77. 再戦
――なんで街中に魔物がいるんだよ!
トールは心の中で、騎士団に向かって盛大に文句をかました。
人々を魔物から守るのは、騎士団の仕事のはずだった。もう魔王が倒されたから、気がゆるんでいるのだろうか。魔物の数が違うとはいえ、魔王存命中は騎士団はもっとしっかりと働いていた。
何にせよ、目の前にウォーウルフが立っている。これがすべてを物語っていた。
「あーあ。倒すしかないか。目を付けられちゃったからね」
アーサーはウォーウルフから目を反らさずに言った。相変わらず、アーサーとウォーウルフの間では無言の睨み合いが繰り広げられていた。
「ですね…」
見つかった時点で、ウォーウルフから逃げ切るのは至難の技になっていた。そもそも、ウォーウルフを引き連れて走り回っていれば目立つ。途中で他の人にウォーウルフの関心が向くかもしれなかったが、人々を危険にさらすわけにもいかなかった。
トールは周りを見回す。
外には人はいなかったが、建物の中は違った。
周囲の建物の中には、窓から神妙な面持ちでウォーウルフと対峙したアーサーとトールの様子をうかがっている人々がいた。その人々の顔に浮かんでいたのは恐怖と動揺、そして不安だった。
――いきなり街に魔物が現れて、怖いよな…。
トールは胸がきゅっとつかまれたように感じた。
――待てよ。
トールはあることに気付く。
アーサーは今にも剣を抜こうとしていた。
「じゃあ、倒しちゃうね」
「待ってください!」
トールはあわててアーサーを止める。アーサーは少し驚いたようにトールを見た。
トールはふう、と息をつくと、きっとウォーウルフを見つめる。そして、アーサーに尋ねた。
「アシルさん、俺が一人で倒せると思いますか」
トールの声は真剣だった。一瞬、アーサーが気圧されたように見えた。
「倒せるとは、思うよ」
ためらいつつも答えたアーサーは、トールの質問の意図がわからず困惑しているようだった。
「ありがとうございます、アシルさんにそう言ってもらえるなら、俺はやれます」
トールはにこっと笑った。
「俺が一人で倒します。アシルさんは、ここで待っててください」
「え?」
思わぬトールの言葉に、アーサーは目を丸くする。
「ここは街の中です。いつ騎士団が来るともわからない。目撃者も多い。この前のドラゴンの時とは状況が違うんです。なるべく、アシルさんは人の目に触れない方がいい」
トールは声を落とし、アーサーにだけ聞こえるように言った。
アーサーなら、一瞬でウォーウルフをすべて倒してしまうだろう。しかし、それではだめだった。アーサーのその規格外の強さは、目立ちすぎる。
アーサーの表情に少し影がさした。
「…わかった。トール、頼むね」
「はい、任せてください」
トールは笑って見せる。アーサーを励ますためであり、自分を恐怖から奮い立たせるためでもあった。
トールが笑ったのを見て、アーサーはふっと笑みをこぼした。
「いい人だね、君は。無理はしないでね」
「もちろんです」
トールは剣を抜く。スラリと刃の擦れる音がした。
ウォーウルフはトールの方に目を向けた。血のような真っ赤な瞳がトールをとらえ、トールの背に戦慄が走る。
久々の、ウォーウルフとの対峙だった。
――あのときは、まともに攻撃を受けたからいけなかったんだ。
トールは以前、ウォーウルフと戦った時のことを思い出す。
グルル、と唸り声を上げ、ウォーウルフがトールに向かって来た。
――それなら、攻撃を受けなければいい。
ウォーウルフが前肢をトールに振り下ろす。
トールはとっさに地面を転がってよけると、起き上がると同時にウォーウルフの上に飛び上がった。そして、思い切り剣を振り下ろす。
手応えがあった。血が吹き出し、地面に舞う。
「…っ」
トールは顔をゆがめた。
剣は、ウォーウルフの首に振り下ろされていた。が、首を落とすことは叶わなかった。首の途中で、剣が引っかかっていた。
トールはすぐさま剣を引き抜き、地面に着地する。
ウォーウルフがギロリとトールを睨んだ。
ひるみつつも、トールも負けじと睨み返す。
ウォーウルフの首からは、ボタボタと血が落ちていた。
――だめだ、俺の実力じゃアーサーさんみたいにはいかない。
本当は一振りで仕留めてしまいたかった。
トールはウォーウルフの攻撃をすんでのところでかわし続けながら、ウォーウルフの隙をうかがう。
――あれ?
