89. 日帰り弾丸旅行
アーサーとトールが森へ逃げ込んでいた頃。
「…こんなものか?」
一人の騎士がふう、と息をつきながら言った。
北門の前には、魔物の山ができていた。小規模だったとはいえ、魔物暴走なだけあって量は多かった。
突然の魔物暴走に見舞われた北門では、やっと騎士団が討伐を終えたところだった。
「まったく、なんで魔物暴走なんか起きたんだか…」
「本当にな。まあ、なんとかおさめられてよかったよ」
「この魔物の処理が残ってるけどな…」
「そうだな…」
騎士たちは魔物の山を見て、げんなりとする。
そんな北門に向かって、街道を馬で駆けてくる三人組がいた。
輝く金髪と自信に満ちた青い瞳が印象的な端正な顔立ちの青年と、腰まで伸びた長い亜麻色の髪を一つにまとめた若い女性、そして暗灰色の髪に威厳のある黒い瞳の壮健な男。
目立ちそうでいまいち目立っていない三人組は、騎士たちの前で止まる。
「おう、おつかれ。大変そうだな」
先頭を進んでいた男が馬上から声をかけた。
「もう北門は復活か?」
「…?何者だ?」
騎士たちは眉をひそめる。どこかで見たような顔だったが、いまいち思い出せなかった。
「ああ、魔法を使ってたんだ。忘れてた」
騎士に声をかけた男は、思い出したように言う。
「いやあ、相変わらずすごいな、この魔法。全然わかってもらえないじゃないか」
その男は隣の金髪の青年に言った。
「はは、でしょう?お忍びにはもってこいの魔法ですよ」
「だな。魔法って便利だな」
「本当に」
はっはっはと声を上げて笑う二人を、騎士たちは呆気に取られながら見つめる。
「いや、笑ってないで早く魔法解いてくださいよ。話が進まないじゃないですか」
三人組唯一の女性が、のんきに笑っている二人にうろんな視線を向けながら言う。
「ああ、悪い」
金髪の青年はそう言うと、口の中で何かを呟く。
すると、三人組のまとう雰囲気ががらりと変わった。
ぎょっとする騎士たち。
「へっ…?騎士団長!?…と、副団長!?」
「おう、お勤めご苦労」
そこにいたのは、ウィシュタル王国騎士団長ヴィンセント・ライアンと、副団長レオナルド・セルジュ・ウィルバウナーその人だった。
「え…、どうして、ここに…?というか、さっきまでのは…?」
騎士たちは困惑を隠しきれずに尋ねる。
「認識阻害魔法だ。俺たちだってわからなかっただろう?」
レオナルドはいたずらっ子のように、にやりと笑った。
「それはもう、全然…」
騎士たちは何故ここに、という視線を向ける。
そんな騎士たちを見て、女性が口を開く。
「あなたたちの気持ちもわかりますよ。騎士団長と副団長がどうして仲良く馬に乗ってるんだってかんじですよね」
「そんなこと言うなよ、キティ。おまえも仲良く馬に乗ってきたじゃないか」
レオナルドが言うのを聞いて、キティはわかってないなと言いたげな目線をレオナルドに向ける。
「それは私の上官がいきなり日帰り弾丸旅行に行くって言い出すせいですよ」
「だそうですよ、上官」
ヴィンセントに責任転嫁するレオナルド。
「俺のせいにするなよ、おまえの部下だろ」
「俺だってあなたの部下ですよ」
「いや、もういいですから。早く行きましょうよ。日帰りじゃなくなっちゃいますよ」
「それもそうだな」
キティの苦言にうんうんとうなずくレオナルドとヴィンセント。
「えっと…、何が…?」
おずおずと騎士が尋ねる。
「いやあ、ちょっとあってな。日帰り弾丸旅行だ」
ヴィンセントはにやりと笑った。
「そうですか…」
「後で魔物暴走の報告を上げておけ。ひとまずご苦労だった」
いきなり威厳のある声で、ヴィンセントが言った。騎士たちの背筋が伸びる。
「はっ、ありがとうございます!」
敬礼する騎士たちの横を通り過ぎ、三人は街の中へと入って行った。
「いや、何しに来たんだ、あの方たち…?」
はっとして、騎士が呟く。
「というか、日帰りって言ったか?王都から?」
「馬を換えながら飛ばしたって、無理じゃないか?」
「そうだよな?」
騎士らは頭をひねりながら、三人を見送った。
「…」
部屋の中は、重苦しい空気に包まれていた。
「…まずは、ご苦労だった。諸君らの働きに感謝する」
「…ありがとうございます」
ヴィンセントの言葉に、騎士らが頭を下げる。
そこは、教会の一室だった。
並べられたベッドの上には、アーサーにやられた騎士たちが寝かされていた。ヴィンセントはベッドの前に椅子を置き、神妙な面持ちで座っていた。ヴィンセントの後ろには、レオナルドとキティが控えていた。
