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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
3

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76. 平凡

「いい剣が買えてよかった」


新しい剣にほくほくとしながら、アーサーが言う。


「ですね。俺もメンテナンスしてもらえてよかったです」


「あの見習いの子、絶対腕いいよね。トールがたくさん魔物狩ってるって見抜いてたし」


「あれは正直、なんでわかるんだって思いました…」


トールは思い出して震えた。


「ほんとにね」


そんなトールを見て、あはは、と笑うアーサー。


「まあでも、俺たちの正体まではばれなかったから、いいかな」


「それはそうですね」


トールはうなずく。もしニーナがアーサーの短剣を見ていたら、アーサーの正体を見抜いていたのだろうか。その前に、親方が訝しげな視線を向けてはいたが。


「思ったより、ばれないんだね」


安堵したように、アーサーが言う。


「ですね。…というか、ばれると思ってたんですか」


「うん、ちょっとは。だって、見抜いた人がいるから」


アーサーはトールを見て言う。


トールは目を泳がせる。


「まあ、俺は、特殊事例だと思います…」


「そうであってほしいなあ」


「大丈夫です。きっとそうです」


力強く言うトール。


ふと、トールは疑問を感じた。


「もしばれてたら、親方とニーナさん、どうしてたんですか?」


トールがアーサーの正体を見抜いた時は、トールはかろうじてアーサーに消されずに済んでいたのだが。


「うーん、どうしてたんだろうね?」


にこっと笑うアーサー。


「…」


アーサーの目は笑っていなかった。


きっと、親方とニーナはただでは済んでいなかったのだろう。


――怖…っ!


アーサーのことに気付いてしまえばそこが生き納めなど、恐怖でしかなかった。しかも、アーサー本人はいつ現れるかわからないときた。


知らぬ存ぜぬがいかに大事な戦略なのかを、身に染みて実感するトール。


と同時に、アーサーとともに旅ができている自身の幸運に、盛大に感謝した。


「…でも、そうそうばれないと思いますよ。俺が言うのもなんですけど」


トールはふう、と息をつきながら言った。


「いくら手配書で顔が知られてるとはいえ、それは王都や大きい都市に限った話なので。ほかのそこまで大きくない街だと、手配書が行き渡ってないんです。アーサーさんの顔を知っている人は、意外と限られています」


そもそも、王国の人々の大半が村住まいだ。町にはたまにしか行かないし、重要な知らせは町の掲示板に見に行かないと知ることはない。


よく考えてみれば、逃げようと思えば逃げられる環境だった。


「そっか。ならよかった」


アーサーは続けて言う。


「まあ、俺、目立つ見た目でもないしね」


「そうですかね…?」


トールは首をひねる。


たしかに、アーサーはとても目立つような容姿ではなかった。普段、醸し出す雰囲気は普通の人だった。けれども、容姿は整っている方だったし、何より銀色とも見まがう灰色の瞳が印象的だった。


