表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/107

70. 師匠

「そういえば」


パンを食べ終わると、アーサーが思い出したように尋ねた。


「トールは、故郷に帰りたい?」


「それは…」


返答に困る質問だった。


困り顔になったトールを見て、アーサーはあわてて付け加える。


「あ、俺のことは気にしなくていいからね。トールが、どうしたいのかって話」


「…本音を言えば、帰りたいです。一度、家族に会いたい。でも、そんな勇気は、俺にはないんです」


そう言ってトールは笑った。ひきつっていないか不安だった。


「それは、まだ強くなれてないって思ってるから?」


「そうですね…。強くなるって言って家を出たのに、強くなれてないんで…」


「じゃあ、強くなって帰ればいいんじゃない?」


アーサーはそう言ってトールに笑いかける。


「…それができたら苦労しませんよ」


話聞いてたのかこの人、と思いながらトールは言った。


「うーん、別に強くなるのは、トールなら難しくないと思うけど」


アーサーは少し考えると、トールに尋ねた。


「トール、君は今までどんな訓練を受けていたの?」


「訓練ですか?…よくあるやつですよ。素振りとかで型を練習して、打ち込みをして、少しだけ対人戦をやっていました」


少し怪訝な顔をしてトールは答えた。


「なるほど。そしたら、あまり実戦に近いことはやっていないのかい?」


「まあ、そうですね。俺は弱かったから、そこまでやらせてもらえなかったんで」


トールの答えを聞いてふむふむとうなずくと、アーサーは立ち上がった。


「トール、立って。で、剣を持って」


「…?わかりました」


アーサーの意図することがよくわからないまま、トールは自分の剣を取り立ち上がった。


その間に、アーサーは近くに落ちている枝を物色していた。


「うん、これがいいかな」


アーサーは剣と同じくらいの長さの手頃な枝を拾うと、左手に持った。そして、足をそろえてすっと立ち、体の左側をトールの方へ向け、右手を腰の後ろにやり木の枝を片手で構えた。


「トール、今から俺を倒してみて」


「え?…俺は実剣で、アーサーさんが持ってるのは、ただの枝ですけど…」


いくら魔王を倒した英雄と言えど、さすがにどうなのか、と、どうしても思ってしまう。


「あはは、俺はやられたりしないから大丈夫だよ」


それを聞いてケラケラと笑うアーサー。


――そうでしょうけど…。


「でも…」


渋るトール。彼はアーサーの実力を疑っているわけではなかった。しかし、トールの中にはとある不安が残っていた。


にこにこしてトールを見ていたアーサーだが、少し、口角を下げた。


その瞬間、アーサーのまとう雰囲気が変わった。恐れをなさずにはいられない殺気が、アーサーから放たれた。


トールはその殺気を受け、恐怖で固まる。瞳孔が揺れた。


「ほら、トール、やらないとやられるよ?」


相変わらず笑顔なアーサーだったが、その笑みは見た者に恐怖を与える笑みだった。


震え上がるトール。


しかし、トールは本能的に自らの危機を察知すると、剣を抜いた。


「うあああああああ!」


トールは剣を振り上げ、叫びながらアーサーの方へ突進していく。アーサーへと剣を振り下ろした。


アーサーは軽く左腕を動かした。すると、トールはアーサーの振った枝に吹っ飛ばされ、背後の木に背中を打ち付けた。


「痛…っ」


思わずうめき声が出る。アーサーの枝を受けた剣を持つ手に、ビリビリと衝撃が走っていた。


英雄の実力とはここまですごいのか、とトールは呆然とする。ドラゴンを一人で倒すほどだ。ちっとも本気は出していないのだろうが。


しかしゆっくり呆然としている間もなく、トールはアーサーの殺気にびくりと震える。


「まさか、もう終わりだなんて言わないよね?」


ぷらぷらと枝を振りながら、アーサーが言った。


「…っまだ、やれます」


トールは立ち上がりながら言い、笑顔を浮かべた。内心恐怖でしかなかったが、目の前に立ちはだかる強さの塊には、笑うしかなかった。


「お、いいね。どこからでもおいで」


アーサーは嬉しそうにした。


トールは再び、アーサーに向かって駆け出した。







そして、夕方。


ぼろ雑巾のようになったトールは、地面に突っ伏していた。もう動けそうになかった。


トールはアーサーに幾度も向かっていったが、その度にアーサーに軽くあしらわれていた。結局、トールの刃はアーサーに届くことなく、一方的にやられて終わった。そして、今に至る。


