92. 相容れない二人
隣にやってきたヴィンセントが、地面を見つめるレオナルドに話しかける。
「どう思った?」
レオナルドは地面から視線を動かさずに答える。
「甘いですね。てっきり騎士は殺すものだと思っていたので、甘すぎて驚きました。彼らの前では言えませんが」
「まあ、そうだろうな。正直、俺も彼らが生きていることに驚いている」
ヴィンセントはレオナルドを見る。
「何故、殺さなかったと思う?」
「そうですね」
レオナルドはすっと目を細めた。
「確実に、アーサーを止められる存在が彼のそばにいます。アーサーは、敵と認識した奴には容赦しません。が、今回は容赦した。口を封じるのが一番だったのにもかかわらずです。アーサーがこんなことをするのは、彼にとって重要な存在である誰かに気を遣うときだけです」
「なるほどな。…心当たりは?」
「ありませんね。俺があいつに、やりすぎるなと言い含めたことはありますが、まあ、今ではあまり効いていないでしょう。ですが」
レオナルドはにやりと笑う。
「どうやら、誰かといろという言いつけは、守ってくれているようですね」
「どういうことだ?」
「そのままです。トール・エインズ、彼がアーサーにとって重要な存在なのでしょう。トール・エインズが、アーサーの暴走を止めた」
「トール・エインズ、な。ファーガスが言うには、魔物狩り以外はからっきしの元騎士見習いか」
「はい。アーサーとともにいるようになった経緯も、アーサーにとって重要な存在である理由はわかりませんが。もし、エインズがアーサーにとって取るに足らない存在ならば、アーサーはエインズをとっくに殺すか、もしくは自分の身代わりとして騎士に差し出すかしているはずです。間違っても、騎士と対峙した状況で隠れさせたりはしない」
「なるほどな。…それならなおさら、トール・エインズの存在を公にするわけにはいかないな」
「本当に」
「どちらにせよ、こうなったのは誤算だったな。…嬉しい誤算ならいいんだが」
「そうしてみせますよ」
広場の真ん中で立ち尽くす三人を訝しげに見ながら、人々が通り過ぎていく。もっとも、認識阻害魔法をかけているために正体はばれはしないが。
レオナルドはアーサーが去っていったであろう南門の方を見つめる。
それを見たキティが口を開いた。
「追わなくていいんですか?今なら追いつけるでしょうに」
「いや、まだいい。まだ、そのときじゃない」
「そうですか」
キティはそれ以上は進言しなかった。
沈みかけた夕日に照らされ、憂いをおびたレオナルドの青い瞳が幻想的な色に染まっていた。
「たそがれてないで早く行きますよ。本当に日帰りじゃなくなりますよ」
キティが冷めた口調でレオナルドに言う。
「もういっそのこと一泊して帰らないか?今から帰っても王都に着くのは早朝だろ。せっかく出かけたなら寄っておきたいところもあるし」
「だめです。私はともかく、あなたと団長は王都を抜け出して来ているんですよ。一日が限度です。早く帰って溜まった仕事をさばいてください」
「これも仕事なんだが?というか、どうしておまえはともかくなんだ」
「私は副団長の側近であって副団長ではないので。王都に帰ったらパトリックもいますし」
パトリックはレオナルドの側近の一人だ。今回は留守番、という名の置いてけぼりをくらっている。というよりも、日帰り弾丸旅行に行くと言い出せば絶対に止めてくるので、黙って出てきたのだった。
「パトリックが怒るぞ。おまえも側近の仕事をしろよ」
「側近として、上官の代わりに一泊して帰りますね」
「そうじゃない」
いつまでも続きそうな二人のやりとりを、ヴィンセントがさえぎる。
「そろそろいいか?レオ、旅行は今度行かせてやる。今回はさっさと帰るぞ。俺も抜け出したのがばれて王家に睨まれたくない」
ヴィンセントは馬に飛び乗りながら言った。
「言いましたね?行かせてくださいね?」
「魔王討伐で散々旅してたでしょうに…」
念を押すレオナルドに、呆れたように言うキティ。
「ああ、行かせてやるさ。…行かせることになるだろうな」
「そうなるなら本望ですよ」
意味深長な言葉をかわすヴィンセントとレオナルド。
「…?」
意味を理解できなかったキティが首をかしげる。
「さあ、帰るぞ」
レオナルドとキティが馬に乗ったことを確認すると、ヴィンセントは馬を駆った。レオナルドとキティがそれに続く。
「待ってろよ、アーサー」
南の方をちらりと見ると、誰にも聞こえないほどの声で、レオナルドは呟いた。
王都へ駆けていく三人の影が、長く伸びていた。
一方その頃、アーサーとトールは魔王討伐パーティーのメンバーについて話していた。
「他のお二人はどうだったんですか?」
トールが尋ねる。
「どっちもいい人だよ。マルツァーは皮肉屋だったけど、魔法に誇りを持ってて、いつも自分を貫いて、頼りになる人だったな。レオナルドは…」
アーサーの瞳にすっと暗い影が差した。
「どうしようもなく堕ちかけていた俺を、救ってくれた人だよ。いつだって明るくて、自信家で。…最高の親友だったよ。もう、戻れないけどね」
「…」
トールは何も言えなかった。
今や反逆者と、それを追う王国騎士団の副団長だ。どうしたって、相容れない二人だった。
「あはは、もう過去の話だよ。もう、いいんだ」
黙り込んでしまったトールに、アーサーは無理に明るい声で言う。
「そんな…」
諦めてしまったように言うアーサーが、遠く見えた。
実際、アーサーの背中は遠のいていた。
――あれ?なんか、アーサーさん歩くの速くないか?
トールとアーサーの距離がどんどん開いていく。
頑張って追い付こうとはするものの、足取りは重かった。
――違うな。これ、俺が遅いんだ。
なんでだろう、とぼんやりとする頭で考えるトール。
「? トール、どうかした?」
トールが遅れているのに気が付き、アーサーが振り向く。
「あの…」
その瞬間、トールの意識がすっと消えた。
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