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ほんまかい

 一章:ほん魔界



 意識は鉛のように重かった。目を閉じたまま朧気に覚醒していくだけでも、無防備な時間を必要とした。薄白い光が瞼を通して伝う。


 ――時刻はまだ昼か?


 そもそも今どうなっている。


 何が起きたかを思い出すにつれて、危機的状況を理解してか思考が鮮明に色彩を帯びていく。


 ゆっくりと――目を開けた。視界は未だ激しく揺れている。墜落までに何度天地がひっくり返っただろう。上下左右……。


 それでも不幸中の幸いか、悪運が強いだけか生き延びたらしい。頭は鈍い槌で叩かれたように痛んだが……それで済んだだけマシだろう。


「…………さむい」


 豪雨で泥飛沫が跳ねるなか、分厚い曇天の空を見上げてぼやいた。しばらくの間、身動きさえも取れずに仰向けのまま雨に打たれていた。


 生い茂る木々。【鉄竜】の翼とおぼしき残骸。立ち込める黒い煙。視界が輪郭を帯びるにつれて、雨粒は付いた血と泥を全身に滲ませていく。


 湿った木の息、樹液の甘さ、焦げた機械の苦い匂い、泥の生臭さ。鉄の異臭。


 ……嗅覚が戻ると吐き気が込み上げてくる。――砂と血と胆汁、胃液の混線。堪らず嗚咽したが。せき込むだけで肋骨が電撃を受けたみたいに痛んだ。


 折れているのだろう。体を起こそうと肘をつくもの一苦労だった。


 肩の筋が痙攣し、首は鞭打ちの鈍痛で回らない。


 耳鳴りのような雨音と虫の鳴き声。……何時間もそうだったのだろう。体は凍えそうだ。手袋の中だけが生温かい。裂けた掌から血が滲むせいだ。雨に薄まっていたが。


「っーーー……くそ。吐きそうだ」


 二重にブレていた視界もようやく収まってきたが眩暈は消えない。立ち上がれたのも奇跡だがまるで生まれたての小鹿だ。何度か深呼吸を繰り返してふらふらと残骸に手をついて歩く。


 無線機を点けたがみたものの、案の定壊れて動かなかった。


 五感が鮮明になるにつれて逃避しようにもできない現実が直面してくる。


 ――――魔界に墜落したらしい。


「……はは、ほんまかい……ふふふ」


 力なくしょうもないことをぼやいてみても、武器は脚に刺していたナイフと懐のリボルバーのみ。……装填分込みで弾丸は18発。心もとない。


「…………動くな!」


 不意に鋭い声が突き刺す。視線を向けると、赤竜の死骸に手をついて、立つのがやっとな竜騎兵の少女がいた。


 血と泥で汚れた銀の尾と髪。さっきはぺたんと倒れていた耳も周囲を警戒するように立っている。


 革のジャケットはぼろけていて、ゴーグルはひび割れていた。


「こんな状況で糞つまらないギャグを独り言のように呟いたうえに……なにをじろじろ見ている」


「動くなって言ったのてめえだろうが……。てか、聞こえてたのかよ……。独り言だったんだよ……。無視してくれよそれは……つまらないならさ…………!」


 嫌な恥ずかしさを血と唾と共に飲み込む。


 眼が合った以上、隣に死体となって転がられるよりは精神的にはマシかもしれないが。彼女はまごうことなき敵だ。


 動くなと言われて抵抗しなければ殺されるのだから、無視して銃を構える。


「動くなと言っただろう……!」


 竜騎兵は牙を剥き出しにして唸り声をあげた。ユミフネはむしろ煽るように鼻で笑った。


「はっ、偉そうに命令するのはいいがあんたもまともに動けねえだろ……! こっちは銃だ。あんたが先手を取れると思うか?」


 睥睨が向かい合う。大雨のなか膠着状態になった。


「……ワタシには魔法があるが」


 竜騎兵の少女が瞳を光輝させて僅かな詠唱。ユミフネは顔を歪めながら引き金を振り絞ったが拳銃は弾詰まりを起こして歯切れの悪い音をかすかに響かせるだけだった。


「抵抗しなければ捕虜にしてやったものを!!」


 宙に描かれる五芒星。高熱で歪む空気。ユミフネを燃やし尽くす劫火が放たれ――ない。


 ぼろぼろの竜騎兵は魔力を維持できずにマッチの火のごときか弱い火の玉をふにゃふにゃと漂わせるだけだった。


 お互いスカした攻撃。……気まずい。


 それでもほぼ同時に地を蹴って距離を詰めた。


 ユミフネは即座に脚のナイフを引き抜いて振りかぶる。


 少女は分厚いグローブで真っ向から刃を握り締めると、狼人種としての膂力をもって手を捻りナイフを奪おうとする。


 ユミフネは即座に武器を手放した。刃物に気を取られた隙に鋭く泥を蹴りあげて少女の顔に浴びせると、全身で体当たりして突き飛ばす。


 少女は即座に受け身を取って回転すると牙を剥き出しにして唸り声を響かせた。


「っ小賢しい男だな! 女に筋力で勝てないからと卑怯な真似を――!」


 奪ったナイフを喉首へ向けて投げつける。


「女は女でも雌狼だろう? 誰が野犬に真っ向勝負をするんだ!? なんだ? これを投げてほしくて返してくれたのか? 咥えて取ってくるか!?」


 アドレナリンが目を見開かせる。ユミフネは投じられた刃の柄を掴んで無力化し、姦しい口へ投げ返したが、少女は小石を投じて撃ち落とし、再び肉薄して蹴りを振るった。


 ユミフネは脚を掴み持ちあげて少女の姿勢を崩したが、咄嗟に腕を掴まれてお互い地面に転がり倒れた。


 もみくちゃになりながら殴り合う。鼻へ向けて振るう拳を避けられて、振るわれた拳を掴み受け流し、互いに頭をぶつけて、血と唾を浴びせ、泥に顔を押し付ける。実力は拮抗し続けた。


 どれほど争い続けたがわからないが、上空から落ちて骨も折れた手前、そう長くは持たなかった。互いに息が果てた。


 ユミフネは肩で呼吸をして、少女は舌を出してぜぇぜぇと白い吐息を零していく。


 ……豪雨で気温が大きく下がっていた。それ以上に体温は落ち込んで、大怪我と敵を前にドバドバと出ていた脳内麻薬も消えていくと、だんだんと歯が鳴るぐらい体が震えていく。


 ――このまま争っていても共倒れだ。


 漠然とそんな確信ができて、それは少女も同様だったのか、互いに黙したまま距離を取って、睨み合った。


「嗚呼、考えてみたら貴様など構う必要などなかったな。放っていおいても脆弱な科学崇拝者など野垂れ死ぬだろうし」


「……弱い犬ほどよく吠えるものだな。生憎、俺は遭難自体はこれで2回目だ。経験値が違うんだよ」


「ほう? 二回も遭難したのかぁ。機材トラブル? 地図が読めなかった? 前方不注意? ワタシは生憎、優等生だったものでな。そのような準備不足はなかったものでね」


「「ッチ」」


 舌打ちが重なって余計にイライラする。

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