9. 助けたい人
トールはポツンと、路地裏に一人立ち尽くしていた。
--えっと、男に魔法薬のありかを案内させてたら、そいつが連れ去られて、それをアーサーさんが追いかけて…。
トールは、頭の中で状況を整理していた。
--あれ、俺、置いてかれた?
顔からサーッと血の気が引く。
トールは、見事にアーサーとはぐれた。
呆然と立ち尽くすトールを、側を通る関わらない方が良さそうな人々が怪訝な目で見る。
そんな見知らぬ町の裏道に取り残されたトールは、内心焦っていた。
--やばい、どうしよう。
深呼吸をするトール。
--一旦落ち着け、俺。
なんとか落ち着こうとするトールだった。
トールは、アーサーらが走り去って行った方向から、何も音が聞こえないことに気づいた。
--アーサーさんなら、すぐに捕まえて戻って来そうなのに。
何も音が聞こえないということはつまり、まだ捕まえられておらず、アーサーらはすでに遠くまで行ってしまったということだろう。
--えっと、こういう時、どうすればいいんだっけ。
トールは騎士団にいた時に教わったことを思い出す。
『はぐれた時は、まずはその場にとどまれ』
元上官の言葉が脳裏によみがえる。
トールはちらっと周りの状況を見渡した。トールをチラチラと見る視線が痛かった。あまり、長居しない方が良さそうだった。
--他にはなんて言われたっけ。
その場から離れながら、考えた。
『その場にとどまらない方が適切なこともある。その時は、あらかじめ決めていた集合場所に行くように』
--集合場所、決めてないなあ。
トールは困った。とりあえず、入ってきた裏道の入り口まで戻ってみた。
大通りは、賑わっていた。楽しそうに歩く人、せわしなく歩いて行く人、様々だった。
トールはあることに気づいた。
--アーサーさん、大通りには近づかないんじゃ…。
いくらトールがマントを貸していて顔が見えずらいとはいえ、お尋ね者であるアーサーが人通りの多いところにわざわざ行きたがるとは思えなかった。
--もしかして、詰んだ…?
ちょっとした絶望感がトールに襲いかかる。
トールの視界の端で、通りの掲示板にアーサーの手配書が貼られているのが見えた。風に揺られ、紙の端がぺらぺらとなびいていた。
トールの眉間にしわが寄る。
ふと、トールの頭の中にある疑問がわいてきた。
--アーサーさん、どうして反逆者になったんだろう?
英雄アーサー・ラングレットが反逆者になって一年。一度も考えたことのない疑問だった。
英雄アーサー・ラングレットが宮廷での凱旋式の時、国王に危害を加え、騎士団をなぎ倒して逃走したことはもはや周知の事実だ。しかし、知られているのはそれだけだった。なぜ、アーサーが反逆したのかは明かされていなかった。
英雄が反逆し逃亡したという事実の衝撃の大きさの前に、反逆の理由が注目されることはなかった。もしかすると、注目されないように仕向けられていたのかもしれない。
『…探し物、してて』
トールは、初めて会った日のアーサーの言葉を思い出す。
この言葉に、反逆の理由が隠されているように思えた。
--とりあえず、アーサーさんと合流しなきゃ。
答えの出ない疑問は置いておいて、トールはアーサーと合流することの方を考えた。
--アーサーさんが見つけやすい場所にいた方がいいよね。
もはや自分でアーサーを探すことは諦めたトールだった。
探そうにも、探しようがなかった。
トールは、入ってきた裏道の入り口の建物の壁に寄りかかった。ここくらいしか、いい場所が思い付かなかった。
--アーサーさん、大丈夫かな。
トールは、もう一つ元上官に言われたことを思い出した。
『合流できない時は、相手が危ない状況にある場合もある。場合によっては、助けに行くことを考えた方が良い』
--アーサーさんに限って、それはないかな。
