68. 裁かれない罪 その10
それは、突然の一報から始まった。
「おい、聞け!魔王が倒された!アーサー・ラングレットが、魔王を討ち取ったんだ!」
騎士団の食堂に、一人の騎士が飛びこんで来るなりそう叫んだ。
「なんだって…!?」
団員で埋まった食堂がどよめく。
「…!」
俺は口に入れていたものを思わず飲み込んだ。衝撃だった。
魔王が、倒された?
村の生活を脅かす元凶だった、魔王が?
唖然とした。
まだ状況を飲み込めていないことによる混乱と、魔王が倒されたという嬉しさと、もしも嘘だったらどうしようという不安が、ぐるぐると心の中を渦巻いていた。
「魔王が、倒されたんだ。もう、平和だ…!」
「平民のくせに、やってくれるじゃないか」
「今までの英雄は王家に縁のある方ばかりだったから、今回はどうなることかと思ったがなあ」
「アーサー・ラングレットは、まさに英雄だ!」
「英雄アーサー・ラングレットに、祝杯を!」
うおおお、と歓声とともに一斉にジョッキがかかげられる。
うだるような熱気に包まれながら、俺はぼうっとしていた。
魔王が倒された。
それならもう、強い魔物は出ない。村が危険にさらされることもない。
何とも言えぬ感情がわき上がってくるのを感じた。
それなら、もう、俺が強くなる必要なんてないじゃないか。
すとんと、肩の荷が降りたような気がした。
一気に体が軽くなった。今までのあの重さは、なんだったのかと思うくらいに。
目頭が熱くなる。
アーサー・ラングレットが魔王を討ち取ってくれた。
強くならなきゃ、という重圧から、俺を解放してくれた。
そもそも、重圧だったんだということを気付かせてくれた。
アーサー・ラングレットが俺を助けてくれたんだ。
アーサー・ラングレットは、まさに俺の英雄だ。
見たこともない英雄の姿が、とても輝いて見えた。
英雄に対して、尊敬のような畏敬のような念がわき上がった。
「…英雄アーサー・ラングレットに、祝福を」
無意識に、ジョッキをかかげて呟いていた。
食堂の熱狂がぼやけて見えた。
魔王討伐の熱狂も冷めやらぬうちに、魔王討伐パーティーの一行は王都に凱旋した。
本当は見に行きたかったけれど、その日は訓練があって行けなかった。残念だ。
でも、いつかは絶対に会いに行きたい。会いに行ってやろうと思っていた。
そんな時だった。
「なんか、王城の方が騒がしいな」
ルイスが言った。
「そりゃそうだろ。だって今日は、魔王討伐パーティーの凱旋式だぜ?盛り上がるに決まってる」
「うん」
ネイドが返す。俺もネイドに同意した。
「いや、そういう盛り上がり方じゃなくないか?これ」
ルイスは怪訝な顔をしながら王城の方を見た。
「たしかに…」
俺も王城の方を見る。
言われてみれば、聞こえてくる喧騒は歓声というには違和感があった。何かトラブルが起きたみたいな。不穏な感じがした。
練習場に、一人の騎士が駆け込んできた。顔には動揺と焦りが浮かんでいるように見えた。
「おい、そこの見習い!ちょっとこっち来てくれ」
「はい!」
「こっちだ」
駆け込んできた騎士の指示に従い、俺たちは慌てて練習場をあとにした。
なんだか嫌な予感がした。
「…っ」
俺たちが連れて来られたのは、王城の謁見の間だった。
凱旋式が行われていたはずの場所だった。
目の前の光景を見て、俺たちは絶句した。絶句するしかなかった。
だって、精鋭であるはずの騎士たちが、全員やられていたんだ。
謁見の間は凄惨たる状態だった。
騎士たちはほとんど床に倒れていて、至るところからうめき声が上がっていた。ところどころに、赤い血が飛んでいた。
神官がやって来ていて、怪我人の治療にあたっていた。
一言で言えば、混沌だった。
「一体、何が」
震える声で呟いていた。
状況が飲み込めなかった。凱旋式をしてたんじゃなかったの?
