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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
3

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72. 街に行こう

アーサーがトールの顔めがけてものすごい速さで木の棒を突き出してくる。


「…っ」


トールは間一髪で、それをよけた。右の頬に、空気が切られた感覚があった。


その瞬間、トールはアーサーに足をかけられ、視界が下に落ちる。しりもちをつくと、すかさずアーサーがトールの顔に向かって木の棒を突き刺してきた。トールは横に転がってなんとか直撃を避ける。グサッと地面に棒が突き刺さる音がした。避ける瞬間に垣間見えたアーサーは、薄く笑っているように見え、トールの背筋に戦慄が走った。


「トール、いい感じになってきたね」


突き刺した木の棒を引き抜きながら、アーサーが言った。


「ほんとですか」


トールは起き上がりながら尋ねる。地面を転がったせいで、全身土まみれだった。


アーサーに剣の稽古をつけてもらうようになって、数週間。トールは自分でも、実力がついていることを感じていた。手加減しつつも容赦のないアーサー相手に戦うのは、下手すると魔物と戦うよりもいい訓練だった。


「うん。ちゃんとよけられるようになってるよ」


アーサーはトールの頭についた葉を取ってやりながら言った。


「そろそろ、剣を使ってもいいかもね」


「それはちょっと、怖すぎます…」


アーサーの言葉に、トールは震える。木の棒を使っている今でさえ恐怖を覚えるのに、本物の剣を使われたらたまったものではなかった。


ぶるぶると震えるトールの反応を見て、アーサーが笑う。


「大丈夫だよ。よけれなくても寸止めするから」


「…」


アーサーならば寸止めなど造作もないだろうし、そこを心配しているわけではなかったが、それでも怖いものは怖かった。


トールはふとあることに気付いた。


「アーサーさん」


「ん?」


「アーサーさんって、剣、持ってましたっけ?」


「…」


アーサーはにっこりと笑う。


――持ってないんだな…。


思い返せば、アーサーは短剣こそ持っていたが、出会った時から長剣は持っていなかった。ウォーウルフを倒した時も、クールノー商会に乗り込んだ時も、ドラゴンを倒した時だって、誰かから借りた剣を使っていた。


トールは、アーサーが自分の長剣を持っているところを見たことがなかった。長剣の方が戦いに適しているとされているにもかかわらずである。アーサーほどの実力者が短剣しか持っていないのは、トールにとっては違和感だった。自分の長剣を持っていても良さそうなのに、とトールは思う。


「まあ、必要になったらその辺で調達するよ」


手をぷらぷらと振りながら、アーサーが言う。


「自分の剣じゃないと、扱いづらくないですか?」


「うーん、そうでもないかな。まあ、自分のよりは扱いづらいけどね」


アーサーは自分の長剣を持っていたということだ。


「自分の剣はどうしちゃったんですか?」


「あはは、ちょっと失くしちゃって」


――そんなことある?


