身のほど
私が内親王をお産み参らせたのは、ある晴れた春の日でした。
梨壺は、微妙な立ち位置なのだ。藤壺とかと違って、いかにも2番手3番手に与えられる部屋と呼び名。
だから、そこに産まれるのは女児じゃないと。男児なんか産まれたら、いやでも政治の舞台に引きずり込まれる。
大きなお腹をさすりながら、考える。
大納言の娘である私は、2番目の東宮妃として、後宮に入内した。東宮様が十五、私が十二の時。数年間は文字通りままごとをしているような生活だった。
表向きは妻という事になっているけれど、実際は東宮様の寝屋に侍ることはなく、たまに顔を合わせるのは昼間ばかり。そうしているうちに、やんごとなき血筋だという3番目の東宮妃もやってきた。
そんな中、この子を授かったのは、私の人生で一番の僥倖。願わくは、女の子でありますように…。
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あれは蒸し暑い夏の日のことだった。
虫の音が涼をもたらしてくれるどころか、騒音とも言えるような虫と蛙の合唱は、余計に湿気が増すように感じた。
中宮様(帝の正妻)が気まぐれに作ったという、田んぼのせいだろう。なぜ優雅の極みであるはずの宮中に田んぼなのか…高貴な方々の考えは、私のような中流貴族にはわかるはずもない。
ふと、渡殿から人の気配がする。
見知った顔の女ばかりで暮らしている梨壺だ。女房たちの顔にもさっと緊張が走る。
「何事でしょうか?」
滅多に人が来ない梨壺で急な来客など、緊急事態でも
起こったのかと身構える。
しかし客は一人ではない。何人もの女官が、荷物を携えてやってきたのだ。帝か、もしくは夫である東宮からの使いであろうと見当をつける。
私も貝合わせの手を止めて、御簾ごしに来客に顔を向ける。
「何事か?お上からの使いか?」
古参で私の乳母でもある大弐が対応する。
「東宮より。明日、参られるよう。」
一瞬、時が止まる。
私も十六になり、最早いつ夜伽が回ってきてもおかしくはなかった。というより、もうそのような役目は自分は果たさなくても良いのだとさえ思っていた。あまりに「ままごとぐらし」が長かったのだ。何を言われているか理解が追いつかない。
「あぁ…」女房たちの歓声。
大弐の笑顔。感涙。
「ようございました!」
「明日に向けお髪を洗いましょう。」
そして翌日、私は煌びやかな衣装に着せ替えられ、
東宮様へと差し出されたのだった。