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飯と水

 そしてナイフを手に取り、ケラトドスに突き立てる。分厚い鱗であるにもかかわらず、慣れた様子で押し込んで、解体し始めた。


「昼飯をここで取ろう。全部は持っていけないがもったいない。殺したからには最低限食べるべきだ。シロロン、火の魔法を頼んだ」


 生きるか死ぬかの綱渡りをしたばかりだというのに平然と、余裕がある風な物言いに、シロロンは首を傾げながら見開いたが。


 まだ震えている彼の脚を見て、少しばかり穏やかに微笑んだ。


「……おいしいのか?」


「食べたことはないが美味いといいな。鯰はよく食べてたが……こいつはどうだろう」


 すべてを解体することはできないため、最低限の範囲で分厚い外皮をめくり、皮下脂肪をブロック状に切り分けていく。


 内側の肉は、魚のような体躯でありながら陸生生物ゆえか、赤身だった。


 それらを研いだ枝に挿して焼いていく。


「はふ……。でかい切り身だな。思ってたより柔らかい。……塩が欲しくはなるが美味い」


「シロロン、これも食べてみろ。絶対美味いはずだ。少しまて、水晶体は先に外してやるから」


 ユミフネは巨大な葉で包み焼いた肉から薄い膜を取り外し、切り分けてシロロンに差し出した。


「これは何の部位かね?」


「目玉だ。俺の村ではどの動物も目と脳はよく食べてた。すぐダメになるから、捕まえたやつの特権だったな。だからシロロン、お前が食べていい」


「ぁーー…………」


 シロロンはユミフネの機嫌のよさそうな目と、ケラトドスの焼かれた目玉を交互に見返して、目玉焼きと目があった。


「ところで、アマツ皇国の者は魚を生で食べる文化があると聞いたことがあるが、焼くのだね」


 シロロンは話をすり替えた。


「生で食べるのは生で食べていいやつだけだ。こいつはしらない。だから食べない」


 二人は腹に詰められるかぎり頬張り続けていく。


 もったいないが、翼竜の肉同様にすべてを解体することも、食べきることも不可能だった。


 今は水が優先だったから、運べる分だけをカラカラに焼き干してポーチに押し込んだ。


 腐ったとしても、川に辿り着けば罠の餌にでもなるだろう。


 あとはケラトドスの髭。柔軟で、強度があって、樹木を裂くほど鋭くもなる材質ならば使い道は十分すぎるほどだろう。


 気力を取り戻すように移動を再開した。蚊に好き勝手刺されようが、喉が渇こうが、二人は愚痴一つ言わずに歩き続けていった。


「ふ、君が一般兵でなくてよかったよ。ただ徴兵されただけの愚図なら根を上げている頃だろうからね。とはいえワタシがいなければあのモンスターに食べられておしまいであったがね?」


「ああそうだな。同じことを思っていた。けど俺がいなかったら犬の癖に迷子になって、カラカラに干からびていただろうな。犬の干物は? さて? 誰が食べるんだろうな」


「ガルルルルルル……!!」


「お前からふっかけただろ今回は……」


 ……愚痴はないが、互いに好き勝手には罵り合った。


 川の痕を遡上し続けること数時間、南方の大陸ゆえか、日は長くまだ青々とした空が広がっているものの、時刻であればもう夕方だろうか。


「嗚呼……見たまえ! 川だ! 水が流れている川だぞ!」


 シロロンは体力の無駄遣いも構わずに大はしゃぎだった。様子を見てなきゃ川の水をそのまま飲んでしまいそうな勢いだ。


「……嗚呼、川だな」


 川の支流のようだった。地図上ではもっと大きな本流があるはずだが、むしろ小さな川のほうが魚などは取りやすいだろう。


 川の水は陽光に熱され、白い霧が湧いていた。


「何をクールぶっているのかね? もっと喜べ」


 敵兵同士だったということもすっかり忘れるぐらいなのか、シロロンは感極まるみたいにユミフネにぎゅっと激しくハグをした。


 異性であることも忘れているのか、胸がぎゅっと押し付けられて、ユミフネは少し顔をしかめた。


 引き剥がすかどうかを悩んだが、……得ではあったので、彼女が満足するまでそのままでいることにした。


 ぶんぶんと機嫌よく揺れる尻尾は、なおさら犬のようだった。


「さて……まずは……何をするべきかと思うかね?」


「掃除だ。蛇やら蟲に咬まれたくないならな」


 比較的木々の開け、かつ土の乾いた場所で拠点を造ることにした。


 利便性を考えると川の岸辺につくりたいところだが、川の支流や川の痕があることから、大雨が降れば流されてしまう可能性もある。


 日が沈む前に落ち葉を片付けて燃やした。


 明日はもう少し整備するにしても、今は昨夜にも使ったハンモックをそのまま用意するだけが限界だった。


 安全の確認、体についた蛭やらダニやらの除去、掃除、薪集めを終えたころには既に日が沈み切っていた。


「……尻尾の付け根にダニがいる気がするのだが取れない。どうにかならないかね?」


 夕暮れのなかシロロンは不意にぼやくと、躊躇いなくお尻と尻尾を向けてくる。


「服にだね。尻尾穴があるのだが、その奥の、尾の付け根の裏にいないかね?」


「…………自分でとれないのか?」


「バカかね? とれたらこんなことするはずないだろう。水浴びしたいが、まだ安全かもわからん以上、これが最適ではないかね?」


「いや、別に俺はいいんだが――」


「ああ、やめたまえ。言及するな。恥ずかしいんだぞ……」


 シロロンは牙を軋ませて、低く唸った。赤らんだ頬。目が合うと気まずくて、ユミフネは視線を逸らした。


 狼人に限らず、尻尾の生えている種族は皆服に尾を通す穴が開いている。ヨミもそうだった。シロロンは尾のボリュームが他の狼人と比べても大きく、手探りで薄汚れた白銀の毛を撫でていくと、そのうち人の肌に触れた。


「んひ……!」


「やめろ。変な声を出すな」


 気が気じゃない。ユミフネは威圧的に注意しながら、手探りで、肌に付いていたイボのようなものを見つけた。


「いたぞ。ダニでも蛭でもないな。多分、だが……蠅だな」


「ワタシのお尻を触りながら虫当てクイズをしてないで早く答えを確かめたまえ……!」


 答えはあっていた。傷口に侵入してくる種類の蛆で、血を吸ったのか丸っこく膨らんでいた。


 煙草があればこういった虫も寄り付きにくくなるのだが。


「せっかくだしこれも明日、釣り餌にでもしてみようか」


「何がせっかくなのかね?」


 シロロンは冷ややかに睥睨してどついた。

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