64. 裁かれない罪 その6
冬が、やってきた。
村に、さくさくとおれが雪を踏む音だけがしていた。その日は吹雪いていて、かぶった外套のフードには雪が積もっていた。吐く息が白かった。
「トール、おまえは悪くないんだ。ミアのことは、気にするな」
「トール、あなたはよく頑張ったわ。気に病むことなんてないの」
父さんと母さんはそう、散々おれに言い含めた。
でも、おれはそれを真に受けちゃいけないんだ。
「トール、ヘルハウンドを倒したって?よくやったな」
「まだ子どもなのに、すごいじゃないか」
「さすがはトールだな。頼りにしてるぞ」
村の人たちは口々におれのことを褒めてくれた。
でも、おれは知っていた。おれのいないところで、こうも言っていることを。
「ミア、もう歩けないんだってね。可哀想に」
「トールは頑張ってくれたんだけどなあ。もう少し、早く倒せてたらなあ」
「それを言うのは可哀想だ」
「トールもまだ子どもだもんな。頼りすぎたなあ」
小さい村なんだ。いくら隠そうとしたって、そのうち村中に知れ渡ってしまう。村の人たちは優しいから、おれを気遣っておれの耳に入らないようにしようとしてくれたんだ。でも、おれの耳にまで入ってきてしまった。
村の人たちは、おれのことを責めているわけじゃない。これは、落胆だ。期待に応えられなかったおれへの、失望なんだ。
村の人たちの言うことは、間違ってない。むしろ、その通りだ。あの時、おれが動けていたら。もう少し早く、ヘルハウンドを倒せていれば。あんなことにはならなかったはずなんだ。おれはお姉ちゃんを、村の人たちの期待を、裏切った。
いつの間にか、家の前に着いていた。家の中は、暖かなオレンジ色の光が灯っていた。
「…」
なんだか入る気が起きなかった。おれの顔に寒風が吹き付けて、被ったフードを飛ばしていった。冷たい空気にさらされた肌が痛かった。
その時、バン、と大きな音を立てて家のドアが開いた。その音にビクッと震える。
「トール!おまえ、どこに行ってたんだ!」
父さんだった。
ドアを勢いよく開けて出てきた父さんは、険しい表情だった。でも、どこかほっとしたような表情でもあった。
「…」
何と言えばいいかわからず、おれは黙ってうつむいた。
「とりあえず、中に入れ」
何も言わないおれにしびれを切らしたのか、父さんはため息をつきながらおれの腕をつかみ、家の中に入れようとする。
「父さん、おれ…」
おれが拒む前に、家の中へ入れられてしまった。外とはうってかわって、家の中は暖かかった。
家族が帰ってきたおれのことを見た。視線が居心地悪かった。
「…トール、おまえ、また森に行ってたのか」
「…」
父さんはおれの腰に提げた短剣と、ブーツに飛んだ赤い液体を見て言った。答えるまでもなく、その通りだった。
「一人で行っていたのか」
「…うん」
おれはおそるおそる父さんを見上げた。父さんは痛みを耐えているかのような顔でおれのことを見下ろしていた。
「…危険だろう!何考えてるんだ!」
父さんが怒鳴る。思わず首がすくんだ。父さんがこんなに声を荒げるのは珍しかった。
「…だって、まだ森には魔物がたくさんいるんだ。狩らないと、また」
「だからといっておまえが一人で行っていいとは言ってない!もう何度も、一人で行くなと言ってるだろう!」
「…」
おれの反論は一蹴されてしまった。おれは黙るしかなかった。
おれが一人で森に入るのは、今日が初めてじゃなかった。あの日から何度も、森に一人で入っては父さんたちに叱られていた。
「…あのな、森へ魔物狩りに行くなと言ってるわけじゃない。一人で行くのが、危ないんだ。冬の森はいつもより危険だ。だから、一人で行くなと言っているんだ」
父さんは諭すように言う。
「おまえはよく頑張ってるよ。まだ冬も中盤なのに、おまえだけでいつもの冬以上の魔物を狩ってるじゃないか。村の人たちも、頼りになるって、トールに感謝してる。もう、おまえが頑張りすぎる必要はないんだ」