「おーい、トール、生きてる?」


ぼろぼろなトールとは対照的に、数時間前となんら変わらないアーサーがやって来て、言った。


「…なんとか、生きてます」


トールの声は死にそうだった。


「ほんと?なんか、死にそうな声してるけど」


アーサーは地面にへばりついているトールの横に座った。


「どうだった?」


アーサーはトールに尋ねた。


「…アーサーさんが、強すぎます」


「あはは、そういうことを聞いてるんじゃないよ」


切実な感想を述べたトールを、アーサーは一笑に付した。


「俺が聞きたかったのは、トールがどう動けたかってこと。どうだった?」


トールは、少し考えた。


「…なんだか、騎士団にいた頃よりも動けた気がします」


アーサーはにこっとほほえんだ。


「そっか。それは、どうしてだと思う?」


「うーん」


――なんでだろう…。


騎士団での訓練と今のアーサーとの手合わせの内容に、大きな違いはなかった。もっとも、相手の強さは天と地ほどの差があったが。


トールははっとする。


「アーサーさんが、強すぎたからかもしれないです」


「?」


首をかしげるアーサー。


「騎士団では、見習いどうしの手合わせが多かったんです。一番強い相手でも、隊長くらいで。下手な動きをすれば、相手を傷付けちゃうんです。でも」


トールはアーサーを見る。


「アーサーさん相手なら、そんな心配しなくてよくて。むしろ、俺がやられないようにするので精一杯で。…なんだか、魔物と戦ってるみたいでした」


トールの最後の一言に、アーサーは声を上げて笑った。


「あはは、面白いこと言うね」


「いや、全然、変な意味はないんですけど」


トールはあわてて弁解する。


「わかってるよ」


アーサーはふう、と息をつくと、微笑みを浮かべた。


「遠慮、かな。たぶん、それが原因だったんだよ。トールは優しいから、万が一にも相手を傷つけちゃうことを恐れて、無意識に抑えちゃってたんだろうね。だから、うまく動けていなくて、強くなれなかった。でも、魔物と戦うときは、しっかり動けてる。今日もね」


アーサーはトールに笑いかけた。優しい笑顔だった。


「トールは、ちゃんと強くなれるよ。俺が保証する」


その言葉に、トールは目を見開く。トールの目がうるんだ。


「俺…っ、強く、なれるんですか…?」


トールの声がつまる。


アーサーが深くうなずいた。


それを見て、トールの目から涙があふれでた。トールの口から嗚咽が漏れる。


「やだなあ、そんなに泣かないでよ」


アーサーは笑いながら、トールの頭をぽんぽんとなでた。


「俺…っ、絶対、強くなってみせます。アーサーさんの言葉を、嘘にはしません」


ぼろぼろと流れる涙をぬぐいながら、トールは言った。


その言葉に、アーサーは少し目を見張った。しかしすぐに笑顔が浮かんだ。とても、嬉しそうだった。


「ありがとう。俺で良ければ、いつでも相手するよ」


「本当ですか…!」


トールはぱあっと顔を輝かせる。

自身を救ってくれた、憧れたアーサー本人に手合わせしてもらえるなど、これほど嬉しいことはなかった。


「でも、頑張りすぎないでね」


「できる範囲で、頑張ります」


アーサーの言葉に、トールはそう言って笑って見せた。それを見て、アーサーもほほえむ。


「もう、すっかり暗くなっちゃったね」


「そうですね…」


空はとっぷりと暗くなっており、あまたの星が輝いていた。


「あと数日すれば、第一城壁近くの街に着きますかね」


第一城壁は、王国の南部と中部を隔てる大きな壁だ。南で出現する魔王の侵略を防ぐため、はるか昔に建てられたものだ。


「そうだね。…今日はもう、休もうか」


「はい。俺、今日はもう動けないです…」


「あはは。トール、ぼろぼろだもんね」


「逆になんでアーサーさんはそんなに元気なんですか…」


「なんでだろうね?」


ケラケラと笑うアーサーに、トールはうろんな視線を向ける。


――俺の弱さがどうとかいう話じゃないと思う…。


トールはアーサーの化け物じみた体力に恐れをなした。


話しているうちに、二人はいつの間にか眠り込んでいた。


そんな二人を、祝福するかのように夜空の星が照らしていた。


読んでいただきありがとうございます!

2章はこの話で以上になります。


面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価、またはブックマークをしていただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