78. もしも騎士と出会ったのなら
「…嘘だろ」
走りながら、思わず口から漏れた。
魔物が出没したところに、騎士団がやって来た。当然のことだ。以前なら、喜ばしいことのはずだった。
けれども、今は違った。
反逆者であるアーサーが騎士団に見つかってはいけない。トールは騎士団とは出会いたくなかった。
――しまった、俺がもっと早く倒せてれば…。
トールは唇を噛む。
魔物を倒しているのがアーサーであれば、一瞬で片が付いていただろう。騎士団がやって来る前に、あの場を離れられていた。
トールは自分の実力不足にもどかしくなった。
「そこの二人!どこに行くんだ!」
背後から騎士の声が響いた。
「いきなり逃げ出したら、怪しかったよね」
アーサーは騎士には答えず、トールに尋ねた。
「まあ、怪しくはありますよね…」
しかもトールは魔物の返り血で血まみれときた。
「でも、しょうがないです。どのみちあそこにとどまれば、ばれてたと思うので」
「そうだよね」
そのまま逃げていくアーサーとトール。
「おい、そこの二人!止まれ!」
後ろから騎士の怒声が聞こえてきた。
「止まれって言われて止まる人、いるのかな?」
アーサーが首をかしげる。
「いないと思いますよ。いたら、それはそれでちょっと…」
「あはは、ほんとにね」
騎士らは残っていた魔物から人々を守るので手一杯なようだった。二人を追ってきてはいなかった。
「魔物がまだ残ってて良かったかも」
「そうですね。…なんだか今日は、魔物に助けられてばっかりですね」
「だね。今日ばかりは魔物に感謝」
「不本意ですけどね…」
二人は細い路地に入り、奥の方へと走って行った。
「…撒けましたかね?」
「たぶん」
アーサーとトールは、人一人通るのがやっとな、路地とも言えない細い路地に身をひそめていた。
トールは息を整えながらあたりの様子をうかがう。特に誰もいなさそうだった。路地の奥は行き止まりになっていて、逃げ場はなかった。
「トール、洗浄魔法、使ったら?血だらけだよ」
乾きかけた魔物の返り血がつっぱって、少し気持ち悪かった。
「そうですね。ちょっと使います」
トールは杖を取り出すと、呪文を唱える。みるみるうちに返り血が消えていき、気持ち悪さもなくなった。
その様子を見ていたアーサーが、口を開いた。
「ありがとう、トール。俺の代わりに戦ってくれて」
「え?」
思わぬお礼に、トールは面食らった。
アーサーの浮かべた何とも言えぬ微笑みに、なぜか心がざわついた。
「いや、いいんですよ、全然。…というか、俺がもっと早く倒せてたら、騎士団に遭遇しなくて済んだので、申し訳ないです」
アーサーは首をふるふると横に振った。
「ううん。トールはよく戦えてたよ。すごく動けるようになってる」
「本当ですか?」
「うん」
――アーサーさんにほめてもらえた。
思わず顔がにやけた。素直に嬉しかった。
ほくほくとしているトールをほほえましく見守っていたアーサーだったが、ふとその瞳に暗い影を宿した。
「ねえ、トール」
「? なんですか?」
真剣な様子のアーサーに、トールは何があったのかと思いながら聞く。
「一応、言っておくんだけど。万一騎士と鉢合わせたら、トール、俺は、騎士を殺すよ」
「…っ」
アーサーは静かに言った。灰色の目には鈍い光が帯びていた。怖いくらいに、アーサーは落ち着いていた。
トールは殴られたような衝撃を受けた。
――そりゃ、そうだ。
アーサー・ラングレットはお尋ね者の身だ。騎士に見つかってしまえば、アーサーは捕まる。その後は、言うまでもないだろう。アーサーが抵抗しないはずがない。アーサーを見つけた騎士を亡き者にすることだって、やるだろう。少なくとも、アーサーの実力を持ってすれば騎士を倒すことなどわけもなかった。
トールは自分の甘さを実感した。
――騎士と遭遇した時のことなんて、考えていなかった。