父さんはおれの肩に手を置き、目を合わせて言った。父さんがおれのことを心配してくれているんだとわかった。
何かがこみ上げてきた。
「でも…っ、魔物がいなくなったわけじゃない。今年は魔物が多いんでしょ?なら、もっと狩らなきゃ」
焦燥、だったんだと思う。村の人たちが頼りに思ってくれてる。でも、まだ一人で森に行くのが心配されるくらいには、頼りなかったらしい。父さんに心配されてしまうくらいでしかない自分の強さが、気に入らなかった。
「もう、いいんだ」
「よくないよ!もっと―」
「いい加減にしろ!」
左頬に衝撃が走った。おれは右下に顔を向けていた。父さんが、おれの頬を叩いたのだった。左頬がじんじんと痛かった。反射で涙が出てきた。
「あの日のことは、おまえの責任じゃない!おまえが気にやむ必要はないんだ。おまえが森に行って、おまえに何かあったらどうするんだ...!もっと自分の身の安全を気にしてくれ」
父さんは泣きそうな顔をしていた。そのうしろで、母さんたちが心配げにこっちを見ているのが見えた。お姉ちゃんが、つらそうな顔をしているのを見て、胸がズキリと痛んだ。
「ごめんな、叩いてしまって」
「…ううん」
申し訳なさそうに謝る父さんに、怒る気にはなれなかった。自分が悪いってこともわかっていた。でも、どうしても悪いことだとは思いきれなかったんだ。
「…父さんの言いたいこと、わかってくれたか?」
「…わかんないよ」
おれはだっと駆け出して、階段をかけ上った。
「トール!」
階下で父さんが呼び止める声が聞こえた。で
も、おれはそれを無視して自分の部屋に飛びこんだ。
「…っ」
悔しかった。おれが弱いせいで、父さんたちを心配させてしまった。お姉ちゃんにつらい思いをさせてしまった。
おれはベッドに倒れこんだ。
おれは、強くならなきゃ。もう二度と、守れないなんてことがないように。ヘルハウンドを倒した時に全身にのしかかったあの重さを、感じなくて済むように。
腹がきゅう、と鳴った。当然だ。夕飯を食べてないんだから。
その時、コンコン、とドアがノックされて、トーマが入ってきた。おれとトーマは、同じ部屋で寝ているんだ。
「兄ちゃん、大丈夫?」
おそるおそる聞いてくるトーマ。
「…うん」
おれはベッドの上に起き上がった。弟に心配される自分が、情けなかった。
「兄ちゃん、これ」
トーマが差し出してきたのは、パンとスープだった。おれの分の夕飯を運んできてくれたらしい。
「兄ちゃん、お腹すいてるでしょ。食べなよ」
「…うん。ありがとう、トーマ」
思わず笑みがこぼれた。トーマの気遣いが嬉しかった。
トーマは気恥ずかしそうにしながら、自分のベッドの上に座った。
「…兄ちゃんは、なんでそんなに頑張れるの」
「…?」
トーマが聞きづらそうに、聞いてきた。
「だってさ、兄ちゃん、強いじゃん。いつもの冬に狩る魔物、もう全部兄ちゃんが狩っちゃったんでしょ?十分じゃない?」
トーマがおれのことを見た。淀みのない瞳がまぶしかった。
「…まだ、十分じゃないんだよ。きっと森の
奥には、もっと強い魔物がいる。それを倒さないと」
「それってさ、兄ちゃんじゃなくてもよくない?」
殴られたみたいだった。
おれじゃなくてもいい?
「強い魔物って、騎士が倒してくれるんでしょ。強い魔物が出たら、騎士に倒してもらおうよ」
トーマはきょとんとして言った。
「…」
それじゃ間に合わないんだよ、トーマ。
なんてことは、言えなかった。トーマに悪気はなかったから。
魔物が出てからじゃ、遅いんだ。あの時は、騎士は来てはくれなかった。来たとしても、絶対に間に合ってない。魔物と遭遇したら、自分で倒せないと終わりなんだ。
「…そうだね。それがいいかもね」
おれはそう言ってほほえんだ。そう言うしかなかった。




