63. 裁かれない罪 その5
結果として、お姉ちゃんは無事だった。
怪我を負ってから時間がそう経たないうちに教会で治療を受けられたことが功を奏したらしい。
けれど、完全に無事なわけではなかった。
お姉ちゃんはもう、歩けなくなってしまった。
車椅子に乗って帰ってきたお姉ちゃんを見て、おれは息が止まった。自分のしでかしたことの重大さを、これでもかと突き付けられた気がした。
ヘルハウンド自体は、中位の魔物にしてはそれほど強くはないらしい。ただ、ヘルハウンドの持つ魔力が厄介だった。毒みたいなもので、ヘルハウンドにつけられた傷口はヘルハウンドの魔力で壊死してしまう。しかも、光魔法でしか治せない。それがヘルハウンドが中位の魔物たる所以だった。
お姉ちゃんの傷は治すことはできたらしい。
でも、後遺症は残ってしまった。ヘルハウンドの魔力が、教会についた時にはもう広がってしまっていて、光魔法をもってしても手遅れだったんだ。
帰ってきたお姉ちゃんは、呆然と立ち尽くすおれを見て、ほほえんだ。おれのことを恨んだり、憎んだりしているような目ではなかった。
ただひたすらに優しくて、おれのことを気づかう目だった。胸がずきりと痛んだ。
「ただいま、トール」
「…おかえりなさい、お姉ちゃん」
声が震えた。
「心配かけちゃってごめんね。えへへ、お姉ちゃん、やらかしちゃった」
お姉ちゃんは決まり悪そうに笑って見せた。まるで、自分の怪我を見て絶望した顔をするおれのことを、励まそうとしているみたいに。
「…違うよ。お姉ちゃんがやらかしたんじゃないよ。おれが、やらかしたんだ。あの時、おれがちゃんとしていれば…」
視界が揺れた。あの時の光景が脳裏を走った。
「ううん、トールはちゃんとしていたわ。トールは悪くない。私を助けてくれたじゃない。トール、本当にありがとう」
お姉ちゃんは笑った。優しい笑顔だった。
「違う、違うんだ…」
どうして?どうして、おれを責めないの?お姉ちゃんはおれのせいで、歩けなくなったのに。
膝の力が抜けて、おれはお姉ちゃんの前に崩れ落ちた。床に手をつく。床に水滴が落ちて、色が変わった。
「トール…?」
頭上から、お姉ちゃんの心配そうな声が降ってきた。まわりにいる父さんや母さんたちも、おれのことを心配そうに見ているのがわかった。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。守れなくて。ごめんなさい、ごめんなさい…」
ひたすら口から出てくるのは、謝罪の言葉だった。それしか言えなかった。言って何か変わるわけではないけれど、それがその時おれが言えたすべてだったんだ。
「トール、思い詰めるな。お前は、悪くない。お前は本当によくやったよ。ヘルハウンドを一人で倒したじゃないか」
父さんはうずくまるおれの隣にしゃがむと、おれの背中に優しく手を置いた。それがおれには重かった。
「そうかもしれないけど…っ、でも、遅すぎたんだよ…!」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
お姉ちゃんが父さんに教会へ連れていかれた後、魔物と戦える村の大人たちが森の中に様子を見に行ったんだ。そこにはちゃんと、ヘルハウンドの死骸があったらしい。それとおれの血だらけになった短剣と服から、大人たちはおれが一人でヘルハウンドを倒したと判断した。状況的に、実際そうだったんだと思う。あの時、おれの手には魔物を切った感触がしっかりと残ってたから。
おれは村の人たちに、驚かれつつも褒められた。よくやったって。でも、おれはそうは思わない。だって、ヘルハウンドを倒しても、お姉ちゃんは守れなかったじゃないか。
「遅すぎるなんてことはない。ちゃんとミアを連れて帰ってくれた。それで、十分だ」
「そうだよ、トール。トールは私を助けてくれたよ」
父さんとお姉ちゃんが口々におれを慰めてくれる。
「そんなこと、ないんだよ…」
おれは止まらない涙を流すしかなかった。
初めて魔物を狩った時に感じたあの重さ、そして倒れたヘルハウンドの前に立っていた時に感じたあの重さが、何だったのかがわかった気がした。
あれは、おれが背負った村の人たちの無事だ。
おれが魔物を倒せなければ、村の人たちが被害に遭う。おれは魔物を倒せないといけないんだ。そうじゃないと、またお姉ちゃんのような人がでてしまう。おれは、強くならなきゃ。強くないといけないんだ。
強くなかったら、おれには、一体なんの価値があるんだろう。