ははは、と一人笑うトール。
しかし、なんとも言えない不安が頭をもたげた。
今まで、魔物にしろ人にしろ、トールは敵を一瞬で倒すアーサーしか見てこなかった。そんなアーサーがちっとも戻って来ない。その事実がトールを不安にさせた。
もっとも、アーサーがトールを見捨てた可能性もあるのだが。
トールは、動こうか迷った。
--でも、俺が行っても助けになるとは思えないんだよな…。
ぐっと唇を噛み締める。
アーサーが危機的状況にあるならば、アーサーよりはるかに弱いトールがなんとかできる状況ではないだろう。
トールはふるふると頭を振り、自分の頬を両手で叩いた。じんじんと頬に痛みが走る。
--アーサーさんが困ってるかもしれないなら、行かなきゃ。
きっ、と覚悟を決めた目をすると、トールは通りを走り出した。
--たぶん、この辺だよな…。
トールは表通りの方から、アーサーらが走り去って行った方向へと向かって行った。
アーサーらがかけ上って行った建物は、表通りから見ると子洒落たきれいな店舗だった。「クールノー商会メルベック支店」の看板がかかっている。トールでも知っている、有名な商会の店舗の一つだった。平民の上流層や下流貴族らしき人々が出入りしていた。ショーウィンドウからは、色とりどりの液体が入ったきれいなビンが並んでいるのが見えた。
--ここは、違うか。
キラキラと輝く雰囲気に眩しそうにしながら思った。
アーサーが捕まえているにしろ捕まっているにしろ、もっと裏道の目立たないところにいそうだった。
--裏道、入るかあ。
また薄暗く視線が刺さる裏道に行くのは気が重かったが、アーサーのためならと行こうとするトール。
トールが裏道に入ろうとすると、店の前に馬車が止まった。貴族が乗るような、高そうな馬車だった。
店から店員が出てきて、馬車の中から降りる人物をペコペコしながら出迎える。
「出迎え、ご苦労」
馬車から出てきた人物は、態度が偉そうな中年の男性だった。
「お待ちしておりました、ロベルト支店長」
店員らが頭を下げる。
あの人支店長なのか、と思いながら、トールはその様子を見ていた。
「お客様はもうお見えになっています」
「そうか。いやはや、領主の仕事が長引いてね。まったく、農民とは困ったものよ」
嫌な笑みを浮かべながら、支店長が言う。
--ん、領主?
トールは何かが引っかかった。
「お客様は丁重にもてなしているだろうね」
「抜かりなく」
店員の答えを聞いて満足そうに笑うと、急がねば、と支店長は店の中に入って行った。
トールの頭の中に、マックの言葉が思い出された。
『で、後任の領主がやって来て、それが今の領主。ロベルト・ダナウェンって言うんだけど』
トールははっとする。
--この支店長って、マックさんの村の領主か…!
たしかに、嫌な人な感じがした。
ロベルトらが店の中に入って行くと、馬車は走り去って行った。
トールは、なんだかロベルトが気になった。
魔法薬がまかれた村の領主で、ホーンラビットへの対策をしようとしない。商会の支店長で、闇ルートから魔法薬が手に入れやすい。そして、支店長が急いで向かうようなお客様。
トールの頭の中を、ぐるぐると今まで聞いた情報がまわる。
--ただの憶測にすぎない。すぎないけれど。
なんだか嫌な予感がした。
なぜ、アーサーにやられた男は、仲間とおぼしき人物にこの店舗の裏で連れ去られたのか?
なぜ、領主はホーンラビットへの対策をしないのか?
なぜ、ホーンラビットの巣に魔法薬がまかれたか?
なぜ、アーサーは戻って来ないのか?
その答えが、この店の中にあるような気がした。
--勘違いかもしれないけど。
ごくりと息をのむ。
トールは、きらびやかに輝く建物を見上げた。
きれいというよりもむしろ、トールにはギラギラとしていて不気味に思えた。




