66. 裁かれない罪 その8
家に帰って、夕食を食べ終わった頃だった。
父さんと母さんは談笑していて、お姉ちゃんとトーマとメルは三人で遊んでいた。
おれはごくりと息をのむと、言った。
「父さん、母さん、話したいことがあるんだけど」
二人はぴたりと話すのを止めて、おれのことを見た。
心臓がどくどくと打つ音がいやにうるさかった。
「…ミア、すまない。トーマとメルと別の部屋で遊んでてくれないか」
「…うん、わかった」
父さんがお姉ちゃんに言う。お姉ちゃんはうなずくと、トーマとメルを連れて別の部屋に入っていった。
なんだか見透かされてるみたいだ。
パタン、とドアが閉まる音がすると、父さんが口を開いた。
「トール、どうしたんだ」
優しい声だった。父さんも母さんも、優しい笑顔を浮かべていた。
何かがこみ上げてきた。
おれはそれをぐっとこらえると、言った。
「…おれ、騎士団に入りたい」
「…」
誰も何も話さなかった。
おれは父さんと母さんの顔を見るのが怖くて、顔を上げられなかった。
「…ミアのことを、気にしているの?」
母さんが尋ねる。
おれはこくりとうなずいた。気にしているかと言われれば、気にしていた。
「…本当に、あれは、あなたのせいではないのよ。あなたはよく頑張ったわ」
「そうだぞ。おまえの年でヘルハウンドを倒せるなんて、そうそうない」
母さんに続けて、父さんもおれのことをなだめた。二人とも、心配げな顔でおれのことを見ていた。
そうじゃないんだ。
頑張って何かを得られるなら、それでいい。でも、得られたのはお姉ちゃんが歩けなくなることだったじゃないか。そんなの、おれは望んでなんかなかったんだよ。
だから、おれは強くならなきゃいけないんだ。もう二度と、あんなことを起こさないように。
「そんなことないよ。だって、俺がちゃんとしていれば、お姉ちゃんはああはならずに済んだんだ…!俺のせいだよ…!」
最後の方は、声が震えた。
「…」
父さんと母さんは、何も言わなかった。困ったような顔をしていた。申し訳なかった。
父さんと母さんは互いに目を見合わす。二人の間で、何かが伝えられているようだった。おれにはそれが何かわからなかった。なんだか時間が過ぎるのが遅かった。
父さんと母さんは軽くうなずくと、おれの方に向き直った。
「わかった」
父さんが言った。
「お前がそこまで言うなら、行ってきなさい」
「…!」
許してもらえた。
何か重いものが、すとんと落ちた気がした。
「…でも、いつでも戻ってきていいんだからな」
父さんと母さんがほほえんだ。優しい微笑みだった。
「…っ、ありがとう。父さん、母さん」
声がつまった。
視界がぼやけた。
ゆっくりと目を開いた。
そこには見慣れた天井があった。朝早い冬の空気が、家の中でも冷たかった。
おれはベッドの上に起き上がる。布団から出ると寒かった。
なんだか寝た気がしなかった。緊張しているからかな。外はまだ暗かった。
おれはそっとベッドから降りると、音を立てないように身支度を済ませた。隣ではまだ、トーマが寝ていたからね。
トーマはすよすよと寝息を立てて寝ていた。少し寒そうにしていたから、おれの布団を持ってきて上からかけてやった。
「…兄ちゃん、いってくるね、トーマ」
そう呟くと、おれはそっと部屋の扉を開けて部屋の外へと出ていった。
今日がおれが出発する日だった。
それは村中に知られていたけど、おれは見送られる気なんてなかった。気まずかったし、どんな気持ちで見送られればいいかわからなかったから。
だから、まだ誰も起きていない朝早くに、村を出ようと思ったんだ。
誰も起きていないはずだった。なのに。
おれが家の扉のドアノブに手をかけた時だった。
「おはよう、トール」
思わず飛び上がった。
一番、聞きたくない声かもしれなかった。
「…おはよう、お姉ちゃん」
おれはぎこちなく振り向く。どんな顔をすればいいかわからなかった。
暗がりの中で、お姉ちゃんがどんな顔をしているのか見えなかった。
「もう、行くの?」
「…うん」
やっぱり、お姉ちゃんにはかなわないや。お姉ちゃんには、ばれてしまった。おれがこっそり家を出ようとしていることが。
「そっか。…もう何も、言わないわ。トールが決めたことだもの」
「…」
お姉ちゃんの優しさだった。でも、その優しさが痛かった。
「いってらっしゃい、トール。…帰ってくるのを、待ってるね」
お姉ちゃんは、ほほえんでいた。優しい笑顔だった。
熱いものがこみ上げてくる。
「ありがとう、お姉ちゃん。いってきます」
自然と笑顔が浮かんだ。視界がうるんだ。
おれは家の外に出て、ぱたんと扉を閉めた。もう、踏み越えることのできない境界が、背後によこたわっているみたいだった。
俺は空を見上げる。
夜明け前の東の空が、白く光っていた。
俺はふう、と白い息を吐くと、北に向かって歩きだした。




