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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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59. 裁かれない罪 その1

トール過去編です。

しばらく毎日投稿します。

俺が生まれ育ったのは、ウィシュタル王国の南部の、その中でも南の方だった。


魔王が出現するのが毎回王国の南なこともあってか、小さい頃から魔物は多かった。とは言っても、下位の魔物が多くて、出ても中位だったけど。


俺の父さんは農夫であり、魔物の狩人でもあった。父さんみたいな人は俺の村では珍しくなくて、魔物を狩るのが上手い人は狩人としても活動していた。そうじゃないと、村はあっという間に魔物にやられちゃうからね。騎士もいつもいるわけじゃなかったし。


俺は四兄弟の二番目で、長男だった。母さんが精霊に気に入られていて、それを継いだのは兄弟の中でも俺だけだった。それもあってか、父さんは俺が小さい頃からよく魔物狩りに連れて行っていた。初めて父さんに連れられて森に入ったときのことは、よく覚えていない。ただ、父さんが魔物を仕留めるのを見て、その姿に憧れていたことは覚えている。


村の森はわりと大きくて、奥まで入ったことはない。そもそも奥まで入らなくても、倒すべき魔物はたくさんいたしね。たぶん、奥まで入ったら上位の魔物もいたんだと思う。でも、わざわざ奥まで入ろうとする人はいなかったし、俺も入ろうとは思わなかった。


だから、魔物の仕留め方は森の奥まで入らないところでよく教わっていた。


「トール、見えるか」


「うん」


茂みに身を隠しながら、父さんがおれに言った。茂みの隙間から、ホーンラビットが見えていた。向こうはまだ、こっちには気付いていないみたいだった。


「ホーンラビットは動きが速い。その勢いを利用して、どこかにぶつからせてから倒すのが得策だな。トールならどうする?」


おれはホーンラビットの周囲を見渡して考える。


「おれなら、あの岩にぶつからせる」


おれはホーンラビットのいるところから少し離れたところにある岩を指差しながら言った。


「いいんじゃないか。そしたら、トール一人でやってみようか」


「え、でも…」


父さんの言葉に、おれは戸惑った。だってその時は、まだ一人で魔物を倒したことがなかったから。


「大丈夫だ。トールならできる。もしだめでも、父さんがちゃんと仕留めるから」


父さんはもう弓を構えていた。それを見ておれは少し安心した。もしおれが失敗しても、父さんがちゃんと助けてくれる。でも、怖いものは怖かった。少し、手が震えていた。けれど、父さんがおれならできると言ってくれたのが嬉しかった。成功してみせたかった。


