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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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58. トール・エインズという人 その2

トールの反応を見て、聞いちゃいけないことだったかな、とアーサーは少し不安になる。自分とトールの間に、壊せない壁がそびえているようだった。こうもトールに壁を作られるのは、なんだか嫌だった。


アーサーの不安げな表情を見てトールは何かを思ったのか、口を開いた。


「…ドラゴンとの戦いで、俺、全然役に立たなかったじゃないですか」


「?」


アーサーはトールの言うことがいまいち理解できず、首をかしげた。


アーサーからすれば、トールは十分役に立っていた。むしろドラゴンを倒すのに不可欠な存在だった。トールの魔法がなければ、持久戦に持ち込まれ、被害はより大きくなっていただろう。


不思議そうな顔をするアーサーに構わず、トールは話を続けた。


「俺がもっと強ければ、アーサーさんと一緒に戦えたのに。一緒に戦えずとも、ドラゴンにやられて足手まといにならずに済んだのに」


アーサーの目尻がぴくりと動く。


「それは、トールのせいじゃ…」


「いいえ、俺のせいです。俺が弱かったせいです。剣だけじゃない。せっかく精霊に気に入られているのに、まともに魔法も使えない。剣が弱くても魔法が使えれば、アーサーさんを助けられたのに」


堰が切れたように口走るトールに、アーサーは殴られたような衝撃を受けた。


俺のせいだ。


俺がトールの魔法に、寄りかかろうとしたから。俺が、一人で戦えなかったから。


だから、トールに重荷を負わせてしまった。トールに大怪我を負わせてしまった。


アーサーの表情が固まる。アーサーは身体の中に、何か冷たいものがじわりと広がっていくような感覚がした。


「すごく後悔したんです、俺。何もできないのが、悔しくて。あの時アーサーさんは、俺の魔法を頼ろうとしてくれた。なら、魔法だけでもって思ったんです。剣は無理でも、魔法だけでも役に立ちたいって…」


「トール」


アーサーの声に、トールはびくっと震える。自分でも驚くほど、強い声が出た。


アーサーはトールの肩に両手を置き、トールの目をまっすぐに見た。トールの柔らかい茶色の瞳に、自分の顔が映って見えた。


「トールは十分に役に立ってる。トールがいなかったら、あんな簡単にはドラゴンを倒せなかった」


トールはぶんぶんと首を横に振る。


「俺がいなくたって、アーサーさんなら倒しましたよ」


「トールがいなかったら、あんなに被害は少なく済まなかったよ」


倒せないとは言わないアーサーだった。


「俺が被害を出してるじゃないですか。アーサーさんに頼まれたのに、村のみなさんを逃がせないうちにやられて。しょうもなさすぎます」


「そんなことない」


トールってこんなに頑固だったっけ。


「あります。というか、ドラゴン戦に限った話じゃないです。ずっとですよ。俺が足手まといなのは。ウォーウルフの時はアーサーさんに倒してもらいましたし、メルベックでははぐれた挙げ句捕まって助けてもらって。飛竜だって一人じゃ倒せなかった。最初からなんですよ、俺が弱いのは。俺は弱くないふりをしてたんです。でもそれじゃ、だめなんです。俺は、強くならなきゃいけないんです」


「トールは弱くなんかない」


アーサーはトールを見てぎくりとした。もはやトールの目には、アーサーは映っていなかった。トールはアーサーではない、何か別のものを見ているようだった。トールの目はうつろなのに、どこか緊迫していた。


ふと、アーサーはある日のトールの言葉を思い出した。


『俺は、アーサーさんと話しています。でも、あなたはそうじゃないでしょ』


そう言ったのは、トールでしょ。その君が、どうして、俺と同じことをしてるの。


「だめなんです。俺は、強くならなきゃ。だって、俺が強くならなかったら…」


トールは顔を両手で覆った。指の隙間から、トールの瞳が揺れているのが見えた。


「トール…?」


トールはまるで、何かに憑かれているようだった。強迫観念に襲われているようでもあった。アーサーは、何がトールをそうしているのかわからなかった。


アーサーがわからないのは、それだけではなかった。


トールはどうして、俺の役に立ちたいって思ってくれるの。


俺は「アーサー・ラングレット」だ。反逆者だ。いくら善人の皮を被ったって、それが剥がれればそれまで。それなのにどうして、君は俺のもとにいてくれるの。


相変わらず強くならねばと口にし続けるトールを、アーサーは見ていられなかった。


こんなトールを、アーサーは見たことがなかった。


アーサーは震えるトールの顔をのぞきこもうとする。するとトールは両肩に置かれたアーサーの手を振り払い、アーサーに背を向けた。トールの顔を、涙がつたっていたように見えた。


「…っ」


つかむものがなくなったアーサーの両手には、虚無感だけが残った。手を伸ばせば届くところにいるのに、トールとの距離はこれまでになく遠く、アーサーには感じられた。


アーサーははたと気が付いた。


俺、トールがどうして騎士になろうとしていたのか、知らない。


なぜだか、トールが騎士になろうとしていた理由が、アーサーの疑問を解く鍵を握っているような気がした。


遠く見えるトールの背中に、アーサーは話しかける。


「俺が聞いていいのかわからないけど…。トール、君に一体、何があったの…?」


トールが一瞬、固まったように見えた。


「…アーサーさん、聞いてくれますか」


「うん」


トールは腕で顔をぬぐうと、ゆっくりとアーサーの方へと振り向いた。


木々の間から差し込む光が、トールをまばゆく照らした。


「俺は、裁かれない罪を犯したんです」


ほほえんだトールの頬を、一筋の涙がつたった。


読んでいただきありがとうございます!


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次回更新は2/21です。

次回もよろしくお願いします。

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