88. 王家の誤算 その3
「…っ」
レオナルドは地面に叩き付けられた状態のまま、苦しそうに顔を歪めた。地面に叩き付けられる直前、魔法を展開して衝撃を緩和してはいたが、マルツァーの魔法の威力を消せるわけがなかった。レオナルドの息が荒くなる。
「レオナルド!すまない…っ!君は下がっていてくれ」
マルツァーはレオナルドのもとへ急降下すると、エステルのもとへ彼を運んだ。
レオナルドは大丈夫だとでも言うように笑って見せたが、その笑顔はひきつっていた。重症だった。
「レオナルド…!」
エステルがレオナルドに駆け寄る。
「すまない、エステル、レオナルドを頼む」
しっかりとうなずくエステル。マルツァーは再びドラゴンの方へと向かったが、その瞳は動揺で揺れていた。
ぽん、とマルツァーの肩をアーサーが叩く。
「マルツァー、落ち着いて。こいつを倒せば何も問題ないから」
そう言ったアーサーの顔にも、焦りがにじんでいた。
アーサーの言葉にはっとするマルツァー。
幸い、ドラゴンはマルツァーの魔法でダメージをくらい、その場から動けなくなっていた。
二人はドラゴンへと向かっていった。
のだったが。
結果は見るに明らかだった。ドラゴンにさらにダメージを加えることはできたが、それまでだった。アーサーとマルツァーは、地面に倒れて動かなかった。
その光景を前に、エステルは固まっていた。
――嘘でしょう。
目の前の光景が信じられなかった。今まで、やすやすと魔物を倒してきた三人が、こうも無惨にやられてしまうとは。
ドラゴンがエステルの方を向く。エステルとドラゴンの目が合った。
ぞわりと背筋に悪寒が走り、震え上がるエステル。さっと血の気が引く。体がガタガタと恐怖で震え出した。
――一体、どうすれば…。
ドラゴンがエステルの方へ向かってこようとする。
――やめて、来ないで。
向きを変えようとしたドラゴンの尾が倒れたマルツァーに当たり、マルツァーが地面を転がされる。
それを見て、エステルの中で何かがすっと引くのがわかった。
エステルから表情が消えた。
エステルはじっとドラゴンを見つめた。エステルのただならぬ様子に、ドラゴンはビクリとして動きを止める。
「我らが母と精霊とエステル・カルマンの名において―」
エステルが詠唱を始める。
「汝、制裁あれ」
カッと空が光り、一筋の光がドラゴンを貫いた。
ドラゴンの断末魔が響き渡る。
「エス…テル…?」
アーサーとマルツァー、レオナルドは朦朧とする意識の中で、エステルが光魔法を使うのを見た。
エステルの空色の瞳は、女神の恩寵で輝いていた。
「汝、悔い改めよ」
エステルが唱えると、ドラゴンの体が光で包まれた。ドラゴンの目が閉じられ、ドラゴンは動かなくなった。
エステルは息を上げたまま、それを見ていた。
が、エステルははっと倒れている三人に気づくと、両手を合わせて握り、詠唱する。
「我らが母と精霊とエステル・カルマンの名において、汝、救済あれ」
アーサーとマルツァー、レオナルドが光に包まれた。三人の傷は、みるみるうちに治されていった。三人は、その鮮やかさに目を丸くする。
「…すごいな」
レオナルドが体を起こし、手を握ったり開いたりしながら呟いた。アーサーとマルツァーも、体を起こす。三人は、完全に回復されていた。
「ああ、みなさん…!ご無事で良かったです…!」
エステルが、今にも泣きそうな顔で嬉しそうに言った。
「我らが母なる女神とその使いなる精霊よ、我が願いを聞き遂げていただいたことに感謝いたします」
エステルは両手を握り合わせ、空に向かって感謝の言葉を述べた。
その姿を見て、エステルはまがうことなく神官なのだと、三人は心の底から実感した。
「エステル、ありがとう。…君がいなければ、僕たちは死んでいた」
マルツァーがエステルにお礼を言う。心からの言葉だった。
「いえいえ、そんな…っ。私は、やっと私の仕事ができただけですし…」
ぶんぶんと首を横に振るエステル。
