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帰れない。

「……寝る場所を整えようか」


 今日はこれ以上の移動は不可能だと判断した。


 幸いこの辺りは比較的樹木も少ない。周囲に細かな岩石もないため落石の可能性もないだろう。


 ユミフネは深くため息をつきながらふらふらと立ち上がった。


「整えるとは……? いや、ワタシには分かるが。君の知識面が正しいかどうかの確認だとも」


 シロロンは何もわかっちゃいなそうだった。ドラゴンライダーとしての戦闘訓練、行軍は十分にしたのだろうが、泥臭い知識はあまりないらしい。


「…………掃除だ」


 周囲の草木、落ち葉を枝で綺麗になぎ払っていく。昨夜は低体温も発症していたため少しでも地面に体温を奪われないことを優先したが、本来は寝床に落ち葉があるべきじゃない。


「……落ち葉があったほうが寝床としてはよくないかね?」


「あんたが複葉機の張布を持ってきてくれてるだろ。昨日落ち葉を集めたのは仕方なくだ」


 枝で落ち葉を払っていくと、少し重いものが先端に触れた。構わず払い飛ばす。


「んひゅ!!?」


 細長いシルエットを目視すると同時、本能の強いシロロンが素っ頓狂な叫び声をあげて大きく後ろに跳び退った。


 蛇だ。地面に擬態していた小さな毒蛇は、細長い体をひゅらひゅらと揺らしながら逃げていこうとしたから、すぐにナイフを投げて頭を刺し殺した。


 これで僅かだが肉は手に入ったと言える。


「……ふふ、なるほど。嗚呼いや、合格だ。ユミフネ、君の考えが正しい。ワタシと同意見のようだったね?」


 その後も時間をかけて周囲の掃除を行うと、毒蜘蛛に蠍が数匹確認できた。この頻度で見かけるなら、昨夜刺されなかったのは悪運が強い証明かもしれない。


 その後集めた落ち葉の山はシロロンの魔法で焼却した。集めて放置しておくと毒虫共の休息所にでもなってしまうからだ。


 大きく炎が立ち上っていくのを確認してから、昨夜震えながら用意した炭にも火をくべ移した。


 幸い、今日は雨が降る様子もなく焚き火はすぐに安定していった。


「寝床は……ハンモックでも作るか? 地面にあまり付けたくはないだろ」


 複葉機から剥いだ張布をナイフで時間を掛けて大きく切り分けようとしていくが、硬い。当然と言えば当然だ。


 布とは言え、複葉機の外皮部分。硬化・防水の薬剤が塗ってあるし、そもそも頑丈な材質だった。


 ……怪我をした体では厳しい作業だ。


「ふん、学ばないものだね。そういうことはワタシがしたほうが効率がいいだろう。ユミフネは……あれでも作ってろ。あれだ」


「…………ろ過機か?」


「ワタシの想像の範疇ではあるが及第点をあげよう」


 シロロンは何も思い浮かんでなかったことを適当言ってごまかすと、布とナイフを奪い取った。頑丈な布繊維を、紙を切るみたいに裂いていく。


 見ていると引き攣った笑いが込み上げた。


「……むしろよく俺はお前に白兵戦で対等でいられたな」


「戦い方が卑怯だったからね。酷く腹立たしいよ」


 ぶんぶんと好戦的に尾が揺れているのを節目に、ユミフネはシロロンの腰に吊るされた空っぽの革袋はかっぱらった。


「ふっ、中身はないぞ。墜落のときに全部ぶちまけてしまってね」


「知ってる。使うだけだ」


 ハンカチ。革袋。砂利に砂に、そして炭。これだけあればろ過機の作成に苦戦することはなかった。


 とっとと準備を整えて、水を汲みに川の痕でしかない泥水のもとへ向かっていく。


「…………腹の足しぐらいにはなるか」


 帽子で水を汲み取りながら、泥に紛れていた海老三匹も回収。


 すぐに枝に刺して火にくべてやると泥色の甲殻が赤く鮮やかに変わっていく。


 気づけばシロロンはシロロンで、平たい石の上で竜の赤身を焼き始めていた。常温でそれなりの時間運んでいたが、異臭はしない。


 むしろ肉の焼けていく音と匂いが、食べろ、食べろと言わんばかりに胃を刺激して、二人して腹の音を響かせた。


 急かされるみたいにろ過機へ泥水を流し込んだ。一滴、一滴と透明な水が滴り落ちていく様子をぼけっと見ていたかったが、そんな余裕もない。


 ユミフネは使える道具を増やそうと、周囲に生い茂っていた蔓を回収していった。ロープ代わりが欲しかっただけなのだが思いのほか水を蓄えていたらしく、大粒の雫が溢れていく。


 慌てて水分補給をしていると、すぐ横からもの言いたげな視線が突き刺していた。……シロロンだ。


 薄汚れた白い尾を揺らしながら、青い瞳が、ジトリと。気圧されそうなくらいの眼力を発していた。


「……なんだよ。飲みたいならそう言えばいいだろう? それとも帝国の連中は言葉が通じないか? 犬でも吠えたりできるが」


「ガルルルルルル……!! ワタシまだ何も言ってないのに。そうやって先に攻撃するのは臆病だからではないかね? 動物と同じではないか。ビビリだから、襲われる前に攻撃する。言葉で理性を着飾っても本性はバレるものだね。……それはそれとしてワタシも飲む。どけ」