――俺の方が目立たないけどな…。


茶色の瞳に、それに合わせたような茶色の髪。どこにでもいるような、平凡な見た目だった。


トールに比べれば、アーサーは目立つ見た目であるように思えた。


「俺の髪はくすんだ暗い茶色だから。目立たないと思うけど…」


アーサーは自分の髪をもてあそびながら言った。


「魔王討伐の時なんて、俺、すごい影薄かったよ」


「そうなんですか?」


トールは目を丸くする。


「うん。だって、一緒なのがレオナルドとマルツァーとエステルだもん」


「ああ…」


トールは王都で見た魔王討伐パーティーの銅像を思い出し、妙に納得する。


「レオナルドは金髪碧眼。マルツァーは赤髪にヘーゼルの目。エステルは白金の髪に空色の目。派手だよね。しかも、みんな顔が整っているし」


「否定できないですね…」


「レオナルドなんか、もう雰囲気から違ったから。その場にいるだけで周りを圧倒するっていうか。あれが、貴族ってことなんだろうね」


そう言ったアーサーは、ひがむでもうらやむでもなく、ただただ懐かしむような表情を浮かべていた。


「それは、わかります。ウィルバウナー副団長と直接お会いしたことはないですけど、遠目から見ても存在感がすごかったです」


トールの言葉を聞いて、アーサーは少し驚いたような顔をした。


「…そうだよね、レオナルド、騎士団の副団長になったんだもんね」


アーサーの瞳には、寂しげな色が浮かんでいた。


「アーサーさん…」


「あ、でも、俺も今は元英雄で王国の反逆者だ。俺も出世したね」


「なんか違くないですか?」


あはは、と笑いながら言うアーサーに、トールは呆れる。


「まあまあ、細かいことは置いとこう」


――細かいことにされた…。


「とにかく、平凡だと逃げやすくていいねって話」


「俺はちょっと異論を言いたいです」


間違ってもアーサーは平凡なんかではない、と平凡なトールは思う。


「そう?目立つ見た目じゃない方がいいと思うけど」


――異論があるのはそこじゃない。


「そこは同意です。まあ、今みたいに会う人がいなければ、そもそも正体がばれる心配なんてする必要ないんで…、って、あれ?」


トールははたと気が付く。


「なんでこんなに人がいないんですか!」


トールは思わず声を張ってしまった。


街中には、アーサーとトールしかいなかった。


武器屋を出てから、誰ともすれ違っていなかった。そう、一人も。


ぽつんとたたずむ二人。


「俺はありがたいなって思ってたけど。なんでだろうね?」


不思議そうに首をかしげるアーサー。


「北門で魔物暴走があったから、建物の中に避難しているのかもしれないですけど…。ここってもう、かなり北門から離れてますよね。いなさすぎじゃありません?」


大きい声を出して、少し落ち着いたトールだった。あらためて状況を把握してみても、やはり人がいなさすぎた。


「声は聞こえるけどね」


「え、聞こえます?」


トールは耳をそばだててみる。たしかに遠くから人の声が聞こえてきた。それも、悲鳴や怒声が。


「…聞こえますね。まだ、魔物暴走を止められてないんですかね」


トールは心配そうな面持ちで北の方を見た。


そんなトールを見て、アーサーが言った。


「トール、たぶんそっちじゃないよ」


「え?」


アーサーの言葉に、トールは目を丸くする。


魔物暴走が起きた北の方でなければ、一体どこから聞こえてくるというのか。


「こっちじゃないかな」


アーサーは東の方を指差す。


トールも東の方を見た。


すると突然、ズドン、という大きな音がした。つんざくような悲鳴が聞こえてきた。


「え?」


建物の一つから、土煙が上がっていた。


そこにいたのは、魔物の群れだった。


「…なんで」


トールは目の前の光景を見て呆然とする。


魔物の群れは小さいながらも、低位のものから中位のものまで入り乱れていて、街の人々に恐怖を与えるには十分すぎた。


――だから、街に人がいなかったのか。


アーサーも驚いた顔で魔物の群れと壊された建物を見ていた。


「…魔物暴走の残りかな」


アーサーが鋭い声で言った。


その言葉に、トールはぴくりと反応する。


「それって、つまり、騎士団は魔物の侵入を許したってことですか」


「そうなるね」


「…」


トールは顔をこわばらせた。


その時、建物の破片が二人のもとへ飛んできた。


すかさずアーサーは剣を抜き、軽く振る。


すると破片は二人の目の前できれいに真っ二つに割れ、背後の地面に落ちた。


「わあ、切れ心地いいね。新品にして正解だった」


「…」


――剣の問題じゃないと思う…。


買ったばかりの長剣に感動するアーサーとアーサーに切られた建物の破片を見比べ、トールは驚きと呆れとで何も言えなかった。


群れの魔物は、街のあちこちを破壊していた。そのうちの一体が二人に気付き、向かって来る。


ウォーウルフだった。


「!」


剣に手をかけ身構えるトールと平然としているアーサー。


アーサーはすっと目を細めた。


すると、アーサーの雰囲気が変わった。トールの背筋に、ぞわりと悪寒が走る。


アーサーから放たれる冷たい殺気に、ウォーウルフがぴたりと止まる。


アーサーとウォーウルフの間に、緊張が走った。


「ねえ、トール」


アーサーがウォーウルフをうらめしそうに見ながらトールに尋ねる。


「この国の騎士団は、ちゃんと仕事するかい?」


「…俺は今まですると思ってたんですけど」


トールは目の前に立ちはだかるウォーウルフを見て、目尻をひくつかせた。


「全然そんなことなかったみたいです」


読んでいただきありがとうございます!


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次回更新は6/10です。

次回もよろしくお願いします。

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