79. あくまでも希望的観測
トールはあわてて空中で体勢を整えると、屋上に着地した。
「…怖かった」
無意識に呟いていた。なんせ初めて空を飛んだのだ。地上三階分の高さにいるとはいえ、足が地についていることにトールは安堵した。
「よかった、うまくいったね」
地面からアーサーが笑顔で言った。
「うまくいきましたけど、怖すぎますよ、これ!」
文句を言うトール。
――失敗したら、壁に直撃するじゃないか!
「ごめんね」
申し訳なさそうにするアーサー。その表情に、トールはうっとなる。
――この人にこの顔されたら、なんかこれ以上言えないんだよな…。
アーサーの表情に負けたトールは、屋上まで飛び上がった目的を果たすことにした。
周囲を見回すと、遠目にぐるりと街を囲む市壁と、近くに教会の建物が見えた。教会の建物についている時計は、十四時を指していた。
「そしたら、南はこっちか」
武器屋の親方が、教会は街の中心部にあると言っていた。トールは太陽の位置と時間をつきあわせて方角を判断する。
南側にある市壁は、北側にある市壁よりも近かった。南門が見えた。
「どう?見える?」
アーサーが下から尋ねる。
「見えました。南の門が近いです。こっちにあります」
トールは南を指差しながら答えた。
「そっか。じゃあ、南門に向かおうか。人はいそう?」
「ぱっと見たかんじはいなそうです。南門の前に広場があるので、とりあえずそこまでは路地を抜けて行けばいいと思います」
「ありがとう。それで行こう」
アーサーはにっこりと笑った。
トールははたと気が付いた。
「…アーサーさん」
「ん?」
「これ、どうやって降りればいいんですか?」
こてん、と首を傾けるアーサー。
「飛び降りれば、いいんじゃない?」
「無理ですよ!」
アーサーの心ない宣告に、トールは悲鳴を上げる。
「そう?」
「そうですよ!高すぎます!」
目をぱちくりとさせるアーサー。
地上に立つアーサーが小さく見えるくらい、高いところにトールはいた。
――飛び降りるなんて、絶対怪我じゃ済まないって!
「着地の直前に空中で回転すればいいんだよ」
「俺はそんなに運動神経よくないです」
「トールが思ってるより、いいと思うけどなあ」
「買いかぶりすぎですって」
「そうかな?まあ、やってみなよ。失敗しそうだったら俺が受け止めるから」
「ええ…」
げんなりとするトール。
アーサーならば、受け止めることなどわけもないのだろう。なのだが。
――怖いものは、怖いんだって…。
泣きそうになるトール。
下では、アーサーがトールを見上げて待っていた。
「…着地の直前で、回転すればいいんですか?」
「そう」
トールはごくりと息を飲むと、思いきって屋根の向こう側に飛び出した。
先刻宙に飛び上がった時とはまた別の恐怖が襲いかかる。
「…っ」
どんどん地面が近づいてくる。トールは意を決して、空中で回ってみた。
「あ」
――まずい、やらかした。
勢いが足りなかった。回りきれず、頭が下になってしまう。
――やばいやばいやばい!
