96. 再会
時は戻って、トールが気絶した頃。
アーサーの目の前に現れたのは、かつてのアーサーとともに魔王討伐の旅をした、神官エステル・カルマン。
その事実に、アーサーの表情が固まる。
「エステル、どうしてここに...?」
アーサーの瞳は揺れていた。
エステルはふふ、と笑う。
「任務です。びっくりしました、まさかあなたがいるなんて。お元気でしたか?」
「…うん。エステルは、どう?」
「この通りです。元気ですよ」
エステルは小首をかしげた。
アーサーは呆然としたまま、起き上がる。ずり落ちるトールをしっかりと支えると、そっと地面に寝かせた。トールは気絶していたが、穏やかな表情なことにアーサーは安堵する。
「ありがとう、エステル。トールを助けてくれて」
アーサーは言った。ほほえんだアーサーの口の端は、ひきつっていた。
「いえいえ、とんでもない。間に合ってよかったです」
エステルはにこっと笑ったが、真剣な表情になると、言った。
「でも、あくまで応急処置です。しばらくは安静にする必要がありますね。キャロル、いますか?」
エステルの呼びかけに、木々の間から一人の少女が出てきた。
「エステル様、どうなさいましたか」
「キャロル、瘴気の被害者です。浄化は私がしておきました。看護をお願いします」
「…エステル」
アーサーの冷たい声が割って入る。アーサーが、キャロルを凍りそうな目で見つめていた。キャロルはびくりと震えた。
「アーサー」
エステルもアーサーを睨む。笑っているのが、怖かった。今度はアーサーが震える。
「大丈夫です。私を信じて下さい」
エステルはにこっとほほえんだ。
「…」
アーサーは一瞬、迷った。
「…わかった。ごめんね、睨んで。トールを、頼みます」
「…お気になさらず。承知いたしました」
キャロルはすっとお辞儀をすると、呪文を唱えてトールを浮かび上がらせ、その場から立ち去った。
「…あの子は?」
キャロルに運ばれていくトールを見送っていたアーサーが、エステルに尋ねた。
「キャロル・ハリエルです。私の部下で、弟子なんです。部下を持てるなんて、落ちこぼれと呼ばれた私も出世したものですね」
エステルはふふ、と楽しそうに笑った。
「トール君は、今私たちがいる街の滞在先に、運んでもらいました。浄化したとはいえ、しばらくは体調も不安ですし」
「ありがとう。…ごめんね、エステルの弟子を疑って」
「いいんですよ。疑うのも、もっともです」
アーサーは安心したように息をついた。そして、おそるおそる尋ねた。
「…ちなみにエステルたちが泊まっているのは、…教会?」
エステルはくすくすと笑った。
「?」
アーサーは首をかしげる。
「ふふ、違いますよ。空いている民家を借りています」
「え?そうなの?」
「はい。私、教会と仲良くないので。おまえなんかを泊める部屋はないって追い出されてしまいました。まったく、やることが大人げないですよね」
「それは、俺が…」
「これはアーサーの件とは関係ないですよ。私と教会の不仲はもとからです。なんせ、落ちこぼれの私でしたからね」
エステルは楽しそうに笑う。そして、笑い声を止めると、不気味な微笑みを浮かべた。
「…これは、私宛の厄介払いなんです」
「…?」
怪訝な顔をするアーサー。
「とにかく、アーサー、あなたに危険な場所ではないですし、ちゃんとトール君も保護できる場所ですよ」
エステルはにこっとほほえむ。
「久々の再会です。少し、話でもしませんか?」
「…うん。そうだね」
アーサーはひきつった笑みを浮かべた。
そんなアーサーを見て、エステルは困ったように笑う。
「ふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。…警戒するのももっともですが」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
決まり悪そうにするアーサー。
エステルは右手をすっと上空にかかげた。
「恩寵あれ」
その言葉とともに、エステルを中心としてふわりと光が広がった。心なしか、息がしやすくなった気がした。
光魔法の結界だった。
「…ありがとう、エステル」
久々に見る結界に懐かしそうな目を向けるアーサー。
「いえ、念のためです。私たちには必要ない気もしますが」
アーサーは聞きにくそうに、口を開いた。
「…エステルが俺にくれた加護って、まだ効いてるのかな」
「ええ、効いていると思いますよ。少なくとも、私は解除していません」
そう言ってほほえむエステル。
それを聞いて、アーサーは驚いたように目を見開き、エステルを見る。
「…どうして?」
「どうして、ですか?」
エステルはきょとんとして小首をかしげた。
「だって、解除する必要がないじゃないですか」
「それは、俺を追跡するのに使えるから?」
「まさか。たしかにそういう使い方ができないわけではないですけど、使い勝手が悪すぎますよ。探索魔法を使う方が早いです」
目を丸くさせながら、エステルはアーサーの言葉を否定する。
「それなら、なんで」
「アーサー、わからないわけではないでしょう?」
エステルはほほえんだ。
「私はあなたに無事でいてほしかったんです」
「…」
何とも言えない顔をするアーサー。
「加護が万能なわけではありません。軽い怪我ならともかく、大怪我は治せないです。回復力を高めたり、瘴気への耐性をつけたり、多少魔物を近寄らせなくする程度です。でも、加護があれば、少しでも無事でいられる可能性は高まるでしょう?」
「そうだけど…」
苦しそうに顔を歪めるアーサー。
そんなアーサーを、エステルは困ったように見つめた。
「まあ、いろいろと言いたいことはありますが…」
「…」
エステルはほほえむ。
「とにかく、またあなたと会えて嬉しいです、アーサー」
アーサーは表情に悲痛さをにじませた。
「…どうして、そんなこと言えるの」
アーサーがぼそりと尋ねた。
「?」
首をかしげるエステル。
「エステルは、俺のことを憎んでないの?」
「どうして、あなたを憎むんですか?」
心からそう思っているようだった。
「…っ、だって、俺は凱旋式を台無しにしたんだよ。エステルたちの晴れ舞台だったのに。その上、俺は自分の望みのためだけに逃げ続けている。君たちへの裏切りも同然だよ…」
アーサーは両手で顔を覆う。指の隙間から垣間見えた瞳は、揺れていた。
「ごめん、エステル。謝って済むことじゃないけど、本当に、ごめんなさい。君たちの大事な場をめちゃくちゃにして。君たちを、裏切って」
切実な声だった。
エステルはふるふると首を横に振る。
「謝らないでください。私たちは誰も、あなたに裏切られたなんて思ってないですよ」
「いいよ、気遣ってくれなくて。俺は自分が最低な人間だってわかってる」
アーサーは嘲けるようにふっと笑みを浮かべた。
「あなたって人は…」
エステルは呆れたような、けれどどこか痛みをこらえるような表情を浮かべた。そしてそのままうつむいた。
「…そうですね。あなたがそう言うのなら、私も正直に思っていることを言いますね」
アーサーの眉がぴくりと動いた。
エステルは顔を上げると、アーサーをまっすぐに見つめた。澄んだ空色の瞳に、アーサーが映る。
「アーサー。私は、あなたに怒っていますよ」
読んでいただきありがとうございます!
面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価、またはブックマークをしていただけると励みになります。
次回更新は8/29です。
次回もよろしくお願いします。