「いや、マルツァーの言う通りだ。エステルの助けがなければ、どうなっていたか想像もしたくないな。本当に、ありがとう」
「うん。本当に助かったよ。ありがとう、エステル」
レオナルドとアーサーが続けてお礼を言う。
エステルはそれを聞いて、瞳にぶわっと涙を浮かべた。
「…私、お役に立てたんでしょうか?」
「ああ、役にしか立ってないぞ!」
レオナルドがにかっと笑う。
「私、ずっと落ちこぼれで…。こんなすごい方々と一緒に魔王を討伐するだなんて、全く自信がなくて…。それでも、少しでもお役に立てたみたいで、嬉しいです。私、これからも頑張ります」
目にあふれんばかりの涙を浮かべて、エステルは笑った。
「…とまあ、こんなかんじで、エステルが覚醒していなかったらみんなで全滅してたってわけ」
あの時は危なかったなあ、と笑うアーサー。
トールは、情報量の多さに呆けていた。光魔法の無二の使い手である神官エステル・カルマンの過去に、こんなことがあったとは。話だけでも、エステルの光魔法のすごさがひしひしとトールに伝わってきた。
「あれ以降、エステルの光魔法がすごく上達してね。俺たちに女神の加護を与えてくれたのも、エステルなんだよ。女神の加護とエステルの助けがなかったら、俺たちは魔王はおろかそのだいぶ手前で全滅して、王家の思惑通りになっていただろうね」
アーサーは遠い目をして言った。
「エステルさんって、本当にすごい人なんですね」
「そうだよ。だからこそ、彼女は王家の大きな誤算だった」
「なるほど…」
王都にいる時は、エステル・カルマンが王家にとって悪い意味での誤算であるような話は聞かなかったのだが。
トールの耳に入らなかっただけなのか、もしくはアーサーの反逆の衝撃に隠されていただけなのかもしれない。
「エステルはいい人だよ。本当に。エステルだっていろいろあったのに、とばっちりにもかかわらず俺たちを助けてくれたんだから」
――感謝、してるんだなあ。
トールはアーサーの横顔を見て、しみじみとそう感じた。
ふと、トールは思ったことを口にする。
「というか、アーサーさんでもドラゴンにやられたことってあったんですね」
それを聞いて、アーサーは楽しそうに笑った。
「あはは、そりゃね。あの頃はまだ、今より全然弱かったもん」
「なんか、想像できないです…」
トールにとっては、アーサーは常識はずれに最強な人物だった。
「そう?」
こてん、と首をかしげるアーサー。
「他の三人もみんな、今の方が強いと思うよ。いろんな意味で。やっぱり、実戦を経験するとしないとじゃ違うから」
「それは、わかります」
練習と実戦は違う。緊張感も、相手の動きも、自分の動き方も。
「そもそも、あの時のドラゴンは大きかったし。この前のドラゴンは、そんなに大きくなかったんだよ」
「え、そうだったんですか?」
十分大きく見えたのだが。
「うん。まあ、今、あの時くらい大きいのがいたら困るんだけどね」
「それはそうなんですけど。あの大きさをアーサーさんが一人で倒したのも驚きですけど、それ以上のものをたった四人で倒したのも信じられないです…」
「あはは、一人じゃないよ。トールもいた」
「いはしましたけど…」
「相変わらずだなあ」
納得のいかない顔をしているトールを見て、ケラケラと笑うアーサー。
「あの時は、三人がすごく優秀な人たちだったから。俺はそれにぶら下がってただけ」
「…」
――そんなことないと思うんだけど。
他の三人に出会ったことがないから、そう思うのだろうか。
アーサーはたまに、自分の実力を卑下するところがある。アーサーほどの実力者ならば力を鼻にかけてもおかしくないのに、なぜそうするのか、トールにはわからないままだった。
「みんな今頃、どうしているのかなあ」
アーサーは懐かしむように呟いた。
その瞳には、もう手の届くことのないものに対する、寂しげな色が浮かんでいた。
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