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敵同士だったチームワーク

 魔界を侵攻するうえで確認したモンスターリストに記載があったのを覚えている。


 巨大な蛇のような体ち、肺呼吸ができる魚類型のモンスターだ。


 空を飛んだり火を吹いたりはしないが、その巨躯で襲い掛かられれば一たまりもないだろう。


 種類によっては放電する個体もいるらしいが、そこまでの判別はつかない。


「その拳銃で殺せるかね?」


 ユミフネは首を横に振った。


 分厚い鱗は弾丸をそもそも通さない。


 着弾時の爆発で驚いて逃げてくれる可能性はあるが、逆鱗に触れる可能性はある。


「口のなかを撃てば殺せるかもしれないが……試したことはない」


 陸戦用の歩兵装備であれば問題なく討伐できるだろうが生憎、複葉機に乗る際は装備を可能な限り軽量化している。便利なものはない。


「魔法はどうだ?」


「がるる……。ワタシは魔法はあまり得意じゃないんだ。そのうえ魔力は回復していないし、固有魔法は戦闘向きではない。属性魔法も対人用の【火球】はああいうのには通りが悪いし【雷槍】は地面に触れている面積がでかいやつには意味がないからだねぇ……!」


 シロロンは明らかにパニックになっていた。


 彼女は魔力を感じ取れるせいで視覚情報以上に、目の前のモンスターに気圧されていた。


 泳ぐ瞳、荒ぶる尻尾、横に倒れた耳、冷や汗。


 幸いなのはケラトドスは目が悪いことだった。


 そうでなければとっくに見つかっている。


 それでも微弱な電磁波か臭いかを感じ取って、古代魚のような体躯をくねらせて、ジリジリと距離を詰めてきている。


「言い訳はいらん。使える魔法を言え」


 走って逃げればすぐに追いつかれるだろう。


 だがこのまま動かなければ――?


 捕食の瞬間の瞬発力に反応できる被食者はいない。


「……可能性があるならば【岩弾】かね。本来なら岩盤を抉り持ち上げる必要があるがここは岩が多い。ただ、ワタシの魔力がないから敵に飛ばせない。浮かせて、おとすだけなのだよ……!!」


 言われて、ユミフネは少し離れた位置にあった大岩を指差した。


「あれは何秒浮かせられる」


 シロロンは開き直るようにピースした。


 二秒らしい。


「俺があそこに引きつけるまでに詠唱しろ。逃げる選択肢は――ない」


 ケラトドスが大きく口を開いた。


 口腔が露わになる。押し潰すような歯には魔猪(ボア)の脚が引っかかっていた。


 ……一手ミスれば同じ目に遭うだろう。


 だからユミフネはぬかるんだ地面にわざとらしく音を響かせて踏み込んだ。


「お前は何をしてるんだッ!?」


「いいから行って準備しろ! ああ、走るなよ? 走った方が狙われるからな。魔法はてめえにしかできねえ。お前頼りだ。ミスるなよ」


 ケラトドスの髭が跳ねる。当然だ。


 泥に足を取られた餌を見逃す捕食者はいない。


 土に混じった水音。もがく振動。


 ケラトドスの口腔がユミフネに向いた。


 そして一気に地を抉って距離を詰めてくる。


「俺が囮になる間に準備を終えるんだ」


 怪物が迫るなかユミフネは淡々と伝えると、すぐに怪物に照準を定め引き金を振り絞った。


 ――バン!