突然やって来た王国騎士団長と副団長に困惑しつつ、騎士たちは緊張を抱えてその場にいた。しかもレオナルドが部屋に防音魔法をかけているときた。ただごとではなかったが、騎士たちには思いあたる節があった。
「怪我の方はどうなんだ」
ヴィンセントの問いに、部隊長が答える。
「…結論から申しますと、最悪です。全員、手足の腱を切られました。目や肩、腹をやられた者もいます。神官が魔物暴走の対応にあたっていたこともあり、十分な治療を受けられず…。我々はもう、まともに戦うことはできません。騎士としては、終わりです…っ」
部隊長は声をつまらせた。肩が震えていた。
「そうか…」
ヴィンセントは目を伏せた。
「…」
後ろに控えるレオナルドとキティも、つらそうに眉をしかめていた。
「…一人、無事な者がいるようですが」
レオナルドは横目でちらりと一人の騎士を見ながら言う。
全員がその騎士の方を見た。
その騎士は緊張しつつも、しっかりとレオナルドの方を見返す。
「彼だけは、神官になんとか治療していただきました。全員は治せない。それならば、まだ若く優秀な彼だけでも、治せないものかと…」
隊長が説明した。
「妥当だな。賢明な判断だ。その判断をするには、大きな困難が伴っただろう。よくぞ、その判断にたどり着いた」
ヴィンセントがほほえむ。
「…っ、ありがとうございます…!」
隊長の声が震えた。
ヴィンセントは若い騎士に視線を向ける。
「おまえは特例時代の首席だな」
「はい。エヴァン・ファーガスと申します」
「怪我の具合は」
「利き手の右手はなんとか動かせるようになりました。左手は使い物になりません。足の方は、歩ける程度には…」
エヴァンは悔しそうにぐっと拳を握りしめながら言った。
「…そうか。利き手だけでも動かせるようになってよかった」
「…はい」
エヴァンはうつむいた。
ヴィンセントは隊長に顔を向ける。
「それで、一体何が起きたんだ。俺たちは概要しか知らん。詳細を報告しろ」
「はい。北門で魔物暴走が起き、一部が街内に侵入しました。その知らせを受けて現場に駆けつけたところ、魔物を倒している二人組がいたんです。我々に気付くと、制止も聞かずにその場から逃げ出してしまいまして」
「ほお」
「放っておくわけにはいきませんので。北門で通行記録を取らなかったこともあり、南門前の広場で検問を行っていた時のことです。ファーガスが、広場の細い路地に隠れたアーサー・ラングレットに気が付きました」
隊長は言葉を切る。
「…我々は反逆者に、従うよう命じました。が、聞き入れられず。拘束しようとした際、奴に一人が人質に取られました。そして奴は、交渉を持ちかけてきたんです。あの日一日だけ、奴らを見逃せと」
「へえ」
レオナルドが面白そうに口角を上げた。
「当然、聞き入れられるはずがありません。目の前に、反逆者がいるのですから。我々は奴の制圧に乗り出したのですが…」
「結果がこれ、というわけか」
ヴィンセントは手足を使い物にならなくさせられた騎士たちを見て言う。
「申し訳ありません」
ヴィンセントに、隊長が頭を下げる。それを見て、他の騎士たちもあわてて頭を下げた。
「全員で捕縛にあたったのか?」
「…はい」
「なぜ、応援を呼ばなかった?凱旋式のことは知っているだろう」
「あのときは捕縛にしか頭になく…。大変申し訳ありません」
深々と頭を下げる隊長に、ヴィンセントは軽くため息をつく。
「過ぎたことは仕方ない。それで、なぜ逃がすことになった?門番はどうした?」
「我々が広場で倒れているという知らせを受け、門番も全員こちらに来てしまい…」
「…そうか」
ヴィンセントは頭を抱えた。騎士たちは申し訳なさそうに縮こまるしかなかった。
エヴァンがすっと手を上げた。
「どうした」
レオナルドが尋ねる。
「発言の許可を」
レオナルドはヴィンセントをちらりと見る。ヴィンセントは軽くうなずいた。それを見て、レオナルドはエヴァンに許可を出す。
「許そう」
「ありがとうございます。隊長、その知らせを持ってきた人物の特徴は、お聞きですか」
「特徴か?茶髪茶眼で、よくいる平凡な少年だったそうだが」
「俺と同じくらいの年ですか」
「そうだな」
隊長はエヴァンの質問の意図がつかめず、不思議そうな顔をしながら答えた。
隊長の答えを聞き、エヴァンは顔をしかめる。
「何かあるのか」
「はい。俺は、その人物が誰かわかります」
「…!」
場に驚きが走る。
「一体誰なんだ、それは」
隊長が尋ねる。
エヴァンはきっぱりと答えた。
「トール・エインズです」
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