65. 裁かれない罪 その7
翌朝、なんだか気まずくてそろそろと一階に降りた。
「トール」
うしろから声をかけられた。びっくりして飛び上がった。
おそるおそる振り向くと、そこには車椅子に乗ったお姉ちゃんがいた。
「おはよう」
お姉ちゃんはほほえんだ。
「…おはよう、お姉ちゃん」
お姉ちゃんを見下ろすことになるのがつらかった。
「トール、頬は大丈夫?」
「ああ…、うん、大丈夫」
全然気にしていなかった。意識したら、まだズキズキと痛むような気がした。
「なら、よかったけど…」
お姉ちゃんはおれのことを見る。
「あのね、トール。私のことは、本当に気にしないで」
体温がすっと引くような感覚がした。
「ほら、だって、トールがヘルハウンドを倒してくれたから、こうやって生きて帰れたわけだし。この怪我も、私が飛び出しちゃったせいだもの」
お姉ちゃんはそう言って笑った。
「だからね、トール、もう無理しないで」
「無理なんて、してないよ」
「でも、トール…」
「おれ、薪取りに行くね」
お姉ちゃんが何か言いかけていたのをさえぎって、おれはその場から離れた。もうこれ以上は、聞いていられなかった。お姉ちゃんは優しいから、おれが悪くないって言ってくれる。でも、おれが罪を犯したことに変わりはないんだ。だけど、お姉ちゃんの優しい言葉でそれを突きつけられるのが怖くて、逃げ出してしまった。
車椅子のお姉ちゃんがおれに追いつけないことを、わかっていて。
冬も終わりかけの頃だった。
ある一つの知らせが、村に舞い込んだ。
おれがそれを知ったのは、村の人たちが話しているのが耳に入ってきた時だった。
「聞いたか、あの知らせ」
「ああ、聞いた。騎士団が、見習いを多く募集するってやつだろ?」
足が止まった。
――え。
「入団試験も普段より受けやすいらしいな」
「突然そんなことするなんて、何かあったのかね」
思わず、話に耳をそばだてていた。
「兄ちゃん、何止まってるの?早く行こうよ」
トーマがおれの服の端をひっぱって言う。はっとしてトーマの方を見ると、トーマは突然立ち止まったおれのことを怪訝な顔で見ていた。その隣にいるメルも、不思議そうな顔をしていた。
「…ごめん、なんでもない。行こうか」
おれは二人に笑いかけると、再び歩き出した。
おれたちが向かったのは、村の北側のはずれだった。冬も終わりかけていて、雪も溶け始めていたけれど、村の北の方にはまだ雪が残っていた。トーマとメルが最後の雪で遊びたがってたから、おれは二人を連れてきていたんだ。
トーマとメルは楽しそうな声をあげながら、雪玉を作っていた。おれもそれにまざって雪玉を作る。
『強い魔物って、騎士が倒してくれるんでしょ。強い魔物が出たら、騎士に倒してもらおうよ』
前にトーマが言っていたことが頭に浮かんだ。
あのときは、それじゃ間に合わないって思った。でも、もし。
突然、何かが顔に直撃した。
「うわ!」
思わず声をあげる。顔にあたったものはくだけてばらばらと落ちた。顔がひんやりした。
「やったー、あたった!」
トーマとメルが歓声をあげる。顔に直撃したのは、トーマが投げた雪玉だった。
雪玉を投げつけられてもぼうっとしている俺を見て、トーマが眉をひそめた。
「…兄ちゃん、なんか、変じゃない?」
「え?」
トーマの言葉に面食らう。
そしたらまた、雪玉が飛んできた。雪玉が額にあたってくだける。
あーあ、またあたっちゃった。
「ほら。いつもならよけるくせに」
トーマが不満そうに言う。そして、次から次へと雪玉を投げてきた。
「ちょ、待って、トーマ」
ばこばこと雪玉があたって、あっという間に雪だらけになってしまった。トーマが投げる横でメルがせっせと雪玉を作ってるもんだから、全然終わりが見えない。
投げ返そうかとも思ったけど、さっきまで作っていた雪玉は、トーマの投げた雪玉に直撃したときに思わずつぶしてしまっていた。
メルがトーマに尋ねた。
「トールお兄ちゃん、元気ないの?」
「それはいつも」
トーマの返しがグサッと刺さった。
おれ、そんなにいつも元気ないっけ…。
「兄ちゃん、変だよ。特に今日は。最近ずっと元気ないけどさ、今日はすごいぼーっとしてるじゃん。どうしたの」
トーマがまっすぐにおれのことを見てくる。
トーマの視線が刺さった。
「いや…、なんでもないよ」
「ぜったい嘘」
おれの返しに、トーマがぴしゃりと言い放つ。
ごまかせなかった。
トーマはじっとりとした目でおれをにらんでいた。思わず目を反らす。
「…もういいや。メル、兄ちゃん遊んでくれないから、二人で遊ぼ」
「?うん」
トーマは問い詰めるのをやめてくれたが、代わりに仲間はずれにされてしまった。
え、それはさみしいんだけど…。
しかも、メルもちゃっかりトーマに加担してるし。
「…」
でも、なぜだか体が動かなかった。二人が遠く見えた。
おれははあ、とため息をついて、二人が遊んでいるのを見ていた。




