76. 平凡
「いい剣が買えてよかった」
新しい剣にほくほくとしながら、アーサーが言う。
「ですね。俺もメンテナンスしてもらえてよかったです」
「あの見習いの子、絶対腕いいよね。トールがたくさん魔物狩ってるって見抜いてたし」
「あれは正直、なんでわかるんだって思いました…」
トールは思い出して震えた。
「ほんとにね」
そんなトールを見て、あはは、と笑うアーサー。
「まあでも、俺たちの正体まではばれなかったから、いいかな」
「それはそうですね」
トールはうなずく。もしニーナがアーサーの短剣を見ていたら、アーサーの正体を見抜いていたのだろうか。その前に、親方が訝しげな視線を向けてはいたが。
「思ったより、ばれないんだね」
安堵したように、アーサーが言う。
「ですね。…というか、ばれると思ってたんですか」
「うん、ちょっとは。だって、見抜いた人がいるから」
アーサーはトールを見て言う。
トールは目を泳がせる。
「まあ、俺は、特殊事例だと思います…」
「そうであってほしいなあ」
「大丈夫です。きっとそうです」
力強く言うトール。
ふと、トールは疑問を感じた。
「もしばれてたら、親方とニーナさん、どうしてたんですか?」
トールがアーサーの正体を見抜いた時は、トールはかろうじてアーサーに消されずに済んでいたのだが。
「うーん、どうしてたんだろうね?」
にこっと笑うアーサー。
「…」
アーサーの目は笑っていなかった。
きっと、親方とニーナはただでは済んでいなかったのだろう。
――怖…っ!
アーサーのことに気付いてしまえばそこが生き納めなど、恐怖でしかなかった。しかも、アーサー本人はいつ現れるかわからないときた。
知らぬ存ぜぬがいかに大事な戦略なのかを、身に染みて実感するトール。
と同時に、アーサーとともに旅ができている自身の幸運に、盛大に感謝した。
「…でも、そうそうばれないと思いますよ。俺が言うのもなんですけど」
トールはふう、と息をつきながら言った。
「いくら手配書で顔が知られてるとはいえ、それは王都や大きい都市に限った話なので。ほかのそこまで大きくない街だと、手配書が行き渡ってないんです。アーサーさんの顔を知っている人は、意外と限られています」
そもそも、王国の人々の大半が村住まいだ。町にはたまにしか行かないし、重要な知らせは町の掲示板に見に行かないと知ることはない。
よく考えてみれば、逃げようと思えば逃げられる環境だった。
「そっか。ならよかった」
アーサーは続けて言う。
「まあ、俺、目立つ見た目でもないしね」
「そうですかね…?」
トールは首をひねる。
たしかに、アーサーはとても目立つような容姿ではなかった。普段、醸し出す雰囲気は普通の人だった。けれども、容姿は整っている方だったし、何より銀色とも見まがう灰色の瞳が印象的だった。
――俺の方が目立たないけどな…。
茶色の瞳に、それに合わせたような茶色の髪。どこにでもいるような、平凡な見た目だった。
トールに比べれば、アーサーは目立つ見た目であるように思えた。
「俺の髪はくすんだ暗い茶色だから。目立たないと思うけど…」
アーサーは自分の髪をもてあそびながら言った。
「魔王討伐の時なんて、俺、すごい影薄かったよ」
「そうなんですか?」
トールは目を丸くする。
「うん。だって、一緒なのがレオナルドとマルツァーとエステルだもん」
「ああ…」
トールは王都で見た魔王討伐パーティーの銅像を思い出し、妙に納得する。
「レオナルドは金髪碧眼。マルツァーは赤髪にヘーゼルの目。エステルは白金の髪に空色の目。派手だよね。しかも、みんな顔が整っているし」
「否定できないですね…」
「レオナルドなんか、もう雰囲気から違ったから。その場にいるだけで周りを圧倒するっていうか。あれが、貴族ってことなんだろうね」
そう言ったアーサーは、ひがむでもうらやむでもなく、ただただ懐かしむような表情を浮かべていた。
「それは、わかります。ウィルバウナー副団長と直接お会いしたことはないですけど、遠目から見ても存在感がすごかったです」
トールの言葉を聞いて、アーサーは少し驚いたような顔をした。
「…そうだよね、レオナルド、騎士団の副団長になったんだもんね」