ルイスとネイドも目を見開いて突っ立っていた。ただただ衝撃だった。
近くにいた人が俺の疑問に答えてくれた。
「…英雄が、やったんだ。反逆して逃走した」
「え?」
目を見張った。
英雄が、反逆?
何を言っているのか、よくわからなかった。
だって、アーサー・ラングレットはこの国を救った人物じゃないか。
反逆という言葉と結びつかなかった。
「とりあえず、倒れている人を運んでくれ。人手が足りない」
「承知しました」
俺たちは敬礼すると、倒れている人をひたすら運びまくった。
唐突に起きた、王国の運命を変えるような事件に戸惑いながら。
英雄アーサー・ラングレットが反逆してから、あっという間に時が経った。
あの日から、王都にはおびただしい数の英雄の手配書が舞った。
英雄であったはずのアーサー・ラングレットは、あっという間に反逆者へと転がり落ちた。みんなあんなに英雄の活躍に喜んでいたのに、今じゃそんなことはすっかり忘れちゃってるみたいだった。
未だアーサー・ラングレットを英雄だと思っている俺にとっては、そんな状況に複雑な気持ちを抱くしかなかった。
英雄の反逆から一年が経った頃、俺は上官に呼ばれた。
俺は上官の部屋の前まで来ていた。
なんとなく、何を言われるのかわかっていた。
ふう、と息をつくと扉をノックした。
「ハーヴィ隊長、エインズです」
「入れ」
「失礼します」
俺は部屋の中に入った。
隊長は俺に座るように促した。俺は手前のソファに腰かけた。
隊長の顔をちらりと見る。隊長の表情からは、何も読み取れなかった。緊張して手に汗がにじむ。
「何か飲むか」
隊長が尋ねた。
「え、いや、そんな」
思ってもない質問にうろたえてしまった。
「遠慮するな。紅茶でいいか」
「…はい。ありがとうございます」
隊長は紅茶を入れて、俺に出してくれた。目の前に出された湯気をたてている紅茶に、口をつけるのがなんだか怖かった。
おそるおそる口をつける。普通においしかった。
少し緊張がほぐれた気がした。
隊長は俺の前に座った。
「…さっそくだが、今日来てもらった本題に入ろうか」
「…はい」
俺はカップをテーブルに置いて、姿勢を正す。
「単刀直入に言おう。トール・エインズ、お前は今月末をもって騎士団から除籍だ」
「…承知、いたしました」
ああ、やっぱり。
意外にも、その宣告はすっと受け入れられた。
「…潔いな」
隊長は驚いたように言った。
「自分の実力では、いつかこうなるだろうとは思っていました」
なんとなく、察していたことだった。
騎士団には滑り込みで入れたようなものだった。最近は、全然成果を出せていなかった。いつまでたっても弱い俺が騎士団に残れるほど、甘い世界ではないことも知っていた。
「そうか。…まあ、たしかに、弱くはあったな」
隊長は呟くように言った。
「…はい」
自分の上官にあらためて言われると、精神にくるものがあった。
ここ一年は、周りから弱いってさんざん言われてたから、もう慣れてると思ってたのにな。
そう思ったらなんだか悲しくなってきた。
「除籍の理由を言っておくが…。端的に言えば、お前の性格だ」
隊長は静かに言った。
実力を指摘されなかったことは、少し意外だった。
「もう、魔王は倒された。時代が変わったんだ。これから騎士団に求められることは以前とは異なる。エインズ、お前はよくやった。だが、これからの時代は、騎士団はお前にとって良い環境ではないだろう。俺が、お前は実家に戻った方がいいと判断した。何か、疑問点は」
「いえ。ありません」
思ったよりも、しっかりと答えられてびっくりした。
それは隊長も同じみたいだった。隊長は少し面食らっていた。
