97. 仲間ゆえの怒り
アーサーはあからさまにショックを顔に浮かべた。が、すぐにそれを引っ込めた。
「…うん。エステルが怒るのも、当然だ。俺は、それだけのことをしでかした」
「そうですよ。どうして、私たちに何も言わず行ってしまったんですか」
「え?」
驚いた顔をするアーサー。
「仲間ではなかったんですか。三年も一緒に旅した仲じゃないですか。一緒にとばっちりを食らった仲間じゃないですか」
「…エステル、それは」
「気付いていました。あなたがどれだけ本気で恋人を取り戻そうとしていたか。どれだけ再開を希っていたか。あの時あなたを止められなかったのには、私たちにも責任があります。けれど…っ。もう少し、私たちを頼ってくれてもよかったじゃないですか。一言くらい、言ってくれてもよかったじゃないですか。頼れる仲間だと思っていたのは、私たちだけだったんですか。私は、何も言わずに消えたあなたに、怒っています」
「エステル…」
アーサーは銀色とも見まがう灰色の瞳がこぼれんばかりに目を見開いた。
エステルは泣きそうな顔をしていた。
「俺だって…。俺だって、エステルたちのことを仲間だって思っていたよ。思っていたかったんだよ。でも、俺は自分で壊したんだ。俺の願いのために」
「勝手に壊さないでください!」
エステルが叫んだ。その叫び声に、アーサーはびくりと震える。
「壊れてなんかいないです…!あなたが自分の願いを叶えようとしただけで、壊れるような関係なんかじゃありません。私たちみんな、そう思っています。アーサーは、違うんですか?もう、私たちは仲間ではないのですか…?」
エステルの声は震えていた。
アーサーの顔が歪む。
「仲間だよ。仲間でいたいよ。でも」
言葉に詰まるアーサー。
「仲間って、思っていいの…?」
アーサーの声からは、拒絶への恐怖感がにじみ出ていた。
エステルは優しくほほえんだ。
「もちろんです。だめなはずがないですよ」
「…っ」
アーサーの目がうるむ。
「ありがとう、エステル」
アーサーは柔らかい微笑みを浮かべた。目の端が光っていた。
「言うのが遅くなってごめん。俺も、またエステルに会えて嬉しいよ。…何も言わずに消えて、ごめんね」
「いえいえ。あなたが無事なら、それでいいんです。私も、感情的になってしまって、すみません」
「ううん、そんなの気にしてない」
「ふふ、やっぱりいい人ですね、アーサー」
「まさか。君の方がいい人だよ」
エステルは曖昧な笑みを浮かべると、思い出したように言った。
「それにしても、珍しいですね。あなたがあんな目に遭うなんて」
エステルはアーサーに言った。
「…」
アーサーの目がすっと細くなった。
「あなたたちを見たとき、焦りました。…あの時みたいで」
その言葉に、アーサーが反応した。
「…やっぱり、そう思う?」
「はい。というか、あの時そのものです。瘴気のせいで、アーサーがレオナルドにつかみかかった時と」
エステルの言葉に、アーサーは顔を歪めた。
それは、魔王討伐の途中での出来事だった。四人は瘴気の濃い森へ入ったことがあった。まだ魔王が健在な時だったため、瘴気はとても濃く、女神の加護があるとしても十分防ぎきれるものではなかった。光魔法の使い手であるエステルと、魔力の多いマルツァー、レオナルドはなんとか持ちこたえられていた。問題は、魔力のないアーサーだった。
「アーサー、大丈夫か」
マルツァーが隣を歩くアーサーに声をかけた。
「…大丈夫、ありがとう」
ぜーぜーと息をしながら答えるアーサーの顔色は悪く、ふらふらとしていて、大丈夫そうには見えなかった。
「大丈夫じゃないだろ。アーサーが保つのも時間の問題だ。急ごう」
そんなアーサーの様子を見て、レオナルドが言った。その言葉に全員がうなずく。
