72. 街に行こう
アーサーがトールの顔めがけてものすごい速さで木の棒を突き出してくる。
「…っ」
トールは間一髪で、それをよけた。右の頬に、空気が切られた感覚があった。
その瞬間、トールはアーサーに足をかけられ、視界が下に落ちる。しりもちをつくと、すかさずアーサーがトールの顔に向かって木の棒を突き刺してきた。トールは横に転がってなんとか直撃を避ける。グサッと地面に棒が突き刺さる音がした。避ける瞬間に垣間見えたアーサーは、薄く笑っているように見え、トールの背筋に戦慄が走った。
「トール、いい感じになってきたね」
突き刺した木の棒を引き抜きながら、アーサーが言った。
「ほんとですか」
トールは起き上がりながら尋ねる。地面を転がったせいで、全身土まみれだった。
アーサーに剣の稽古をつけてもらうようになって、数週間。トールは自分でも、実力がついていることを感じていた。手加減しつつも容赦のないアーサー相手に戦うのは、下手すると魔物と戦うよりもいい訓練だった。
「うん。ちゃんとよけられるようになってるよ」
アーサーはトールの頭についた葉を取ってやりながら言った。
「そろそろ、剣を使ってもいいかもね」
「それはちょっと、怖すぎます…」
アーサーの言葉に、トールは震える。木の棒を使っている今でさえ恐怖を覚えるのに、本物の剣を使われたらたまったものではなかった。
ぶるぶると震えるトールの反応を見て、アーサーが笑う。
「大丈夫だよ。よけれなくても寸止めするから」
「…」
アーサーならば寸止めなど造作もないだろうし、そこを心配しているわけではなかったが、それでも怖いものは怖かった。
トールはふとあることに気付いた。
「アーサーさん」
「ん?」
「アーサーさんって、剣、持ってましたっけ?」
「…」
アーサーはにっこりと笑う。
――持ってないんだな…。
思い返せば、アーサーは短剣こそ持っていたが、出会った時から長剣は持っていなかった。ウォーウルフを倒した時も、クールノー商会に乗り込んだ時も、ドラゴンを倒した時だって、誰かから借りた剣を使っていた。
トールは、アーサーが自分の長剣を持っているところを見たことがなかった。長剣の方が戦いに適しているとされているにもかかわらずである。アーサーほどの実力者が短剣しか持っていないのは、トールにとっては違和感だった。自分の長剣を持っていても良さそうなのに、とトールは思う。
「まあ、必要になったらその辺で調達するよ」
手をぷらぷらと振りながら、アーサーが言う。
「自分の剣じゃないと、扱いづらくないですか?」
「うーん、そうでもないかな。まあ、自分のよりは扱いづらいけどね」
アーサーは自分の長剣を持っていたということだ。
「自分の剣はどうしちゃったんですか?」
「あはは、ちょっと失くしちゃって」
――そんなことある?
トールはアーサーに誤魔化されたような気がして、怪訝な顔をした。
アーサーはそれに対して、にこっと笑って見せる。
――ああ、これ、はぐらかされたな。
アーサーがこういう笑い方をするときは、これ以上突っ込まれたくない時だ。
アーサーのことがわかってきたトールだった。
「…というか、アーサーさん、短剣もぼろぼろじゃありません?」
ドラゴン戦で、刃が欠けてしまっていたはずだった。普段、魔物の肉をさばく時もさばきにくそうにしていた。
「…まだいけるよ」
アーサーは目を泳がせながら言う。
そんなアーサーを、トールはじとっとした目で見る。
「短剣、見せてくれません?」
「…はい」
トールの視線に耐えかねたのか、アーサーはトールに短剣を差し出した。
「ありがとうございます」
トールは受け取ると、鞘から短剣を抜く。
「…」
文字通り、ぼろぼろだった。
何をどうしたらこうなるのか、というくらい、刃が欠けていた。どうやら、ドラゴンと戦えばこうなるらしい。
「アーサーさん…」
「…」
「これは、もうだめですよ…」
「だめかなあ」
「少なくとも、剣としてはだめですよ…」
「そっか…」
しゅんとするアーサー。
「新しいの、買いません?ちょうど、もうすぐ街に着きますし。なんなら、俺が買ってきますよ」
提案するトール。
さすがに、ぼろぼろな短剣一本で逃亡を続けるのは無謀な気がした。
「…いや、俺も、行くよ。剣は手になじむものがいいし」
アーサーの言葉に、トールは驚いた。
「街、入っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないかな。でも、いつまでも避けるわけにはいかないから」
アーサーは目を伏せた。
「…たしかに、そうですね」