アーサーの瞳には、寂しげな色が浮かんでいた。
「アーサーさん…」
「あ、でも、俺も今は元英雄で王国の反逆者だ。俺も出世したね」
「なんか違くないですか?」
あはは、と笑いながら言うアーサーに、トールは呆れる。
「まあまあ、細かいことは置いとこう」
――細かいことにされた…。
「とにかく、平凡だと逃げやすくていいねって話」
「俺はちょっと異論を言いたいです」
間違ってもアーサーは平凡なんかではない、と平凡なトールは思う。
「そう?目立つ見た目じゃない方がいいと思うけど」
――異論があるのはそこじゃない。
「そこは同意です。まあ、今みたいに会う人がいなければ、そもそも正体がばれる心配なんてする必要ないんで…、って、あれ?」
トールははたと気が付く。
「なんでこんなに人がいないんですか!」
トールは思わず声を張ってしまった。
街中には、アーサーとトールしかいなかった。
武器屋を出てから、誰ともすれ違っていなかった。そう、一人も。
ぽつんとたたずむ二人。
「俺はありがたいなって思ってたけど。なんでだろうね?」
不思議そうに首をかしげるアーサー。
「北門で魔物暴走があったから、建物の中に避難しているのかもしれないですけど…。ここってもう、かなり北門から離れてますよね。いなさすぎじゃありません?」
大きい声を出して、少し落ち着いたトールだった。あらためて状況を把握してみても、やはり人がいなさすぎた。
「声は聞こえるけどね」
「え、聞こえます?」
トールは耳をそばだててみる。たしかに遠くから人の声が聞こえてきた。それも、悲鳴や怒声が。
「…聞こえますね。まだ、魔物暴走を止められてないんですかね」
トールは心配そうな面持ちで北の方を見た。
そんなトールを見て、アーサーが言った。
「トール、たぶんそっちじゃないよ」
「え?」
アーサーの言葉に、トールは目を丸くする。
魔物暴走が起きた北の方でなければ、一体どこから聞こえてくるというのか。
「こっちじゃないかな」
アーサーは東の方を指差す。
トールも東の方を見た。
すると突然、ズドン、という大きな音がした。つんざくような悲鳴が聞こえてきた。
「え?」
建物の一つから、土煙が上がっていた。
そこにいたのは、魔物の群れだった。
「…なんで」
トールは目の前の光景を見て呆然とする。
魔物の群れは小さいながらも、低位のものから中位のものまで入り乱れていて、街の人々に恐怖を与えるには十分すぎた。
――だから、街に人がいなかったのか。
アーサーも驚いた顔で魔物の群れと壊された建物を見ていた。
「…魔物暴走の残りかな」
アーサーが鋭い声で言った。
その言葉に、トールはぴくりと反応する。
「それって、つまり、騎士団は魔物の侵入を許したってことですか」
「そうなるね」
「…」
トールは顔をこわばらせた。
その時、建物の破片が二人のもとへ飛んできた。
すかさずアーサーは剣を抜き、軽く振る。
すると破片は二人の目の前できれいに真っ二つに割れ、背後の地面に落ちた。
「わあ、切れ心地いいね。新品にして正解だった」
「…」
――剣の問題じゃないと思う…。
買ったばかりの長剣に感動するアーサーとアーサーに切られた建物の破片を見比べ、トールは驚きと呆れとで何も言えなかった。
群れの魔物は、街のあちこちを破壊していた。そのうちの一体が二人に気付き、向かって来る。
ウォーウルフだった。
「!」
剣に手をかけ身構えるトールと平然としているアーサー。
アーサーはすっと目を細めた。
すると、アーサーの雰囲気が変わった。トールの背筋に、ぞわりと悪寒が走る。
アーサーから放たれる冷たい殺気に、ウォーウルフがぴたりと止まる。
アーサーとウォーウルフの間に、緊張が走った。
「ねえ、トール」
アーサーがウォーウルフをうらめしそうに見ながらトールに尋ねる。
「この国の騎士団は、ちゃんと仕事するかい?」
「…俺は今まですると思ってたんですけど」
トールは目の前に立ちはだかるウォーウルフを見て、目尻をひくつかせた。
「全然そんなことなかったみたいです」
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