そこからしばらくしてのことだった。
「…何か、いません?」
エステルがおずおずと尋ねた。
「え?」
暗い森の中で、濃い瘴気とあちこちに立ち並ぶ奇妙な形をした木々のほかに、特に何も見えなかった。
「何か見えるわけではないんですけど…何か、奇妙な気配がして…」
エステルは不安そうにきょろきょろと辺りを見回した。
「光魔法を使えるエステルが言うんだ。何かいるんだろう」
マルツァーも周りを見回し、アーサーから離れた。
その時だった。
突然、アーサーがレオナルドの胸ぐらをつかみ、地面になぎ倒した。
唐突なことに、レオナルドは何もできずに地面へ打ち付けられた。呆然とするレオナルド。レオナルドが地面に打ち付けられた音に、マルツァーとエステルが驚きを隠せずに目を見開く。
「アーサー…?」
レオナルドは目を丸くしてアーサーを見上げる。
アーサーは無表情でレオナルドの上に馬乗りになると、レオナルドの首を絞めた。
「!?」
「アーサー!?」
驚愕する三人。
レオナルドはアーサーの手を自分の首からほどこうとした。すると、アーサーはさらに首を絞める手に力を入れた。レオナルドの首が締め付けられる。
「やめろ、アーサー!」
「アーサー、どうしちゃったんですか!」
マルツァーとエステルが叫ぶ。
レオナルドの顔が苦しそうに歪む。
それを見下ろすアーサーの瞳は冷たく、まるで人形かのように、感情がなかった。
それを見て、レオナルドはぞくりと震える。そして一瞬の躊躇の後、アーサーをきっと見据えた。
「アー…サー…!」
レオナルドはアーサーの手首をぐっとつかむと、ありったけの力をこめて引き剥がす。バキッと、アーサーの腕から嫌な音がした。
首が自由になり、大きく息をするレオナルド。
無理やり引き剥がされたアーサーの表情は何も変わらなかった。骨が折れたであろうにも関わらず、みしみしと音を立てながら再びレオナルドの首を絞めようと腕に力を入れる。レオナルドは、それを必死で押さえていた。レオナルドの頬には冷や汗がつたっていた。
感情のないアーサーの瞳を見て、レオナルドははたと気付く。
「エステル、浄化だ!アーサーは、瘴気にやられている!」
レオナルドがエステルに叫ぶ。
はっとして、エステルはアーサーに手のひらを向けた。
「我らが母と精霊とエステル・カルマンの名において、汝、清らかなれ」
エステルが詠唱すると、アーサーにどっと光が落ちた。
レオナルドのつかむアーサーの手から、力が抜けた。アーサーは目を閉じ、そのまま地面に崩れ落ちた。
「戻った、のか…?」
アーサーは、穏やかな顔で気絶していた。
「レオナルドも、アーサーも、無事でよかった」
マルツァーがほっとして息をつく。
「アーサー、骨、折れてますよね…。治しますね」
エステルはアーサーのそばにしゃがむと、光魔法で折れた腕を治した。
「瘴気は厄介だな。エステルがいるから無理やり引き剥がせたが、いなかったら俺はそんなことできなかった」
レオナルドが安堵した顔で、腕をぐるぐる回しながら言った。
「ごめんな、アーサー」
レオナルドは申し訳なさそうに、気絶しているアーサーにぽつりと言った。
「だろうな。君が引き剥がした後も怪我を気にせずに動くのを見て、信じられなかった」
マルツァーが同意する。
「それも瘴気のせいだろう。早くこれをなんとかしないと、アーサーがただじゃ済まない」
マルツァーが言った。それに対してエステルが言った。
「それなんですけど、たぶん、なんとかできます」
「本当か」
レオナルドとマルツァーがばっとエステルを見る。
「はい。さっき、私、奇妙な気配がするって言いましたよね。向こうの方。あっちに、その気配を強く感じます」
エステルがある一点を指差した。
