67. 裁かれない罪 その9
強くなりたい、と家を飛び出して、騎士団の入団試験に落ちたらどうしよう、とは思っていた。というか、落ちる可能性の方が高いと思っていた。
無事王都にたどり着いて、入団試験も受け終わり、合格者発表の日だった。
「…受かってる」
おれは騎士団の掲示板に貼られた、入団試験の合格者名が書かれた大きな紙を見て、唖然としながら呟いた。
トール・エインズの名前があった。
信じられなかった。
でも、合格した衝撃よりも嬉しさと安心感の方が大きかった。
受かったんだ。
そう実感すると、どっと体の力が抜けた。
よかった…。
思わず顔がほころんだ。
「合格者は、中へ入ってください」
係員の案内にしたがって、王宮の騎士団の敷地の中に入っていく。
どこもかしこも大きいし、豪華だし、田舎出身のおれからしたら違いすぎる世界に頭がくらくらした。すごいところに来ちゃったな…。
講堂のような、大きい部屋に通された。てきとうな席に座る。
五百人くらい入りそうな部屋の中に、ぎっしりと人が詰まっていた。今年は合格者数が多いとは聞いていたけれど、実際に目にするとその数はすごかった。
あたりまえだけど、強そうな人ばかりで怖くなった。
おれ、こんなところでやっていけるんだろうか…?
ざわざわとしていた部屋だったが、壇上に一人の騎士が立つと、ぴたりと喧騒がやんだ。
緊張感がただよった。思わずごくりと息を飲んでいた。
壇上に立った騎士は、ただ者ではない雰囲気をまとっていた。平凡なおれでもわかる。絶対に強い人だ。
「諸君、この度は騎士団への入団試験、合格おめでとう。我々は、諸君を歓迎する」
威厳のある声だった。背筋が伸びる。
「私は、ウィシュタル王国騎士団団長の、ヴィンセント・ライアンだ。これからよろしく頼む」
「はっ」
部屋の中に、威勢のいい返事が響きわたる。まだ返事の仕方も習っていないのに、思わず返事をしてしまうような、そんな圧が団長にはあった。
これが王国最強の人物なのかと、震えが走った。
「さて、諸君。今年は合格者が多い。これには理由がある。もっとも、それを察している者もいるであろうが」
団長の真剣な声と鋭い眼差しに、部屋の中はしん、と静まり返った。
なんとなく、嫌な予感がした。
「今年の合格者を増やした理由は一つ。魔王が、復活した」
え?
会場がどよめいた。でもそんなの、気にしていられなかった。予想を越える言葉が聞こえた気がした。
今、なんて言った?何が、復活したって?
「静かに!」
団長の放った一言で、部屋が静まり返る。でも、ところどころでひそひそと話す声が聞こえていた。
「諸君の反応ももっともだ。前回の復活からまだ百五十年ほどしか経っていない。だが、魔王は今、復活した。これが事実だ」
顔からサッと血の気が引いた。
「ここ最近、各地、主に南部地域で、魔物の増加・強化が発生していた。これも魔王復活によるものだ。魔王は例にもれず、『始まりの森』で復活した」
「…!」
おれは目を見開いていた。
嘘だろ。
だって、まだ百五十年しか経ってないじゃな
いか。父さんも、魔王の復活はありえないって言ってたじゃないか。
でも、思いあたることがありすぎた。今年は村の魔物が多かった。冬も、おれがかなり狩っていたはずなのに、まだたくさんいた。それに、あの普段なら現れるはずのないヘルハウンド。
ぞわりと悪寒が走る。
しかも、『始まりの森』だなんて。村は、王国南部にある。始まりの森は、王国の最南端だ。村は絶対、ただでは済まない。
手が震えていた。
おれは、どうしようもない間違いを犯してしまったのかもしれない。
「これから魔物が大量発生するのは必至だ。強い魔物も増えるだろう。討伐の人手が必要だ。それが、今年は合格者が多い理由だ。なお、この情報は明後日公表される。それまでは口外しないように」
団長が続ける。
「諸君らは困難な時代に騎士団へと入団した。苦労することも多いだろう。だが、それを乗り越え、騎士としての務めを果たせ。諸君らの騎士としての働きを、期待している」
団長はにやりと笑った。
「はっ」
部屋に、ビリビリと返事が響いた。
そうだ。おれは、騎士団に入ったんだ。
それなら、ちゃんと騎士として強くなって、早く村に戻ろう。そして、村を危険から守れるようになろう。
そうすれば、あの日みたいなことはもう起こさなくて済むじゃないか。
おれはそう決心した。はずだった。
でも、そんな簡単なことじゃなかった。
おれがそう早く強くなれるはずもなかった。
魔王復活の知らせとともに、魔王討伐パーティーが結成されて討伐へと赴いていた。
でも、魔王は強い。そんなすぐに倒されるわけではなかった。
毎日、魔王との戦いの最前線である南部の情報が届いた。主に、良くない情報が。
「トール、大丈夫か?」
「きっと村は大丈夫だよ。魔王討伐パーティーがいるじゃないか」
「…うん。ありがとう」
よく一緒にいるようになった、同期のネイドとルイスが声をかけてくれた。その親切さが、ただただありがたかった。
きっと村は大丈夫。そう思い込もうとしたけれど、うまくいかなかった。
今すぐ村に駆け戻りたかった。みんなの無事を確かめたかった。危険にさらされているなら、おれも力になりたかった。
でも、それはできなかった。今のおれは、村の狩人じゃない。騎士見習いだから。
おれは、逃げてきたんだ。村を見捨てたんだ。おれは早く強くなって、村の魔物を狩らなきゃいけなかったのに。
自分が悔しかった。情けなかった。
体にのしかかる重さにもう、耐えられそうになかった。でも、この重さを捨てる勇気もなかった。
何かがじわじわと心をむしばんでいくような気がした。
もう、誰でもいいんだ。
誰かおれを助けて。