「…わかった」


だから、おれは怖いのを飲み込んで、左腰に提げた短剣を鞘から抜く。短剣を右手に持ち、そっと茂みから出てホーンラビットの方へと向かった。


なるべく足音を立てないようにして、ホーンラビットに近付いていく。自分の心臓がどくどくと打つ音が、すごく大きく聞こえた。


ホーンラビットがぴくりと耳を立てた。おれは思わず立ち止まった。


ホーンラビットが俺の方を向く。真っ赤な瞳と目が合って、おれはごくりと息を飲んだ。短剣を持つ手に汗がにじんだ。


ホーンラビットが後ろ足で土をかいた。とともに、次の瞬間にはホーンラビットはトールに向かってまっすぐに突進してきていた。


「…っ!」


おれは反射的に体を横にずらした。ホーンラビットはおれのいたところを突っ切り、そのまま岩へと激突した。


ホーンラビットは悲鳴を上げて地面にうずくまる。


動かなさそうなのを見て、おれはホーンラビットに近付く。ホーンラビットは思い切り頭をぶつけて気絶しているようだった。額の角が欠けていた。


今のうちに、仕留めなきゃ。


おれは短剣を両手で握り、ホーンラビットに突き刺そうと構えた。


その時、どうしようもないくらい手が震え始めた。


「…っ」


早く仕留めないと、ホーンラビットが起きちゃう。


わかっているのに、手が震えて、剣を刺せなかった。何でかわからなかった。いつもはちゃんと切れるのに。ただただ、焦りだけがわき上がってきた。


ぽん、と、肩に手が置かれた。おれは驚いて思わず飛び上がった。


「…父さん」


振り向くと、父さんがいた。父さんは、優しくほほえんでいた。それを見たら、なんだか落ち着いてきた。


「大丈夫。トールならできる」


「…うん」


正直、まだ怖かった。何にかはわからなかったけど、怖かった。でも、これは越えるべき壁なように思えた。


おれはふう、と息をつく。そして、思いきってホーンラビットに短剣を突き刺した。料理するときに肉を切る感触と大して変わりはなくて、なんだか拍子抜けしてしまった。


けれど、ずっしりとしたなんとも言えない重みがのしかかってきた気がした。


ホーンラビットは動かなくなっていた。


「おれ、できた…?」


おそるおそる父さんに尋ねた。


「ああ。よくやったな、トール」


父さんはそう言って、おれの頭をわしゃわしゃとなでた。その声は嬉しそうだった。


ちゃんと仕留められたんだ。


父さんに褒められたことが嬉しくて、さっきの重みのことは忘れてしまった。


「正直、まだ厳しいかと思ったんだけどな。父さんの出番はなかったな」


父さんは笑いながら言った。


「でも、父さんが来てくれなかったら、仕留められなかったよ」


本音だった。父さんが来てくれなかったらきっと、おれはあのままとどめを刺せなかったと思う。


「初めてだったからな。怖かったんだろう?」


「…うん」


「最初はそんなもんだ。でも、トールはちゃんと仕留められたんだ。自信を持っていいんだぞ」


「うん」


おれはうなずいた。それを見た父さんは、満足げだった。


その後、もう少し狩ってから家に戻った。


「ただいま」


「お帰りなさい」


母さんたちは、家先で野菜を洗っていた。


「聞いてくれ。トールが一人で魔物を仕留められるようになったんだ」


「まあ、本当に!トール、すごいじゃない」


母さんはぱあっと笑顔を浮かべ、褒めてくれた。おれは嬉しいのと恥ずかしいのとで、頭をかいた。


「トールの年で魔物を一人で仕留められる人なんて、全然いないよ。トール、おめでとう」


一つ上の姉のミアが祝ってくれた。


「トールお兄ちゃん、おめでとう」


お姉ちゃんの言葉を真似て、五つ下の妹のメルが笑顔で言った。


「ありがとう」


思わず顔がゆるんだ。こんなに祝ってもらえるなんて思っていなかった。


仕留めてきたホーンラビットを見て目を丸くしていた二つ下の弟のトーマが、はあ、と息をついた。


「兄ちゃんはすごいなあ。おれの出番ないじゃん」


トーマは少し不満げに言った。


トーマは前から、一緒に森に行きたいと父さんに訴えていたけれど、そのたびに父さんに却下されていた。父さんが言うには、トーマは狩りには向いていないらしい。


「そんな文句言わない。おまえは畑で出番があるじゃないか」


「それだけじゃ嫌なんだよ!おれも兄ちゃんと一緒に森に行きたい」


トーマはおれにしがみついて言った。トーマはおれの後について来たがることが多かった。おれはそれがけっこう嬉しかった。


「おまえにはまだ危ないんだ」


父さんがたしなめるように言う。だけどトーマはぶんぶんと首を横に振った。


「もういいよ!」


トーマはおれから離れて、走り去ってしまった。


「トーマ」


思わず呼び止めたけど、トーマは止まらずどこかへ行ってしまった。少し悲しかった。でもそれだけじゃなくて、なんとも言えない複雑な気持ちだった。


「…全く、あいつは」


「夕飯までにはきっと戻って来るわよ」


やれやれとため息をつく父さんに、母さんが

笑いながら言った。


その後、次々に村の人たちが家にやってきて、褒めていってくれた。そう大きくない村だから、情報が広まるのが速いんだ。


「トール、やったじゃないか。すごいぞ」

「トール君はすごいわね。頼りになるわ」

「村の期待の星だな。これから頼むぞ」


「うん、がんばる」


頼ってもらってるんだって思った。おれでも村の人の役に立てるんだ。そう思うと、ちゃんと期待に応えられるように頑張ろうって思いがみなぎった。


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