仮にも、自分が今までいたところの人たちだ。彼らが尊敬する恩人のアーサーの手によって殺されるのを、見ていられるのかどうかトールはわからなかった。
黙りこんでしまったトールを見て、アーサーはほほえんだ。
「俺はそうするってだけ。トールに同じことは求めないよ。…でも、万一のとき、トールがどうするのかは、考えておいて」
悲しい笑みだった。
「…はい」
トールはこくりとうなずく。
アーサー・ラングレットについていくと決めたからには、避けては通れないことだった。
「まあ、そんな重く考えないで。トールの思うようにすればいいから」
ひらひらと手を振るアーサー。
――それが難しいんだよな…。
騎士に遭遇したら敵対しなければならないなど、非日常すぎてトールの頭が追いついていなかった。
決して感情だけで決められるものではないことは、わかっていた。
「それにしても、街中に魔物が現れるなんて、びっくりしちゃった」
重くなった空気を軽くするかのように、アーサーが言った。
「南の方だと、よくあるの?」
「いや、全然。魔王がいたときは別ですけど…。王都よりは南とはいえ、まだ中部のこの街で魔物が現れるなんて、いまだに信じられないです」
「そっか。何があったんだろうね」
「なんですかね…。でも、何かあったとしか考えられません。…例えば、マックさんたちの村みたいな」
アーサーはトールのことをじっと見た。
「気付いた?」
「気付きました」
二人の間に、奇妙な沈黙が流れる。
「…普通、強さの違う魔物はともには行動しません」
トールは口を開いた。
「でも今回は、低位の魔物も中位の魔物も一緒くたになって、魔物暴走を起こしていました。…おかしいです」
「変だよね。…小規模だったからよかったけど。いつもと違う魔物暴走だったから、騎士団も対応が遅れたんだろうね」
アーサーのうっすらと浮かべた笑みが怖かった。
――これ、騎士団に対して怒ってるんだよな、絶対。
騎士団の対応が遅れなければ、街の中に魔物が入り込むことはなく、ましてや魔物と戦って騎士団に見つかりそうになることもなかったのだ。
騎士団の責任重大さをひしひしと感じるトール。
「慢心、なんですかね…」
「それならいいんだけどね」
――いいんだろうか…。
首をひねるトールに、アーサーはにこっとほほえむ。
そして、話題を変えるように言った。
「そういえば、ここ、どこだろうね?」
「どこでしょう…。というか、前もこんなことありましたね」
宝石鳥に追い回された時も迷子だった。
「あはは、あったね」
楽しそうに笑うアーサー。
――この状況で楽しそうにできるの、普通にすごいよな…。
変なところに感心するトール。
「建物の上に上がれれば、わかりそうだよね」
「たしかに…」
トールは上を見上げる。建物は三階建てくらいの高さがあった。
「頑張れば登れそうです」
トールは路地の両側の建物に、両手足をつっぱって登ろうとする。
「いや、もっと簡単に登れるよ」
アーサーはトールに手まねきした。
「?」
トールは地面に降りる。
アーサーは自分の両手を組んだ。
「トール、軽く助走してここに片足かけて。そしたら俺がトールを上に飛ばすから」
「え、そんなことできるんですか?」
「うん」
アーサーがにこっと笑う。
本当にできるのかな、と首をひねりつつ、トールは助走するためにアーサーと距離を取った。
「いきますね」
「うん、いつでも」
トールはアーサーに向かって走り出す。そしてその勢いのまま、片足をアーサーの組まれた両手の上にかけた。
すると、アーサーは思いきり両手を上に持ち上げた。
次の瞬間、トールは宙を舞っていた。
「うわ!」
思わず叫ぶトール。
眼下にアーサーが見上げているのが見えた。
「トール、前」
「!」
目の前に、行き止まりになっていた建物の屋上が迫っていた。
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