 ひとまず喉を潤して、シロロンも少しだけ気力が回復した様子で口元を拭った。


「工作はできたかね? ……ふむ、よろしい。及第点ではないか」


 切り取った張布に蔓のロープを通した。


 そして近くの蟻がいなくて、かつ生い茂りすぎていなくて、かつ落ち葉を払った範囲内、この三つの条件を満たした樹木に結びつける。


 寝心地がいいとは思えないが、遭難している状況では十分すぎるぐらいハンモックだった。


 昨夜は泥と血と落ち葉をベッドに、裸で抱き合うとかいう最悪な寝床だったのだから、くらべものにならないぐらい……マシだ。良くはないが。


「落第点だったらどうするつもりだったんだ? また寒さを紛らわすために裸で抱き合うか?」


「なに? そうしたかったかね? スケベめ。犬だのなんだの言うくせに。それとも元から野犬のケツを追うような生活だったのかね?」


「したくねえから作ったんだよ……。ノミとか移りそうじゃん」


「君、デリカシーがないと言われたことは?」


 思い返すと、ヨミの不機嫌そうなジトリとした目線が脳裏に過ぎった。


 シロロンもヨミも、尻尾があるやつは不満があるとどいつもこいつもべしべしと背中を尾で叩いてくる。


(デリカシーないって言われたことないっすかぁ?)


 ――――多々あるかもしれない。


 ユミフネは少しだけ眉間にしわを寄せた。


 ともあれ寝床の準備も終えて食事の時間だった。


 今後食べることができるかも疑わしい竜の赤身肉に脂身、さっき殺した毒蛇の小骨ばかりの肉。そして海老三匹。


 ユミフネもシロロンも、岩に腰掛けてからは無心になって頬張り続けた。


 肉は癖はあるがまずくはない。失ったエネルギーと血肉を補うように食べ続けていくと、解体した分はすぐに無くなって互いに一匹ずつ海老を殻ごと食べ終えて、残る一匹に同時に手が伸びた。


「俺が捕まえたものだ」


「そうだね。ワタシが寝床を作るために、力仕事を、している間にユミフネが捕まえたね。ワタシはその分より重労働を課せられていたが。君は……あーーなんだったかね? 川まで移動すると行っていたが……川? どこだろうかね……」


「こいつ…………!」


 頭のなかすっからかんに癖に、一丁前に吠えてくる。


 ユミフネは僅かに表情を歪めたが、だがまぁ彼女のほうが消費エネルギーが多いことは間違いないだろう。


「……明日はもっと上流に移動する。お前にはまだバラした複葉機のパーツを運んでもらう」


 これは大人の対応だ。敵兵への慈悲でも、言い負かされたわけでもなく、合理的に、力仕事のできる者かつ一応は小娘であることへの配慮だと。


 そう自分に言い聞かせながら海老一匹を渋々譲ることにした。


 シロロンは満足そうに大きくうなずくと、慣れた手つきで背ワタを捨てて海老にかぶり付いて、見せつけるみたいにゆっくりと更に何度も頷き続けた。


「……ふぅむ。なるほど、河海老を焼いただけでもここまで香ばしく仕上がるとは素晴らしいものだとは思わないかね? 泥臭さは鼻につくが、殻はパリっと、身は疲弊した体にとっては驚くほど甘く旨い。レーションなんかくらべものにならないじゃないか? 君も嗚呼、あと一匹いればよかったのだが、ワタシとしても実に不本意だがね。まぁ美味しかったさ」


 急にペラペラと喋り出して、自慢げに食事の感想を述べていく。


 腹立たしい。


 ユミフネはムカつきを隠すように背を向けて、達観した態度を装って即席ハンモックに横になった。


 張布に塗られた薬品臭が鼻につくが、おかげで羽虫の数は昨夜より少なく思える。隣で、ギィと音が響いた。


 焚き火をぼんやりと眺めたまま、シロロンも横になったようだった。


 そして夜の闇色に包まれた空をぼんやりと見上げる。


 どんな場所もよりも、今は空が遠く感じた。


 燦然と星が多く瞬いているのは、それだけこの場所に何ら灯りも希望もない証だ。


「…………そのだね。ヴィクトリエもアマツも、海を隔てた向こうの大陸だろう? …………ワタシ達はどちらかでも帰れると思うかね?」


「昨日は偉そうに捕虜として生かしてやるだの言ってなかったか?」


「……そうだがね」


「疲れてるんだろ。生きて帰りたいって思ってるなら寝とけ」


 ぶっきらぼうにそう言い捨てて、ユミフネは目を瞑った。


 すぐ隣ではシロロンが寝付けない様子でもぞもぞと動く音がし続けている。


 すすり泣くような声まで聞こえてくる。


 ユミフネはこれ以上は何の言葉もかけなかったが、彼女が不用意な行動をしないようにずっと気配に意識を向け続けた。


 …………彼女が力尽きるみたいに眠ってしまうのを確信してから、自分自身もゆっくりと意識を微睡みの奥へ落とし込んだ。


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