七人目 〜花乃目 桜②〜
第一章 崩れる日常
あれから再び感じる様になった視線は、日に日に強まっていく
最近ちょくちょく顔を見せにくる光を他所に、私はその視線のせいで睡眠不足となり日に日にやつれていった
そんなある時、視線を感じた時に光の面影が頭をよぎる
その時、私はふと気がついてしまった…
もしかしたら、視線の正体は…ヒ・カ・リ
そう考えるとどんどんとそんな気がしてくる
そもそも視線を感じる様になったのはいつからだったか?光と会ってからだ…
いつ感じる?光が側にいる時が多い…
そう考えれば考える程、それがそうである、そうに違いないと光への疑念が強まっていく
そういえば警察へストーカーの被害を出す様に誘導したのは光だった様な…
警察への相談の時も光が対応してた
もし光がストーカーなら警察が動いてた時に解決しなかったのにも納得できる
そうか、そう言う事だったんだ…
私を苦しめたのは光だったんだ!
でもなんで光は…
そんな感情がグルグルと頭を巡っていた…
「桜〜来たよ〜」
そんな声が思考を停止させた
光の声である
『なんで今、光の声が聞こえるの…
もしかして気がついたから、誰かに相談する前に〝殺しに〟来たんじゃ…
そうだよ、毎日来てたのも様子を伺う為だったんだ』
そう考える程に光に対する恐怖が膨れ上がってくる
そこへ光が呼びかける
「桜、入るよ」
それを聞いた瞬間、私の恐怖は絶頂に達していた
〝殺される前に殺さないと…〟
そんな感情が頭をよぎる
次の瞬間には部屋の中にある護身用で置いてあった包丁を手に取る
そのまま開く扉の先に向かって、それを突き出した…
私はその突き出して中々抜けない、深く刺さった包丁を抜く為に目一杯引き抜いた
〝バタン〟
倒れ込む光の姿に〝安堵〟の気持ちが押し寄せてくる
その時だった、母が私に目もくれずに光に駆け寄ると、携帯を出して電話をかけ始めたのだ
それを見た私は光と両親が共犯者なのではないかと思い始める
『両親が一緒に住み始めたのは光が説得したからだと言っていた
もしかして…実は両親が私を監視する為に光に依頼してたんじゃないか』
そんな考えと一緒に〝さっきからずっと感じている〟あの〝視線〟に恐怖を後押しされる形で、私は目の前の母に包丁を突き立てていた
刺した包丁を引き抜くと母は光に覆い被さる形で倒れ込む
それを見ながら我に返った私は
「違う、私じゃない
これをしたのは私の意思じゃないの…」
そんな棒読みの様に呟きながら現実逃避をしていた
そんな私に父が駆け寄って声をかける
「桜、これは一体、、、何があったんだ」
その声を聞いた時、頭の中で双子の兄である日向の事を思い出して、自分が何をしたのかを思い出した
それと同時にその時の父や母の対応を思い出す
その時の〝寂しさ〟や〝怒り〟などの様々な感情が昔の〝子供だった私の思い〟に同調する様に押し寄せてくる
そんな私の口から
「この子を見捨てた奴がよく言うね」
と少年の様な声で私は呟いついた
その瞬間、私は無意識の中で父のお腹に持っていた包丁を刺した
その時だった、店先で声がする
私はなんとなく慌てて服を着替えると外へ出た
するとそこには常連の若い夫婦がいた
私はその二人を見た時にふと思った
そういえばこの二人は〝憩いのカフェ〟が出来てからずっと通ってる
もしかして彼らもストーカーだったんじゃないか、そんな思いが駆け巡る
そう考えると毎日カフェに来てた事も納得がいった
そんな時にふと思う
『光や両親を殺したけど、この二人を放置すれば、またストーカーされるに違いない』
そんな思いから私は、二人が会話に受け答えを終え帰ろうとするのを止めた
「少し待ってください、もしよろしければ中でカフェ・ラテ飲んで行かれませんか?」
その言葉に二人は甘える形でカフェ・ラテを飲む為に店に入った
私はいつもの様にカフェ・ラテを作るが、眠れない時様に医者に出してもらった睡眠薬をその中に沢山淹れた
そんな事も知らない二人が飲み終えて眠る姿を見ながら、私は最初に女性の方を刺した
すると横でまだ眠り切っていない男の方が
「み、実来…」
そう呟きながら手を伸ばし女の手を握った
その背中にはさっきまで女の背中にあった包丁を突き立てた
「っ!」
言葉に出ない叫びが聞こえる
次の瞬間、包丁を引き抜いた私は、薄れる意識が限界の中で男が必死に伸ばした手で横にいる女の手を握り微笑みを浮かべる姿を見ていた
そこまで終えた私は、警察が無能なだけで私をつけていたストーカーの五人を見つけて制裁を加えた事や、無能な警察への嫌味を言う為に着替えを済ませて清々しく軽やかな気持ちで交番へと向かっていた
その時だった、またあの視線を感じたのだ
もうストーカーの五人は殺したはずなのに…
私はその視線の方向に目を向ける
そこにはシングルマザーの人が立っていた
「そうか…彼女もストーカーだったんだ…」
そう呟くと私は服に隠した護身用としてのナイフを使い、シングルマザーの人に近づくと抱きつく形で背中を刺した
その後は何もなく交番へと着いた
私は返り血の着いた袖に、何かあったのか聞いてくる警察に、晴れやかな気持ちで私の考えで導き出されたストーカーの六人を殺した事を告げた
最初はすごく心配そうにしていた警察の顔は、途中から得体の知れない何かを恐れる様な目になっていた
気がつくと私は逮捕されて、今は牢屋の中に入っていた
〝殺される前に殺しただけなのに、何がいけなかったんだろう…〟
そう思いながら牢屋の中で過ごしていた私に、絶対感じるはずのない〝あの視線〟を感じた
私はその視線を感じると共に、さっきまで晴れやかな気持ちだったのが一変、訳の分からない感情や考えに頭が限界を迎えていた
その中で殺しても感じる〝視線〟が、さっきまで〝狂気〟に溺れていた私を引き戻した
その瞬間、殺した六人の姿が脳裏に浮かぶ
あの死んだ時の姿、表情、匂い…
目を覆いたくなる鮮明な光景が見えてくる中で、私はそれに耐えきれず
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
牢屋中に響く声で叫びながら、全てが見える眼球を抉り出していた
それから後悔の念が襲ってきた私は、そのまま牢屋の鉄格子に何度も何度も頭を打ちつけ続けた
次第に目を抉り出した痛みは取れて、打ち続ける頭から意識が抜ける様に、脳裏に焼きついた光景が真っ白になっていくのを感じる
警察が駆けつける音が聞こえる中で、その場にふらつきながら倒れ込む
そのまま暗闇に吸い込まれていく様に意識が消えていく中で、懺悔と後悔をしながら私はその意識が続くまで、何度も何回も六人に謝罪を告げるのだった