トールはアーサーに誤魔化されたような気がして、怪訝な顔をした。


アーサーはそれに対して、にこっと笑って見せる。


――ああ、これ、はぐらかされたな。


アーサーがこういう笑い方をするときは、これ以上突っ込まれたくない時だ。


アーサーのことがわかってきたトールだった。


「…というか、アーサーさん、短剣もぼろぼろじゃありません?」


ドラゴン戦で、刃が欠けてしまっていたはずだった。普段、魔物の肉をさばく時もさばきにくそうにしていた。


「…まだいけるよ」


アーサーは目を泳がせながら言う。


そんなアーサーを、トールはじとっとした目で見る。


「短剣、見せてくれません?」


「…はい」


トールの視線に耐えかねたのか、アーサーはトールに短剣を差し出した。


「ありがとうございます」


トールは受け取ると、鞘から短剣を抜く。


「…」


文字通り、ぼろぼろだった。


何をどうしたらこうなるのか、というくらい、刃が欠けていた。どうやら、ドラゴンと戦えばこうなるらしい。


「アーサーさん…」


「…」


「これは、もうだめですよ…」


「だめかなあ」


「少なくとも、剣としてはだめですよ…」


「そっか…」


しゅんとするアーサー。


「新しいの、買いません?ちょうど、もうすぐ街に着きますし。なんなら、俺が買ってきますよ」


提案するトール。


さすがに、ぼろぼろな短剣一本で逃亡を続けるのは無謀な気がした。


「…いや、俺も、行くよ。剣は手になじむものがいいし」


アーサーの言葉に、トールは驚いた。


「街、入っちゃって大丈夫なんですか?」


「大丈夫ではないかな。でも、いつまでも避けるわけにはいかないから」


アーサーは目を伏せた。


「…たしかに、そうですね」


アーサーは、大切な人を取り戻すための手がかりを探している。森ばっかりにいても、思うような手がかりはつかめないだろう。


「まあ、気を付けるよ」


アーサーはにこっと笑った。


「俺も、アーサーさんの正体がばれないように、頑張ります」


「あはは、頼もしいね」


意気込むトールに、アーサーは嬉しそうに言った。







「…どうする?」


「…どうしましょう」


アーサーとトールは、茂みに身をひそめ、森の端から街道の様子をうかがっていた。


街道の周りは草原で、ちらほらと民家が建っている程度だった。


「街に入るには森から出て、街道を行かないとですね…」


トールたちのいるところから、目的の街は見えていた。が、今いる森から街へたどり着くには、周りに隠れる場所がない街道を通る必要があった。


「草原を突っ切って市壁まで行って、壁を越えるのはだめかな?」


「草原を突っ切るのは目立ちますよ…。せめて、門の直前までは街道を通らないと」


それでも目立つことには変わりなかった。


「それで行こうか」


「え?街道を通るんですか?」


「うん。変な動きをするよりは、堂々としていた方がばれないから」


「なるほど…」


たしかに、トールがアーサーに初めて出会った時、アーサーは堂々と町を歩いていたし、ばれていなかった。


「でも、門を通るわけにはいきませんよね」


「そうなんだよね。トール、あれ見える?」


アーサーは、街道の街とは反対側を指差した。


「? どれですか?」


トールはアーサーが指差した方向を見る。


大きな荷馬車が街に向かってやって来ていた。


「荷馬車、ですか?」


「うん。あの馬車がここを通りすぎたら、後ろについていこう。で、荷馬車の後ろにこっそり乗って、門を抜けちゃおう」


「…」


――堂々とは、してない。


街道を通ってはいるのだが。


しかし、一番現実的な策に思えた。


「たしかに、それがよさそうです。それでいきましょう」


トールがそう言うと、アーサーはにこっとほほえんだ。


「そしたら、荷馬車が通りすぎたら、ここを出よう」


「はい。…あ、その前に」


「?」


トールは鞄の中をがさこそと探る。


「新しいの調達したんです。良かったら、着てください」


そう言って、トールはアーサーにマントを渡した。ライゼルで買っておいたものだった。


「わあ、ありがとう。助かる」


アーサーは受け取ると、嬉しそうに言った。が、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ごめんね、トール。トールのマント、使い物にならなくしちゃって」


「いや、いいんですよ。俺のために使ってくれたんじゃないですか。気にしないでください」


トールのマントは、ドラゴンにやられた怪我の応急手当に使ってしまっていて、もうなかった。


「…そう?優しいね、君は」


「いやいや、そんな」


トールは自分の分のマントも取り出して、着た。


「そろそろじゃないですか?」


荷馬車は二人の目前にまで迫っていた。


「うん。通りすぎたら、すぐに後を追おう」


二人は息をひそめて荷馬車が通りすぎるのを待つ。


トールの心臓がどくどくと打つ。ちらりと横を見ると、アーサーは先程までとなんら変わらない澄まし顔だった。


緊張していないアーサーを、トールは素直に尊敬する。


と同時に、一人で緊張している自分が馬鹿らしくなってしまった。スン、と緊張が引く。


荷馬車には初老の男が一人で乗り、馬を歩かせていた。森にひそんだ二人に気付くことなく、通りすぎて行く。


「…行ったね。行こう」


「はい」


二人は音を立てずに森から出ると、荷馬車の後ろにつく。


「…御者だけみたいですね」


トールは荷台の中をちらりと見て、言った。


「だね。乗っちゃおう」


そう言うやいなや、アーサーは軽やかに荷台に入りこんだ。トールもそれに続く。


荷台の中には、商品なのか、酒樽や小麦粉の袋がぎっしりと詰まっていた。


荷台に二人分の重さが増えたことには気付かないようで、荷馬車は変わらず軽快に走っていた。


ふう、とトールは息をつく。


「なんとか乗れましたね」


「うまくいってよかった」


アーサーもほっとしたように言う。


「これだけ荷物があれば、荷台を見られても荷物にまぎれてやり過ごせそうだね」


「ですね。まあ、普通なら確認されることはないですけど」


いちいち確認していたら埒が明かない。しかし、アーサー・ラングレット捜索が強化されている今は、どうかわからなかった。


「なら、いいんだけど」


アーサーは少し不安げに言った。


読んでいただきありがとうございます!


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次回更新は5/26です。

次回もよろしくお願いします。

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