69. あなたの意味になるのなら
アーサーは、トールが語るのを静かに聞いてくれていた。まとまらない、暗い話であるにもかかわらず。
ひとしきり話終わると、胸につかえていたものが取れたような気がした。
――ああ、俺、誰かに聞いてほしかったんだ。
ずっと、重みを感じていた。
けれど、家族や村の人たちには、言えるはずもなかった。騎士団の同期にも、話せなかった。
何故だか、アーサーには話せた。
「…すみません、長く話しちゃって」
トールは謝る。かなりの時間が経っていた。
「いいよ、全然。話してくれて、ありがとう」
アーサーはほほえんだ。アーサーの優しさが、トールにしみる。
「だから、トールは南に行きたがらなかったんだね」
「え?」
アーサーの思わぬ指摘に驚いてしまう。
「…俺、顔に出ていました?」
おそるおそる尋ねてみる。
「うん。南部の話をしたときは、暗い顔してた」
「そうだったんですか…」
自分では気付かなかった。もっと上手く振る舞えていると思っていた。
「…そんなことがあったんだね。トール、悔しかったよね」
「…はい」
「つらかったよね」
「…っ、はい」
アーサーの言葉に、トールはこくりとうなずいた。目がうるんだ。
「…君はえらいよ。自分にかけられた期待に、ちゃんと応えようとしてて」
「そうですかね…」
「うん。そうそうできることじゃない。トール、君は期待に応えようとできる、強い人だよ」
アーサーはほほえんだ。銀色とも見まがう灰色の瞳が、トールを映す。
「頑張ったんだね」
「…っ」
――どうしてこの人は、こんなにも欲しい言葉をくれるんだろう。
胸が詰まった。
目の前の青年が、これ以上ないほどに輝いて見えた。
「…俺ね、英雄になりたかったわけじゃないんだ」
ぼそりとアーサーが言った。
思わず目を見開いてアーサーを見るトール。
「魔王を倒すことが、ジリアンを返してもらえる条件。だから、俺は魔王を倒して英雄になった。それだけ。英雄になりたくて魔王を倒したわけじゃない」
アーサーの瞳には暗い影が射していた。
「でも、俺が英雄になることで君を救うことになったのなら、俺ははじめて、英雄になってよかったって思ったよ」
「アーサーさん…」
「本音だよ。…ありがとう、トール。俺に、英雄である意味を与えてくれて」
アーサーはほほえんだ。泣きたくなるような微笑みだった。
「…」
自分が一体何をしたいのか、わからないでいた。自分のやってきたことはすべて無意味で、ただ自分の負った罪から逃げようとしているだけなのかもしれないと思うと、怖かった。アーサーに救ってもらって満足してしまっていた自分が誰かに責められているみたいだった。
けれども、トールがアーサーに救われたことが少しでもアーサーのためになったのならば、そんな不安も意味を持つような気がした。
視界が開けたみたいだった。
――やっぱり、アーサーさんは俺にとって、間違いなく英雄だ。
アーサーはにこっと笑う。
「とりあえず、荷物のところに戻ろうか。たくさん話して、おなかすいたでしょ」
「はい。戻りましょう」
そう言って二人は立ち上がると、荷物のあるところへ歩き出した。
歩きながら、アーサーがぽつりと呟いた。
「…トール、君も犠牲者だったんだね」
「?」
相変わらず、アーサーは優しい微笑みを浮かべていた。しかし、その灰色の瞳の奥には静かに激情の炎が燃えているようだった。
「アーサーさん、怒ってます…?」
「? 怒ってないよ?…って、あれ?」
「え?」
二人の視線の先には、置きっぱなしの荷物があった。
そして、セシルたちからもらった包みに、何かが頭を突っ込んでいた。
頭を突っ込んでいた何かは、二人の気配に気付いたのか、むくりと頭を出した。
火蜥蜴だった。
「…火蜥蜴って、パン食べますかね?」
「…雑食らしいから、食べるんじゃない?」
「じゃあ絶対、今食べてましたね」
「俺たちがもらったパンなのにね」
あっはっはと笑うアーサーとトール。
「クアッ」
火蜥蜴が口を開ける。口の中に、火の玉が見えた。
トールはぎょっとして叫んだ。
「パンが焦げる!」
「させるか!」
叫ぶと同時に、アーサーが何かをものすごい勢いで投げた。
「ギャッ」
火蜥蜴の口の中に、石がめり込んでいた。
「わあ」
――クリーンヒット…。
あんな火蜥蜴の倒し方があるのかと、トールは目を見張る。
火蜥蜴は投げつけられた石の勢いに負け、後ろにひっくり返って動かなくなった。口の端からかすかな火が爆ぜた。
「危なかった」
ふう、と息をつくと、アーサーは包みの中身を確かめる。
「よかった。パンは無事だよ」
「なら、よかったです」
嬉しそうに言うアーサーに、トールはほっとして答える。
「今日のごはんがなくなるところだった」
はい、とアーサーはトールにパンを手渡す。
「ありがとうございます。…ん?」
渡されたパンを見て、トールは首をひねる。
そこには、見るからにかじりかけなへこみがあった。
「アーサーさん、これって…」
「なんのことかな?」
アーサーはにっこりと笑う。
アーサーが手に持つパンにも、同じようなへこみがあった。
「いや、これ、どう見ても」
「トール、この世界には知らない方がいいこともあるんだよ」
「もう知らないを通り越してる気が…」
「俺は知らない」
アーサーはぱくりとパンを頬張った。
――食べた…。
「食べないの?」
頬をぱんぱんにしながら、アーサーが尋ねる。妙な圧が怖かった。
「…食べます。食べないなんて、もったいないですから」
トールは諦めてパンに口をつけた。
――おいしいんだけど、おいしくないなあ。
なんだか悲しくなったトールだった。
ちなみに、火蜥蜴がかじったパンを食べても、何も問題はない。
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