95. 黒髪の神官 その2
「…!」
衝撃が走る。
トールは、自分の体温がすっと下がったのがわかった。
「…何のことです?」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
女の子がびくりと震える。頬には冷や汗がつたっていた。
「…申し遅れました。私、二級神官キャロル・ハリエルと申します。魔王討伐パーティーの元一員にして一級神官エステル・カルマンの直属の部下にあたります」
キャロルはにっこりと笑う。
「これで、信用いただけますか?」
「エステル・カルマンの…」
――あのエステル・カルマンの部下なのか、この子。
ぞくりとした。
トールはキャロルに鋭い目を向ける。
「…アーサー・ラングレットをどうする気ですか」
「?」
首をかしげるキャロル。
「ともに魔王討伐に赴いた仲とはいえ、今や反逆者と一級神官でしょう。敵対する立場のはず」
しらばっくれようかとも思った。けれども、キャロルはあのエステル・カルマンの部下ときた。アーサーがアーサーだとばれていないはずがない。
「エステル・カルマンの部下であるあなたが、アーサー・ラングレットに味方する理由がない」
「…そうですね」
キャロルはまっすぐにトールを見た。
「私には、アーサー・ラングレットに与する理由はありません。けれど、敵対する理由もありません。エステル様がアーサー様に味方すると決められました。私はそれに従うまでです」
それを聞いて、トールの脳裏にアーサーの言葉が浮かぶ。
『エステルはいい人だよ』
アーサーがいい人だと言うエステルの直属の部下だ。凱旋式のことをキャロルがどれだけ知っているのかはわからないが、きっと、悪いようにはならないだろう。
トールは、自分の顔から表情が抜け落ちていることに気付いた。キャロルのことを、敵を見るかのような目で見ていた。
キャロルの口の端は、わずかにひきつっていた。
――しまった。
「はい。すみません、睨んでしまって…」
トールは申し訳なくなって、深々と頭を下げる。
「…別にかまいませんよ」
おそるおそる頭を上げると、キャロルは少し驚いたような顔でトールを見ていた。
――驚くようなこと、あったかな?
頭をひねるトール。
そんなトールにかまわず、キャロルは言う。
「それで、あなたの質問への答えですが。アーサー様が瘴気にやられていたのかは私はわかりません。少なくとも、あなたよりは全然元気そうでしたよ」
「そうなんですか。なら、よかったです」
ほっと安堵の息をつくトール。
「自分の心配をした方がいいと思いますけどね」
キャロルはあきれたようにはあ、と息を吐いた。
「いや、俺は別に…」
――いや、心配した方がいいのか?
なんせ倒れた原因がわかっていないのだ。少し不安ではあった。
「えっと、アーサーさんは今、どこにいるのか知ってますか?」
話を反らすことにしたトール。
聞いたはいいが、キャロルのことをどこまで信用していいのかはまだわからなかった。少し緊張を覚えた。
「ついさっき、あなたが起きる少し前にこちらに来られましたよ。今はエステル様と一緒にいます」
「…っ、会いに、行きたいです」
食いぎみなトールに、キャロルが少したじろぐ。
「…わかりました。エステル様にももう一度診てもらった方がよいでしょうし、行きましょう」
「ありがとうございます」
トールはベッドから降りる。思ったよりも体が軽くて驚いた。
――光魔法って、すごいなあ。
回復に特化した光魔法は、普通の魔法使いには使えない。光魔法を使えないトールは、ただただ感謝するしかなかった。
トールは部屋から出ようとするキャロルの背中を見る。
「あの」
「なんですか?」
キャロルが振り向いた。
「あなたが、俺を助けてくれたんですか?」
「いいえ。あなたを瘴気から浄化したのは、エステル様です。私ではこんなにきれいに浄化できません」
「エステル様が。…え、でも、ここまで運んだのは…」
「それは私です」
「…っ、ありがとうございます。重かったですよね…」
申し訳ないことをしてしまったとしょげるトール。
「いえ、そんな。光魔法にも運搬魔法はあるので、たいしたことはありません。よくあることですし。お礼を言っていただくほどではないですよ」
気にしてなさそうに言うキャロル。
「それでもです。運んでくれただけじゃなくて、付き添ってくれてましたよね。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるトール。キャロルは、驚いたように目を見開いた。
「…ご丁寧に、どうも」
キャロルはふいっとトールに背を向けると、扉を開けて部屋の外に出る。
「アーサー様はこちらです」
「ありがとうございます」
トールはキャロルに続いて、部屋の外へと出ていった。
読んでいただきありがとうございます!
面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価、またはブックマークをしていただけると励みになります。
次回更新は8/25です。
次回もよろしくお願いします。