アーサーは、大切な人を取り戻すための手がかりを探している。森ばっかりにいても、思うような手がかりはつかめないだろう。
「まあ、気を付けるよ」
アーサーはにこっと笑った。
「俺も、アーサーさんの正体がばれないように、頑張ります」
「あはは、頼もしいね」
意気込むトールに、アーサーは嬉しそうに言った。
「…どうする?」
「…どうしましょう」
アーサーとトールは、茂みに身をひそめ、森の端から街道の様子をうかがっていた。
街道の周りは草原で、ちらほらと民家が建っている程度だった。
「街に入るには森から出て、街道を行かないとですね…」
トールたちのいるところから、目的の街は見えていた。が、今いる森から街へたどり着くには、周りに隠れる場所がない街道を通る必要があった。
「草原を突っ切って市壁まで行って、壁を越えるのはだめかな?」
「草原を突っ切るのは目立ちますよ…。せめて、門の直前までは街道を通らないと」
それでも目立つことには変わりなかった。
「それで行こうか」
「え?街道を通るんですか?」
「うん。変な動きをするよりは、堂々としていた方がばれないから」
「なるほど…」
たしかに、トールがアーサーに初めて出会った時、アーサーは堂々と町を歩いていたし、ばれていなかった。
「でも、門を通るわけにはいきませんよね」
「そうなんだよね。トール、あれ見える?」
アーサーは、街道の街とは反対側を指差した。
「? どれですか?」
トールはアーサーが指差した方向を見る。
大きな荷馬車が街に向かってやって来ていた。
「荷馬車、ですか?」
「うん。あの馬車がここを通りすぎたら、後ろについていこう。で、荷馬車の後ろにこっそり乗って、門を抜けちゃおう」
「…」
――堂々とは、してない。
街道を通ってはいるのだが。
しかし、一番現実的な策に思えた。
「たしかに、それがよさそうです。それでいきましょう」
トールがそう言うと、アーサーはにこっとほほえんだ。
「そしたら、荷馬車が通りすぎたら、ここを出よう」
「はい。…あ、その前に」
「?」
トールは鞄の中をがさこそと探る。
「新しいの調達したんです。良かったら、着てください」
そう言って、トールはアーサーにマントを渡した。ライゼルで買っておいたものだった。
「わあ、ありがとう。助かる」
アーサーは受け取ると、嬉しそうに言った。が、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんね、トール。トールのマント、使い物にならなくしちゃって」
「いや、いいんですよ。俺のために使ってくれたんじゃないですか。気にしないでください」
トールのマントは、ドラゴンにやられた怪我の応急手当に使ってしまっていて、もうなかった。
「…そう?優しいね、君は」
「いやいや、そんな」
トールは自分の分のマントも取り出して、着た。
「そろそろじゃないですか?」
荷馬車は二人の目前にまで迫っていた。
「うん。通りすぎたら、すぐに後を追おう」
二人は息をひそめて荷馬車が通りすぎるのを待つ。
トールの心臓がどくどくと打つ。ちらりと横を見ると、アーサーは先程までとなんら変わらない澄まし顔だった。
緊張していないアーサーを、トールは素直に尊敬する。
と同時に、一人で緊張している自分が馬鹿らしくなってしまった。スン、と緊張が引く。
荷馬車には初老の男が一人で乗り、馬を歩かせていた。森にひそんだ二人に気付くことなく、通りすぎて行く。
「…行ったね。行こう」
「はい」
二人は音を立てずに森から出ると、荷馬車の後ろにつく。
「…御者だけみたいですね」
トールは荷台の中をちらりと見て、言った。
「だね。乗っちゃおう」
そう言うやいなや、アーサーは軽やかに荷台に入りこんだ。トールもそれに続く。
荷台の中には、商品なのか、酒樽や小麦粉の袋がぎっしりと詰まっていた。
荷台に二人分の重さが増えたことには気付かないようで、荷馬車は変わらず軽快に走っていた。
ふう、とトールは息をつく。
「なんとか乗れましたね」
「うまくいってよかった」
アーサーもほっとしたように言う。
「これだけ荷物があれば、荷台を見られても荷物にまぎれてやり過ごせそうだね」
「ですね。まあ、普通なら確認されることはないですけど」
いちいち確認していたら埒が明かない。しかし、アーサー・ラングレット捜索が強化されている今は、どうかわからなかった。
「なら、いいんだけど」
アーサーは少し不安げに言った。
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