうが」
指摘すると、シロロンはしばし思考を巡らせフリーズした。ぽかんと口を半開きにして虚空を見つめて数秒。
「そういえば名姓が逆なのか? すまないね」
「いや、別に謝ることでもないと思うが……」
敵意を剥き出しにされたらいくらでも嫌味と皮肉を言い返せたが、素直にしょげられたり謝られると……なんだか自分が大人げない気がして、ユミフネは顔を曇らせた。
……やりづらいし気まずい。
空気を誤魔化すように遠くを見据えてみても、豪雨によって立ち込める霧で先はまるで見えない。
互いに交戦したこともあって、救助を期待するのは難しいだろう。
「…………それで結局いつまで俺の機体で雨宿りするつもりだ? 寂しいのか? 犬っころ」
「本当にワタシに偉そうな口を叩いていいのか? 救助が来るにも時間は相当に掛かると思うが。君は食事はどうするのかね? ワタシには乗っていたワイバーンがあるが、どう思うかね? 人っころ」
――人っころ???
「一人じゃ加工したところで大半が腐るだけだろ」
ともあれ悪い提案ではなかった。別に雨宿りをさせたところで減るものでもない。
「だが君に渡す義理が現状あるかね? お互い最低限の協力をしないとこんな場所で死に――へくち!!」
シロロンは盛大なくしゃみで言葉を中断した。ぐしぐしと顔を拭って、寒さから身震いしていく。
だんだんと大きくなり始めた火に体を寄せていたが、震えが止まる様子はなかった。
「――――……っ、君とのむだな争いのせいで……つかれた」
狼耳も尾も雨と泥に濡れている分、彼女のほうが体温を奪われたのだろう。
「……雨風も今は直接当たらないだろう。服を脱げ」
「なんだね。死ぬ前に子供でも残す気かね?」
ギャウギャウと罵るほどの気力はないのか、幸薄そうな視線だけがじとりと睨み見上げてくる。露骨に元気もなくなって、おまけに拗ねている。
びしょ濡れの衣服は今も彼女の身体に張り付いてしまっていて、ジャケットのジッパーを必死に閉じても逆効果でしかないようだった。
「どうしてお前の頭はそんなピンク色なんだ? 濡れた衣服を脱いだほうがマシだって言ってるんだ。寒いんだろう。嘘だと思うなら俺も脱ぐ」
シロロンはしばらく沈黙して唸った。敵兵の男に服を脱げなどと言われて脱ぐのか? そんな疑問と反骨心とプライドと……命と寒さと苦痛を天秤にかけて。
「うへぅ……。そんなことはわかっているさ。そうするつもりだった。……こっち見たら殺すからな」
「俺がどこを見ようが勝手だ。むしろそういうことを言われるとムカつくんだよ」
背けていた視線を反抗心から堂々と向かう。
呻き声を漏らしながらシロロンは衣服を脱ぐ選択をしていた。
ゴーグル。革のジャケットスーツ。首に巻かれた青いスカーフ。びしょ濡れで肌に密着した黒いインナー……。
目が合うと、ユミフネは一発殴られた。
「なにすんだよ……」
「何ワタシが脱ぐとこじっくり観察しているんだ……!! 変態め!」
「悪いが俺は生意気な口を叩かれると逆らいたくなるんだよ。おかげでずっと軍曹のままだ」
「野蛮人かね?」
――――違いない。
ユミフネは顔を俯けながら自身も、びしょ濡れの衣服を脱いでいった。
「火に背中を向けろ。足先がちと冷たいが、その方が体温はあがるはずだ。とくにあんたの場合はそのモップみたいな尻尾が乾くだろ」
「黙れ。ワタシの尻尾は本当はもっと綺麗なんだからな」
敵同士ではあったが、開き直るように二人とも裸で背を向けて雨と鬱蒼とした樹海を眺め続けた。
白い雨脚の帳に覆われて視界は劣悪だった。
言葉が途絶えると雨音と焚火のぱちぱちと弾ける音だけが響いていく。
どれだけ時間が過ぎても複葉機や翼竜が巡行するような音も聞こえない。
魔界の大自然に二人きりになったのは明白で、受け入れがたい現実を前にユミフネは大きなため息をついて、シロロンは泣き出しそうになって嗚咽を飲み込んだ。
雨が止む兆しを見えない。
森の匂いは重く、熟れた木の甘さと苔の湿りが漂い続けていた。
静寂が訪れるとアドレナリンの分泌も完全に途絶えた。手持無沙汰と疲労感から胃がキリキリと軋んでいく。
「……なんか喰うものは持ってるのか?」
「あるが君に半分もあげると思うかね?」
「違えよ。俺も持ってるから、てめえが無かったら隠れて食おうと思ってただけだ」
「いらぬ心配だな。なんだ? それともあれかね? こんな危機的状況で敵の女に配慮できる俺カッケーってやつ?」
背を向け合っていて表情も見えないなか、シロロンはけらけらと嘲り笑った。別にそんな気なんてなかったユミフネはただ呆れるだけだったが。
「お前……性格悪いって言われないか?」
「敵に性格悪くして何が悪い。親しくして、仲良くなったらどうするつもりだ?」
「…………」
答えられない。
何とか生き延びたってどちらかの救助が来れば、もう一方は捕虜になるか殺されるだろう。深く関わるべきではないのは正論だ。
沈黙すると再び豪雨に呑まれた。
打ち付ける雨音だけが響くなか、二人はそれぞれ持っていた戦闘食を無言で食していく。
「っ、く……」
シロロンは牙を剥き出しにして煉瓦のような硬さの乾パンを狼人種の顎の力で強引に、バリボリと噛み砕いて咀嚼していった。
「凄い音してるが、石でも食ってんのか?」
「違う…………」
シロロンは馬鹿にされても戦闘食にかんしてはとくに何も言い返さなかった。
「……は、気になるなら交換するか?」
いっそ変えてしまいたくて、シロロンは催促するようにバシバシと、泥と雨に濡れた尻尾でユミフネの背中を何度か叩いた。
「結構だ……。俺じゃ食えないだろそれ。あとそれやめろ。こそばゆい」
ユミフネは遠くを眺めながら芋を潰して干しただけのものを無感情にもさもさと口に頬張っていく。
「君の国の戦闘食は独り占めしたいぐらい美味いのかね?」
「…………ほんとうにそう思ってんのか? 糊食ってるのとなんも変わらねえよ」
間違っても美味いなんて言えた代物じゃない。
「……不味そうだな」
「そうだよ。クソまずい。そっちは美味いのかよ」
「クソまずい」
「「……ふっ」」
ユミフネとシロロンは二人して乾いた笑いをこぼした。
親しくすべきではないと話したばっかだったはずだが、同じ苦しみだけは理解しあえてしまった。