トールは違和感を覚えた。
――ウォーウルフの動きが鈍くなってる。
依然として一撃一撃が致命傷になりかねなかったが、明らかに速さが落ちていた。
――首の傷が利いているんだ。
トールは口角を上げた。
――一発で仕留めなくていい。少しずつダメージを与えて、確実に、仕留める。
振り下ろされた前肢をよけつつ、トールは前肢に切り傷を加える。
ウォーウルフから悲鳴が上がった。
トールはウォーウルフの肢に、胴に、どんどん傷を加えていった。返り血を浴び、トールの服がみるみるうちに赤く染まっていく。
「…さすが、トール」
トールが戦うのを見て、アーサーはぼそりと呟いた。
唸り声を上げ、ウォーウルフが飛び上がって宙にいたトールに向かって口を開く。
「…っ」
迫ってくる牙の前で、トールは恐怖を覚える。
牙がトールに届くその瞬間、トールは無意識に動いていた。
剣をウォーウルフの上顎に突き刺すと、剣を支点にしてウォーウルフの頭の方へぐるりと宙を回る。その勢いのまま剣を引き抜くと、先程傷を加えたのとは反対側の首に、トールは剣を振り下ろす。
肉が裂ける感触があった。
地面に着地したトールに、ウォーウルフの血が降りかかる。
ウォーウルフはふらふらと二、三歩動き、そして地面に倒れた。
「…倒せた…?」
トールは呆然としながら、動かなくなったウォーウルフを見つめる。
トールの肩を、アーサーがぽんと手をのせた。アーサーの手にべっとりと血がつく。
「倒せてるよ。トールが、一人で倒したんだ」
「…!」
トールの中に、何かがこみ上げてきた。
「俺、倒せました…!前は、倒せなかったのに…!」
嬉しさで笑顔があふれた。
そんなトールを見て、アーサーはほほえむ。
「前より動きに無駄がなくなってる。トール、ちゃんと強くなってるよ。よくやったね」
「…!ありがとうございます…!」
トールの心がじんわりと温かくなる。
「ウォーウルフを倒したのか…?」
建物の中に隠れていた街の人々が、次々と外に出てきた。
二人のもとへやって来る人々の背後に迫り来るものを見て、トールは背筋が凍った。
「危ない!」
思わず飛び出していた。
トールは住民の後ろに迫っていた魔物を切り倒す。
「へっ?」
住民は目を見張って、倒された魔物を見つめた。
「まだ魔物がいます。下がってて」
トールは鋭い声を放つと、次々とやって来る魔物に剣を向けた。住民たちがぴたりと立ち止まる。
「トール、まだいける?」
「いけます。任せてください」
心配そうに尋ねるアーサーに、トールはしっかりと答える。
「ありがとう。任せる」
アーサーは頼もしいトールの背中を見て、嬉しそうにほほえんだ。
咆哮を上げながら襲いかかってくる魔物を、次から次へと倒していくトール。
――なんか、懐かしいなあ。
騎士団に入る直前の冬、父親の制止を振りきって森へ行き、魔物を狩りまくっていた頃みたいだった。ひっきりなしに現れる魔物を、命からがら倒していた。
その時とは違い、今ははるかに余裕をもって魔物を倒せていた。
――今考えると、無謀なことしてたな、俺。
ふっと笑みを浮かべるトール。
なぜ父があんなにも怒っていたのか、今さら理解したトールだった。
魔物と戦うトールを見ていたアーサーが、ぴくりと反応した。
背後をちらりと見て、アーサーは目を見張る。
アーサーはすぐさま動いた。
戦うトールのもとへ向かうと、トールの腕をつかみ、走り出す。
「えっ?」
「ごめん、トール。ここまで」
「どうしてですか?」
突然腕をつかまれ引っ張っていかれたトールは、困惑する。
ふと後ろを見て、トールははっと息を飲んだ。
「おい、何があった!無事か!」
見慣れた紺色の制服。
騎士たちがやって来ていた。
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