焦りがトールを襲う。
その時、胴体をつかまれた。
「よ、っと」
アーサーに抱えられ、トールは地面をごろごろと転がる。
アーサーがトールをつかみ、自分ごと転がることで勢いを殺したのだった。
「…ありがとうございます、アーサーさん」
――助かった…。
恐怖からまだ解放されず、地面にへばりつきながらトールは言った。
「いえいえ、惜しかったね」
アーサーは服についた汚れを払いながら立ち上がる。
――惜しくなかったって…。
どっと疲れに襲われるトール。
「もうちょっと練習すれば、ちゃんとできそうだよ」
「そうですか…?」
半信半疑なトールを見下ろしながら、アーサーはほほえむ。
「うん。できるようになったら、動きの幅が広がるよ。もっと強くなれるはず」
その言葉を聞いて、トールははっとした。
――アーサーさん、俺のためを考えてくれてたんだ。
アーサーは普段、地上だけで戦わない。高さも利用する。この間のドラゴンは、建物三階分の高さがあった。アーサーはそれを倒したのだ。あのくらいの高さは飛べないといけないのだろう。もちろん、飛び降りることも。
トールが強くなれるように、アーサーは飛び降りさせたのだろう。
あくまでも希望的観測ではあるが。
「俺、頑張りますね」
トールは笑顔を浮かべて言った。
「あ」
アーサーは思い出したように言う。
「トールが最初にやろうとしてた登り方で降りればよかったね。つっぱって登るやつ。そしたら、飛び降りなくて済んだ」
「…たしかに」
がっくりとするトール。
――なんで思い付かなかったんだろう…。
無駄に危険に身をさらした気分だった。
「ごめんね、飛び降りさせちゃって」
「いや、いいんです」
――アーサーさんって、意図が読めない人だな…。
自分のためを思ってくれていたのか、ただただ思い付かなかっただけなのか。
申し訳なさそうなアーサーを見ながら、トールは解けそうにない謎に頭をひねった。
アーサーとトールは人のいない細い路地を通り抜けていき、南門へと向かっていた。幸いにも、誰にも会わずに済んでいた。きっと、街中にまで魔物が侵入したおかげだった。
「もうすぐ、広場に着きそうですよ」
前を歩いていたトールは、広場が見えてくると嬉しさをにじませながら言った。
「なんとかなったね」
「はい。この後、門を抜けるっていう難関が待ってますけどね…」
「最悪、壁を登ればいいよ」
「…まあ、そうですね」
――俺、登れるかなあ。
ライゼルの壁よりも高かった。その上、ライゼルのように登りやすい木が壁沿いにあるわけでもなかった。
アーサーのように壁をかけ登るなんて無理だと思いながら歩いていたその時。
突然、アーサーがトールの服のすそを引っ張った。前に進めず、立ち止まるトール。
「? 何かありました?」
アーサーは険しい面持ちだった。
「トール、下がってて」
「え?」
戸惑うトールを後ろに下がらせ、アーサーが先頭に立つ。
アーサーの肩越しに、トールは何事かと様子をうかがう。
「…!」
広場には、騎士たちがいた。人数から見るに、小隊一隊分はいそうだった。トールは息を飲む。
広場の奥には、南門へと通じる唯一の細い道がのびていた。
「嫌なところにいてくれたね」
「ですね…。あの広場を抜けないと、南門へは行けないですもんね」
ひそひそ声で話す二人。
「街に入ったときみたいに、都合よく馬車が来ないかな」
騎士がいるからか、広場には住民はいなかった。
「来ないでしょうね…。というかあの騎士たち、今、検問中だと思います」
「そうなの?」
「はい。北門で通行記録を取らなかったのと、あと…」
トールは言葉を切った。
ピン、と何かを察したアーサー。
「それって、魔物を放っぽって逃げ出した不審者がいるからだったりする?」
「…その通りだと思います」
間違いなくアーサーとトールを探している検問だった。
街中に現れた魔物を倒し、騎士団の制止を聞かずに逃げ出した二人組を、放置しておくはずはなかった。
「どうしよっか」
「北門に行きますか?ここと同じかもしれないですけど…」
「そうだよね。うーん、迷うね」
そんなことを話していると、騎士の一人が二人の方を見た。
固まるアーサーとトール。
「…?」
その騎士は眉をひそめる。
「…やらかした。ゆっくりしすぎた。行こう」
フードを深くかぶり直しながら、アーサーがトールを急かす。
「はい」
あわてて来た路地を戻ろうとした時だった。
二人に気付いた騎士が目を丸くしてつぶやくのが聞こえた。
「あれ…、もしかして、アーサー・ラングレットじゃ?」
「…っ」
――ばれた。
トールの顔が険しくなる。
アーサーが舌打ちをした。
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