 劈くような銃声と共に嗅ぎ慣れた臭いが広がる。


 弾丸は狙い通り、ケラトドスの鼻へ着弾したが、貫通せず、鱗の外側で激しい爆発が広がった。


 だが十分だ。泥から足を引き抜いて、鬱蒼とした密林の奥へと駆け込んでいく。


「――――――!!!!」


 言語にできない咆哮がすぐ背後から轟いた。


 途方もない爆音に鼓膜が震える。


 否、震えているのは全身だった。


「死ねるかよ……!!!」


 すぐ背後に存在する死に抗うみたいに苦し紛れに叫んだ。さらに密林の奥へと踏み込む。


 周囲を警戒する猶予などなく、草木に肌を切られながらも、ただ前へ前へ? 否、直進の速度ではケラトドスに追いつかれる。


 視線を低く保ち、肩をすぼめ、狭い間を縫うように進んだ。枝が顔を打つ。葉が視界を裂く。


 だが止まらない。


 背後の地鳴りが真っ直ぐに来ている。来てしまう。


 故に、木の根を蹴るように方向を不規則に変えた。その度に速度は落ちるが、距離はわずかに空いた。


「諦めないか……。怒ってるな」


 巨体が進むたび、細木は音を立てて折れていく。ベキベキと、さながら雷鳴のような音と共に木々がひしゃげる。


 だが、すべてが薙ぎ払われるわけではないはずだ。


 魔界の森は、捕食者が暴れ狂うなかでも生き延びているのだから。


 ユミフネは視線を走らせ、狙いを定めた。


 ――――スチールウッド。


 魔界に住む者が建材にする樹木が群生していた。


 樹皮さえも岩のように硬化する樹木だ。


 使えるものがないか探しながら歩いていたおかげで見つけられたものだった。


 それは例え巨木で無かろうとも――――。


 ユミフネは確信するように木々の隙間を潜り抜ける。身を低くし、滑り込むようにケラトドスの丸呑みを避けると、背後で鈍い衝撃音が響き渡り地面を揺らした。


 ケラトドスの体が幹にぶつかったようだった。木々が激しく軋み、枝葉がさざめく。


 モンスターも馬鹿ではない。すぐにスチールウッドを迂回するように蛇行し始める。


 だがその一瞬の停滞が、狩人にとって必要な猶予であった。


 距離が大きく開く。息が整う。


 そのまま一気に疾駆した。今度は全速力で直進していく。


 木の根を蹴って、泥を蹴って、岩を蹴って、干上がった川筋へと戻り飛びだす。


 湿った森の匂いが途切れ、乾いた土と石の匂いが肺に刺さりながら、視界がひらけた。


 流路の中央ではシロロンは既に魔法の詠唱を完了し、腕を突き伸ばしていつでも【岩弾】を発動できる状態にあった。


「浮かせろ!!」


 ユミフネは叫びながら、一気に地を蹴り飛んで、走る動作を放棄した。


 自分にできる最後の加速の加速に命を掛けて、浮遊していく大岩の下を潜り抜ける。


 地面を伝う衝撃が、背後の圧が衣服を掠めた。


 ケラトドスが川床を抉り、砂利を撒き散らしながら迫り、数瞬前の残像を丸呑みにする。


「ッ――――!」


 ユミフネは全身を地面に転がしながら強引な受け身を取って振り返ると、生臭い吐息が顔を撫でた。


 転倒したユミフネの視界一面に広がるケラトドスの口腔。そして、ケラトドスを蔽う影。


 大岩は重さを忘れたかのように宙に留まっていた。


 表面の苔が剥がれ、粉塵が散っていく。魔力が足りていないのか、シロロンは苦悶するように牙を軋ませていた。


「――所詮は、魚だと……! 思わないかね?」


 それでも言葉だけは飄々と、勝ち誇るように呟いて、獰猛な笑みを浮かべながら大岩の浮遊を解除する。


 宙の岩が、音もなく落ちる。重力を思い出すのは一瞬だった。


 空気が押し潰され、ケラトドスの頭部へと衝突。鈍く、深い衝撃。岩が鱗に食い込み、質量が頭蓋を砕き圧し潰す。


 衝撃波が砂利を跳ね上げた。


 巨躯が前につんのめり、あまりにも呆気なく地に伏せる。


 水のない川が、濁流のように揺れた。


 頭部が沈む。岩と鱗の隙間から夥しい血が広がっていく。


 地鳴りのような轟音は一転して静けさに変わる。


 気付けば鳥の囀りも虫の鳴き声もそこら中から響いていく。


 それでも依然として、バクバクと強く心臓が脈打つなか、ユミフネとシロロンは互いに視線を交えた。


「わふゃああああ……! し、死ぬかと思ったではないか……! というか、ユミフネを岩で圧殺してしまうかと思ったぞ……!」


 緊張の糸は一瞬にしてほどけて、シロロンは情けない鳴き声を零しながら、樹木に背をもたれかかって、座り込んだ。


挿絵(By みてみん)



 力なく手を伸ばす。


 ユミフネが意図をくみ取れないでいると、苛立ちながら呆れたため息をついた。


「ハイタッチだ。わからないかね? さては友達いないか?」


「……嗚呼、お手か」


「ガルルルルルル……!!」


 とやかく言いながらも手を鳴らし合った。


「……まぁ、敵同士ではあるがね? ……チームワークは悪くはないのでないかね?」


「そりゃどうも……」


 シロロンの素直な言葉を正面から受け止めるには少し恥ずかしくて、ユミフネは誤魔化すように鼻で嗤った。

サバイバルで重要なのは水だが、なろうにとって必要なのはブクマ、感想、ポイントなのだよ。下にねスクロールするだけなのでね。

絵に関する感想でも嬉しいぞ? ワタシが描いたゆえ。

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