なんとなく、不穏な空気が漂っているような気がした。
「おそらく、上位の魔物がいます。それが、この瘴気をより悪化させているのだと」
三人はエステルの指差した方向を、険しい顔で見つめた。
「よし、行くか。さっさと倒してしまおう」
レオナルドがアーサーを背負う。
「ああ」
マルツァーが同意する。エステルもそれにこくこくとうなずいた。
四人は森の奥へと進んでいった。
「…それであの後、マルツァーの会心の一撃で魔人を倒せたんですよね」
エステルがほほえんで言った。懐かしむような笑みだった。
「あの時はご迷惑おかけしました」
アーサーがぺこりと頭を下げる。いくら瘴気のせいだとしても、アーサーにとって仲間であるレオナルドの首を絞めたことは恥ずべき出来事だった。
「アーサーは悪くないですよ」
エステルがやんわりと否定する。
「そして、トール君も。今回のことは、あの時とほぼ同じです。トール君は瘴気のせいで、ああなってしまった」
エステルは少し眉をひそめた。
「でも、おかしいです…。あの時はまだ魔王もいましたし、あの瘴気の濃さなら撹乱される人がいてもおかしくないです。でも、今回は全然濃くないのに…」
ぶつぶつと呟くエステル。
ふと、エステルは隣に座るアーサーを見てぎょっとした。
アーサーの頬に、一筋の涙がつたっていた。
「アーサー…?」
エステルはおずおずとアーサーに呼びかけた。
「…ありがとう、エステル」
アーサーが呟いた。
「トールが俺の首を絞めてきたとき、トールの目を見て、ああ、あの時と同じだって思ったんだ。でも、あの時のレオナルドみたいに、俺はトールを引き剥がせなかった。トールは俺ほど丈夫じゃない。絶対、トールの体を壊しちゃうから。それに、もし、引き剥がしても元に戻らなかったら?あの時の俺みたいに」
アーサーは両手で顔をおおった。アーサーの瞳は動揺で震えていた。
「…俺は、トールを殺していたかもしれない」
その声には、明確な恐怖が含まれていた。アーサーの肩は細かく震えていた。
そんなアーサーを見て、エステルはぐっと唇を噛んだ。
「…絆されてるなあ、俺」
あはは、と笑うアーサー。
「エステルが来てくれなかったら、俺はあのままトールに殺されていたと思う。それか、俺がトールを殺していたかも。本当に助かった。ありがとう、エステル」
両手から顔を上げ、アーサーは笑った。その顔は涙で濡れ、目は赤くなっていた。
「いいんですよ」
エステルはほほえんだ。
「トール君は、アーサーにとって大事な存在なんですね。…怖かったんでしょう?」
「…うん」
エステルの言葉に、アーサーはうなずいた。
「…心配していたんです。約束を反故にされて、大事な人を取り戻せなくて、再び一人になってしまったであろうあなたを。けれど、信頼できる人を見つけられたようで、よかったです。アーサー、さっきは本当に、つらい決断を迫られていたんですね。つらかったですよね」
エステルは一言一言、噛み締めるように言った。
エステルの言葉に、アーサーは目を見開いた。アーサーの口から嗚咽が漏れる。
突然英雄に祭り上げられ、魔王の討伐という危険に身をさらし、王家に裏切られ、一人で逃げてきたであろうアーサー・ラングレット。一人で張り詰めて生きていかざるを得ない中出会った、トールという存在は大きいのだろう。そんなトールに首を絞められ、自分が信頼する人に殺されるか、自分が信頼する人を殺すかしかない状況に陥ったことは、どれほどつらく怖かったのだろう。
エステルには、アーサーがとても小さく見えた。
エステルはアーサーの背中を、ぽんぽんとなでてやる。
アーサーの泣き声が森の中に響いた。
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