8. メルベック
男は、魔法薬の入手先は近くの街のメルベックだと言った。使った理由については、頑として口を割ろうとしなかった。
「そう。じゃあとりあえず、そこに連れてってもらおうかな」
元を叩かないと解決しないもんね、とアーサーは言って男の腕と肩を止血すると、男の懐から何かを取り出し、トールにほうった。
トールは反射的に受けとると、それは杖だった。高そうな杖だった。
「杖?」
「うん。トール君、持っててくれない?こいつに持たせておくのもあれだし、俺持ってても仕方ないからさ」
アーサーが淡々として言う。
「俺、魔法、使えないんだ」
「あ…」
--そういえば。
トールは驚くべきことを思い出した。
英雄アーサー・ラングレットは、魔法が使えない。
それでいて、剣の腕だけでのし上がったのだ。剣豪レオナルド・セルジュ・ウィルバウナーは、魔法を使える。そんな彼と同等ないしそれ以上に渡り合えるのが、魔法の使えないアーサー・ラングレットだった。
--なんでそれでさっきの魔法をよけれたんだ…?
アーサーの強さについて、トールは考えるのが無駄な気がしてきた。
「あ、でも、トール君も使えなかったら意味ないよね」
あはは、と笑うアーサー。
「あ、俺、一応使えます」
おそるおそる答えるトール。
「ほんと?」
アーサーはそれを聞いて嬉しそうにした。
「いや、でも、ほんとに一応で…。生活魔法くらいしか使えないです」
この世界には、魔法を使える人と使えない人がいる。世界の守護者たる女神の使いである精霊に気に入られた人が、魔法を使うことができると言われている。王国では、魔法を使える人と使えない人の割合は一対二くらいだった。魔法が使える中でも、トールは使えない方だった。
「使えることには変わりないよ。その杖は、君が持っていて」
ね、とアーサーがトールにほほえむ。
「はい」
せっかくアーサーに預けられたから持っていようと、トールは杖を握りしめた。
「よし、じゃあ、行こうか」
アーサーは立ち上がると、男に前を歩かせた。
苦々しい表情の男に連れられ、近くの大きな街、メルベックに二人はやって来た。
アーサーとトールが出会った町よりも大きく、人が賑わっていた。
トールは鞄から自分のマントを取り出すと、アーサーに渡した。
「アースさん、これ、着てください」
こんなに人通りの多い場所でアーサーをそのまま歩かせるのは、少し怖かった。
アーサーは最初、少し驚いた顔をしていたが、トールからマントを受けとるとほほえんだ。
「ありがとう、トール君」
「いえ」
トールはアーサーの役に立てたみたいで嬉しかった。
マントを着てフードをかぶれば、アーサーの顔を知っている人でもすぐにはわからなさそうだった。トールはひとまず安心した。
初めは大通りを通っていたが、男はすぐに裏道に入ると、迷路のような道を進んでいった。
--どこ歩いてるのかわからなくなりそう。
見知らぬ土地で、しかも普通なら入らないような暗い裏道を歩いて、トールは怖くなってきた。今さらなのだが。
たまに、人がいるような音がするのがさらにトールの恐怖を煽った。
アーサーは特に気にすることなく、飄々と進んでいく。
突然、アーサーの隣を一人の人物が走り去って行った。
「あれ?」
アーサーの手の中には、さっきまでいた男がいなくなっていた。
ばっと走り去って行った人物の方を見ると、男を抱えて逃げていた。
「…助かった」
男が言った。男を抱えた人物が口角を上げる。
男を抱えた人物は、建物の壁をかけ上り、二人の視界から消えた。
「やっちゃった」
アーサーは呟くと、軽くしゃがんで勢いをためる。そして、跳び上がったと思うと、ものすごい勢いで壁をかけ上り、男らの後を追って行った。
「…え?」
トールは、アーサーらの身体能力の高さに目を見開く。
トールは状況に追い付けていなかった。
トールは一人、路地裏に残された。
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次回は10/17更新です。