「…なら、いい。話は以上だ。戻っていいぞ」
「はい。ありがとうございました」
俺は一礼すると、立ち上がって扉の前に向かった。
きっともう、この部屋に来ることもないのだろう。もともとあまり来たこともなかったけど。
「…本当に、お前はよくやっていたよ、エインズ」
ぼそりと、隊長が呟くのが聞こえた。
思わず振り向いた。
隊長は、悲しげな笑顔を携えて俺のことを見ていた。
「…失礼します」
俺は一礼して部屋から退出した。
隊長の言葉も、表情も、何を意味するのかわからなかった。
部屋の外に出ると、俺はふう、と息をついた。
「…クビになっちゃった」
はは、と笑う。
わかってはいた。いつかはこうなるって。
でも、思っているのと実際に突き付けられるのとでは、全然違った。クビになったという事実が、後追いでじわじわとやってきた。
ふと、気付いた。
「…俺、これからどうしよう」
思わず口からこぼれていた。
強くなると言って家を出て、騎士団にやって来た。でも、強くはなれなかった。
騎士団で得たものがあるとすればそれは、俺はやっぱり弱かったっていう事実だ。
英雄アーサー・ラングレットが魔王を討ち取って、俺は自分の犯した罪から解放されたような気がしてた。
でも、違うんだ。
俺の脳裏に、ヘルハウンドと遭遇した時の記憶が走る。
たしかに魔王は倒されて、平和になった。俺は英雄に救われた。けれど、だからといって俺の犯した罪がなくなったわけじゃない。
俺が犯したのは、裁かれない罪だ。
騎士団に捕まるわけでもないし、村の掟に反したわけでもない。
父さんや母さん、村の人たちが言うように、俺は悪くないのかもしれない。
けれど、俺のせいでお姉ちゃんが歩けなくなってしまったことは、紛れもない事実だ。
その事実は十分すぎるほどに、俺の犯した罪なんだ。
俺は犯した罪を贖わなければいけない。たとえそれが、誰かに裁かれるような罪ではなくても。
騎士団に入ったのは、罪を贖うためだ。
俺が罪を犯したのは、俺が弱かったからだ。だから、強くならなきゃいけないと思った。強くなって、村を魔物から守って、二度とあの失態を再演しないようにすることが、俺の犯した罪に対する償いなんだ。弱いままじゃ、お姉ちゃんに顔向けできない。
騎士団に入ることは俺の贖罪だった。いや、贖罪だと偽っていた。
俺はただ、逃げ出しただけだったんだ。
俺は耐えられなかったんだ。俺の罪を突き付ける車椅子のお姉ちゃんを毎日見ることが。俺は悪くないとなぐさめられるのが。悪くないと言いつつ、やっぱりそこには落胆や失望が混ざっていることが。みんなの期待に応えられない自分が。
俺は戦うのが弱かっただけじゃない。それ以上に、精神が弱かったんだ。
だから、逃げ出した。騎士団に入って強くなるという、体の良い言い訳を使って。
元がそんななんだ。騎士団に入ったからって、そういう弱さがなくなるわけじゃない。現実は甘くはなかった。
村から逃げ出して、騎士団では弱いと言われ、挙げ句の果てにクビになって、それでも家に帰れずにまた逃げた。
アーサーさんについていくようになって、少しは強くなった気がした。
でもそれは、錯覚だ。
強いのはアーサーさんであって、俺じゃない。
その証拠に、俺は何度もアーサーさんの足を引っ張ってる。
結局、弱いままなんだ。
強くなりたいと逃げ出して、強くなることから逃げている。
「一体俺は、何をしているんですかね」
トールは泣きたくなるような笑顔を浮かべた。
読んでいただきありがとうございます!
トール過去編は以上になります。
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