87. 王家の誤算 その2
「本当にごめんなさい…。私、皆さんの足を引っ張ることになると思います…」
魔王討伐パーティーの出発直後、よどんだ空気をまとって暗い声を出したのは、神官のエステル・カルマンだった。
彼女の前を歩いていた剣士、レオナルド・セルジュ・ウィルバウナーが振り向いて、明るく言った。
「何を言ってるんだ。貴女は、貴重な光魔法の使い手じゃないか。貴女がいなければ俺たちは回復もまともにできないんだ。足を引っ張るわけないだろう?」
レオナルドがにかっと笑う。まぶしい笑顔だった。
「ですが、みなさん、私が落ちこぼれなことはご存知でしょう…?出発直後にこんなことを言うのもですが、私、まともに光魔法を使えないんです。だから、早く別の方に代わった方が…」
「まあ、決まったことはしょうがないからな。たとえ今は使えなくても、きっとそのうち使えるようになるさ」
エステルの提案をさえぎったレオナルドのポジティブな言葉に、困りきるエステル。
「…脳筋」
マルツァーがぼそっと呟く。レオナルドには聞こえなかったようだ。
「まあ、一度やってみないことにはわからないじゃないか。やってみてだめだったら、その時考えればいい」
マルツァーがエステルに言った。
「だめだとわかってからでは遅いのでは…」
エステルが至極真っ当な懸念を口にする。
それを聞いたマルツァーが、ぴくりと眉を動かした。
「…もしかしてだけれど、君、僕が神官の助けを必要にすることになるとでも思ってるのか?」
不機嫌そうな声だった。それに震え上がるエステル。
「いえっ、全然、そんなことありません!」
エステルは慌てて否定した。
「ならいいじゃないか。君の心配は杞憂だ。もっとも、そこの平民君がどうかは知らないけどね」
マルツァーの矛先がアーサーに向いた。
「うーん、どうなんだろうね。まあ、なるべく怪我しないように頑張るよ。怪我すると痛いし」
にこにこと答えるアーサー。
「なんだか、すみません…」
エステルはしゅんとした。
「まあまあ、そんなに暗くなるな!まだ始まったばかりだし、明るくいこうじゃないか」
場の空気とは正反対の調子で、レオナルドが言った。
その後、何回か魔物との小競り合いがあった。
マルツァーの宣言通り、三人はエステルに治療してもらわなければいけない事態には陥らなかった。そのため、エステルは怪我をした一般の人々への治療のみで済んでいたのだが。
「…なあ、やっぱり、エステルが落ちこぼれなのって本当なんじゃないか」
エステルが人々の治療をしているところを遠目に見ながら、マルツァーがアーサーに話しかけた。
レオナルドは、エステルのそばについていた。
アーサーは隣に立つマルツァーを見る。
「君は、ただの平民とは済ませられないくらい強いだろう。レオナルドにすら並ぶかもしれない。けれど、エステルは、見ている限りそこまで優秀なわけじゃない」
マルツァーの視線の先では、エステルがわたわたとしながら治療を行っていた。
「…マルツァーは、神官の助けがいらないんじゃなかったっけ?」
「…覚えていたのか。実際、そうだと思ってたし、そう思っている。けれど、ここから先はわからない。この先は、魔王の手が既に伸びている前線だろう。今まで通りいくとは限らない。もし仮に、僕らが重症を負った時に、彼女は対応できるんだろうか」
マルツァーは少し眉をひそめた。
「珍しいね、君がそんなこと言うなんて」
「…こんなこと、言いたくないさ。けれど、冷静に現状を見るべきだ。僕は、天才と称されてきたし、最年少で宮廷魔法使いになった。それなりのプライドも実力への自信も持っている。だが、それはあくまで普通の魔法使いとしてだ。…僕は、どうあがいても、光魔法は使えない」
マルツァーは悔しそうに唇を噛んだ。
魔法を使えることと光魔法を使えることは、大きく異なる。光魔法を使える者は魔法を使えず、魔法を使える者は光魔法を使えない。
アーサーは黙ってマルツァーが続けるのを聞いていた。
「…僕は、精霊に気に入られた。けれど、愛されはしなかった。僕がいくら頑張ろうと、エステルの代わりは務まらない」
マルツァーの言葉の端々からは、エステルに負担をかけないようにしたいのであろうことが読み取れた。光魔法に自信のないエステルを気遣って、彼女が光魔法を使わないで済むようにしたいのだと。神官を交代させようという発想に至らないのが、その証拠だった。
アーサーはそんなマルツァーにほほえむ。
「きっと大丈夫だよ。俺もレオナルドも弱くはないし。それに、君はやられないんでしょ?」
「…そうだな」
アーサーの言葉に、マルツァーがほほえんだ。
しかし、マルツァーの懸念は現実のものとなった。
運の悪いことに、前線に入ってすぐに出くわした魔物が、上位のドラゴンだったのだ。
レオナルドとマルツァーがドラゴンへと向かい、アーサーはエステルの護衛をしていた。魔法を使えず空を飛べないアーサーは、対ドラゴン戦では飛んでいるドラゴン相手には無力だった。
空中で、レオナルドとマルツァーは苦戦していた。
なんと言っても上位の魔物であるドラゴンだ。しかも魔王が復活していて、さらに強くなっているときている。普段でさえ騎士団の大隊が実力ある魔法使いとともに出動するほどのドラゴン相手に、たかが二人で与えられるダメージは限られていた。
レオナルドの剣もマルツァーの攻撃魔法もなかなかドラゴンへの決定打にならなかった。ドラゴンの大きな図体と口から吹く炎が、二人を苦戦させる。
「マルツァー!こいつ、なんとか地上に落とせないか!アーサーもいないと無理だ」
レオナルドがマルツァーに向かって叫んだ。
「それができたら苦労しないよ!」
マルツァーが叫び返す。
「…でも、そうしないと無理だ。空だと不利すぎる。ちょっと待ってくれ」
「了解!」
マルツァーは上空へぐん、と上がり、ドラゴンの上に位置取った。マルツァーの視界の下では、レオナルドがドラゴンを引き付けていた。
「アーサー!こいつを落とす!気を付けろ!」
マルツァーがドラゴンの上に上がったことを確認すると、レオナルドはアーサーに向かって叫んだ。
アーサーがわかったというように、両手で大きく丸を作った。
「"ライトニング"」
マルツァーは杖の先端をドラゴンに向け、呪文を唱える。杖の先端にバチバチと音を立てて青白い光が球体を形成する。
「"三重展開"」
マルツァーの呪文とともに、杖の先端からものすごい威力で稲妻が発射された。
凄まじい速さでドラゴンの背に当たると、耳をつんざくような咆哮とともにドラゴンは地上へと落とされた。
ここで、予期しなかったことが起きた。
「え」
落下する時、ドラゴンが爪にレオナルドを引っかけていた。レオナルドは、ドラゴンと同じ威力で墜落し、地面に叩き付けられた。
三人の顔には、動揺と焦りが浮かぶ。
「レオナルド!!」
三人は思わず叫んだ。
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