6. 不運
甘ったるい匂いがする、というトールの言葉を聞いて、アーサーは顔をしかめた。嫌な予感がした。
「トール君、なるべくそこの空気を吸わないようにして」
アーサーはトールに言う。強い言い方になってしまった。
ふと、アーサーは誰かが近づいてきていることに気づいた。
「え?アーサーさん、それってどういう…」
困惑するトールをおいて、アーサーは立ち上がって自分たちが来た方向に目を向けた。
そこには、黒いマントを着た男がいた。アーサーが振り向いたことにギクッとしていた。
「うわ、気付いちゃうんだ」
何で気付くんだ、とでも言いたげに男は言った。アーサーの方へ近づいてくる。
「…誰?」
アーサーは怪訝な顔をして訊ねた。
「お前が知る必要はないな。お前は、見ちゃいけないものを見たんだ」
男は言いながら剣を抜いた。アーサーもそれに合わせて短剣を鞘から抜く。そして、右手を腰の後ろにまわし、左手で持つ剣の先を男の方へ突きつける。アーサーの持つ短剣を見て、男はそれで勝つつもりかとでも言いたげに鼻で笑った。
男はアーサーに向かって飛び出していき、剣を振りかぶった。
「運のなかった自分を恨むんだな」
嫌な笑い方をして、男はアーサーに切りかかる。
アーサーはそれを冷めた目で見ていた。アーサーは男が切りかかるよりも速く左足を前に出し踏み込むと、左腕を振った。
ズシャッという音がして、赤い血が舞った。
「アーサーさん!」
トールの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
アーサーの振り切った左腕の延長線上の地面に、ドサッと何かが落ちた。
それは、剣を握った男の右腕だった。
「…え?」
男は自分の視界の端で落ちたものに目を疑う。おそるおそる自分の右腕を見ると、そこには肘とそこから下がなくなった右腕があった。切り口からは、ボタボタと血が落ちていた。
「…っああああああ!」
男は断末魔のような叫び声を上げ、地面に崩れ落ちる。切れた右腕を押さえ、痛みに悶えていた。
そんな男の様子を、アーサーは冷たい目で見ていた。アーサーは地面で悶える男の胸をガッと踏みつけ、男の顔を見下ろして言った。
「俺が見ちゃいけないものを見たって?何それ、気になるなあ。教えてよ」
アーサーは笑顔を見せたが、その目は笑っていなかった。
そんなアーサーを見て、男はまるで見てはいけないものを見てしまったかのように、ガクガクと震えた。
「お前っ…、その顔、まさか…っ」
男は声を震わせながら口にする。目の前の光景が信じられないようだった。
「ん?俺のことは聞いてないよ。お前は何を見せたくなかったのかって聞いてんの、わかる?」
アーサーから笑顔が消えた。
男は震え上がった。そして、左手で自分の胸に置かれたアーサーの足を振り払うと、一目散に駆け出した。
「ありゃ」
アーサーはすかさず切り飛ばした男の右腕のもとへ行き、男の剣をとると、逃げ出した男のあとを追った。
その速さは全力で逃げる男の速さよりもはるかに速かった。
男は逃げ出したすぐ直後に、頭にアーサーから飛び蹴りを食らい、地面に突っ伏した。
アーサーは蹴った勢いのまま男の背中を踏みつけると、男の左肩にとってきた剣を思いっきり刺した。グサッと、地面にまで剣は突き刺さった。男の叫び声が上がる。
「逃げられると困るんだよね。そこでちょっと大人しくしててよ」
アーサーはゆらりと立ち上がると、トールの落ちたホーンラビットの巣まで戻ろうとする。
「この…野郎…っ」
「恨むなら、運のなかった自分を恨んでくれない?」
男があえぎあえぎ言い捨てるのを聞き、アーサーは一瞬鋭い視線を向けると、にこりと笑ってそう言い捨てた。




