80. 鉢合わせ
「アーサー・ラングレットだって?」
周りの騎士が驚いたように聞き返す。
「はい。あの細い路地にいる二人組の手前の奴です。奥の奴は何者かわかりませんが…」
「…たしかに本物っぽいな。よく気付いたな、お前」
「俺は特例時代の首席ですよ?なめてもらっちゃ困ります」
騎士たちは剣の柄に手をかけていた。
――完全に、気付かれた。
焦りがつのる。
トールはアーサーをちらりと見た。アーサーは何か考えているのか、思案顔だった。焦りを見せるでもなく、ひたすらに冷静なのがかえって不気味だった。
ふと、トールはアーサーの言葉を思い出した。
『万一騎士と鉢合わせたら、トール、俺は、騎士を殺すよ』
――さっそく鉢合わせちゃったじゃないか…!
どくどくと心臓が打つ音が聞こえた。
――アーサーさん、騎士を殺すのかな。
アーサーの表情からは何も読み取れなかった。しかし、そのことが逆に、騎士を殺すのではないかという疑念をより確信に近いものにした。
――というか、俺、まだどうするか決められてない。
万一騎士と遭遇したらどうするのか、考える間もなく遭遇してしまった。
何に対してなのかわからない緊張と焦りがトールを襲う。
ふう、とアーサーが息をついた。
「完全に、ばれてるね。…トール、このまま逃げ切れると思う?」
「…厳しいと、思います」
――不可能だ。
厳しい、とは言ったが、本心では不可能だと思っていた。強硬手段を取らない限りは。
「そうだよね。…うん、ここでなんとかするしかないか」
トールはびっくりした。アーサーの声は、思った以上に穏やかだった。まるで、取るに足らない魔物でも狩りに行くかのように。
「一体、何を…」
声が震えた。
アーサーはにこっと笑うと、トールに言った。
「君はここにいて。顔を見せないようにして。…絶対、出て来ないで」
優しく諭しているような口調なのに、どこか圧のある笑みだった。
逆らえず、トールは神妙な面持ちでうなずいた。
「…わかりました」
「おい、そこの二人組、出て来るんだ」
その時、騎士の鋭い声が響いた。
「ありがとう。…ちょっと、行ってくるね」
アーサーはほほえむと、踵を返して広場へと向かっていく。
「あ…」
トールは思わず手を伸ばした。が、アーサーのマントのすそをつかむことはできなかった。手は届いたのだが、指が動かなかった。
なぜだか、止めなければいけない気がした。行かせてはいけないように思った。
それが何故かはわからなかった。
しかし、止めることはできず、トールはアーサーの後ろ姿を見送るしかなかった。
アーサーが路地から出て、騎士たちのいる広場の中心へと向かって行く。騎士たちはアーサーに剣先を向け、緊張した面持ちで迎えていた。
広場の空気は、これ以上ないくらいに張り詰めていた。
隊長とおぼしき人物が、口を開く。
「…もう一人はどうした」
「お前らの目的は俺一人なんでしょ。俺だけでよくない?」
「口答えするな!」
アーサーに初めに気付いた若い騎士が、怒りをにじませながら怒鳴る。
――ん?
トールは眉をひそめる。
――あの声、どこかで聞いたことある。どこでだっけ。
トールはアーサーの言いつけを守り、フードを深くかぶって顔を見せないようにしながら、路地から広場の様子をうかがっていた。
アーサーの真正面に立つ若い騎士の顔は、トールからは見えなかった。
若い騎士は他の騎士にたしなめられていた。
「まあ、いいだろう。…剣を地面に置け」
「…」
アーサーは無言で、地面に長剣を置いた。カタン、と軽い音がした。
――アーサーさんの長剣が。
まだ短剣を忍ばせているとはいえ、長剣を手放させられたのは痛かった。
「マントを脱げ。そして名を名乗れ。お前は、何者だ」
「…もう、わかってるんでしょ?それ、必要ある?」
「指示に従え」
「それは義務?それとも任意?」
煽るように言うアーサー。明らかに、騎士たちは苛ついていた。
「義務だ。命令している」
「へえ。従わなかったら?」
「それこそわかっているだろう。…こちらも、強硬手段に出る」
「そっか」
アーサーがすっと目を細めたのが、見えずともわかった。
アーサーのまとう雰囲気が変わった。
冷たい殺気に、騎士たちがたじろぐ。あからさまに恐怖を浮かべている騎士もいた。
「別に、強硬手段に出られたってかまわないんだけどね。たぶん、俺、勝てるし」
――それは、そう思う。
なんせ、精鋭の騎士がたくさん集まる凱旋式で大暴れした張本人だ。
「…街に出た魔物を倒していたのは、お前か?」
「うーん、そうだね、そういうことにしとこうか」
アーサーはこてん、と首を傾ける。
質問をしていた騎士が、少し困惑したように見えた。
「…もう一度問おう。お前は、何者だ」
「さあ?何者なんだろうね」
「これが最後だ。答えろ。さもなくば、お前を拘束する」
「…」
アーサーは答えなかった。
場に緊張が走った。
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