99. おあいこ
時は進んで、トールが目覚めた頃。
トールのいた部屋を出ると、そこは二階だった。居間の上が吹き抜けになっていて、二階の廊下から一階の居間を見下ろせた。吹き抜けの天井にはめられた窓から、夜空に瞬く星の光が居間に差し込んでいた。
居間の中央に置かれたテーブルに、向かい合うようにして二人の人物が座っていた。灰色がかった暗い茶色の髪の見慣れた青年と、輝く白金の髪が目を引くどこかで見たような神官。
「二人はどうしてるの?」
「相変わらずです。魔法の研究に明け暮れている人と、騎士団で自由奔放にやっている人と」
「あはは、変わらないね。元気そうでよかった」
「はい。私も二人に会うことはあまりありませんが、元気ではなさそうな噂は一切聞きません」
「あの二人らしいね。…エステルでも、二人に会わないの?」
「ええ。相変わらずとは言いましたが…、やはり立場が違ってしまうと、変わることもあるものですね」
「…そうなんだ」
そこにいたのは、まがうことなくアーサー・ラングレットとエステル・カルマンその人だった。
魔王討伐パーティーのメンバー二人が団らんしている光景に、トールは気持ちが高ぶる。めったに見れる光景ではなかった。
同時に、アーサーが部屋の中でゆったりしているという初めて見る光景に、違和感を覚えてしまった。
階段を降りて居間へ行くトールとキャロル。ふと、アーサーがトールたちの方を見た。そして、アーサーは瞳がこぼれんばかりに目を見開いた。
「…トール」
ガタン、と椅子の倒れる音がした。アーサーはその場に勢いよく立ち上がっていた。
「…アーサーさん」
思わず口からこぼれた。
気を失ってからたいして時間は経っていないはずなのに、なんだか懐かしく感じた。それ以上に、アーサーが変わらずにいることに、トールは心の底からほっとした。
エステルがトールらの方を向く。そしてトールを見て、優しくほほえんだ。
次の瞬間、体の正面に衝撃を受け、思わずトールはよろめいた。
「!」
アーサーがトールに抱きついていた。
「え、アーサーさん…?」
思いがけないアーサーの行動に戸惑うトール。
アーサーはトールの無事を確かめるかのように、強く抱き締めていた。少し苦しかった。
「安静にって言ったのに…」
キャロルがじとっとした視線を送りながら、ぼそりと呟く。
――なんか、ごめん…。
「…トールがもとに戻ってよかった」
アーサーがぽつりと呟く。
「ごめんね、トール。俺、トールを殺しちゃうかもしれなかった」
それを聞いて、トールの胸がつまる。
「どうして、アーサーさんがそれを言うんですか?」
その台詞を言うべきはアーサーではなかった。
「それを言わなきゃいけないのは、俺ですよ…!俺、アーサーさんの首を絞めたんですよ」
思い出して目頭が熱くなる。
――瘴気のせいだとしても、俺、なんであんなことを…。
「ごめんなさい、アーサーさん…!本当にごめんなさい」
泣き声で謝るトール。
アーサーは腕の力をゆるめると、トールの両肩に手を置き、トールをまっすぐに見つめた。銀色とも見まがう灰色の瞳は、優しい光を帯びていた。
「いいんだよ。気にしないで」
「でも…」
「俺だって、今までトールに謝って済まないことしてるし。これでおあいこ」
アーサーはほほえむと、トールの頭をわしゃわしゃとなでた。
トールの顔に笑みがこぼれる。
「…はい。ありがとうございます」
「ううん」
互いの無事を喜ぶアーサーとトールをほほえましく見守っていたエステルのもとに、キャロルがやってくる。
「キャロル、トール君を診ててくれてありがとうございます」
「いえ」
エステルはアーサーとトールを見る。トールはもたれかかってくるアーサーを、少し困ったような顔をしつつもそのままにしていた。
「無事に目覚めてよかったです。アーサーがトール君は優しい子だと言っていました。その通りですね」
エステルはくすくすと笑いながら言う。
それを聞いて、キャロルは眉をひそめた。
「…優しい?何かの間違いでは?優しい奴はあんな目はしませんよ」
キャロルはトールに向けられた凍てつくような鋭い視線を思い出し、ぞくりと震えた。
読んでいただきありがとうございます!
面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価、またはブックマークをしていただけると励みになります。
次回更新は9/11です。
次回もよろしくお願いします。




